不安な朝
生い茂る蔦の隙間から、洞窟に淡い光が差す。蔦をかき分けると、美しい朝焼けが見えた。
シェイドはまぶたをこすってあくびをした。
「……あまり寝られなかったぜ」
セレネとグレイスを横目に溜め息を吐く。
二人とも心地よさそうに寝息を立てている。起こすのがはばかられる。
「よく安心して眠れるな」
シェイドは呆れ顔で呟いた。
世間体をロクに知らないシェイドを奇異な目でみる輩は多かった。普通の暮らしに憧れる心は、とっくの昔に捨てている。それを不幸だと思った事は無かった。しかし、今は自分の生き様が恨めしい。
シェイドは魔術学園グローイングの教員と交渉する事を考えている。
セレネとグレイスの引き取り先を考えてもらうためだ。
しかし、自分の性格と生き様を振り返るほどに、まともに交渉できる自信はどんどん薄れていた。胸の内に不安が広がっていた。
「俺に交渉は無茶だよな……喧嘩別れするのが目に見えるぜ」
これまで人に頼み事や交渉事をする時には、いつも喧嘩腰になって脅しつけていた。魔術学園グローイングの教員に通用するのか不明である。
「腰を低くして頭を下げるのも癪だしな……」
かといって、いつまでも少女たちの世話をする事はできない。シェイドの身が持たない。
シェイドは朝焼けを見つめた。
「そろそろ支度を整えるか……ジェノ、服の準備はいいか?」
言われた通りに小声で呼びかける。
ほどなくして、目の前の空間が変化する。
空間が裂けて、両手で抱えるほどの塊が投げつけられた。塊が三人分の服であると、シェイドが認識した頃には空間の裂け目は消えていた。
「本気で用意したのか。妙な所で律儀だぜ」
シェイドは服を地面に置いて、まじまじと見つめた。
黒いローブとズボンが三組用意されていた。デザインは同じだが、シェイドは迷いなく一番丈の長いローブとズボンを手に取った。
「……着替えないといけねぇよな」
自分に言い聞かせるように呟く。
日頃身に着けているボロ布に愛着があるわけではない。しかし、ボロ布を脱ぐという事は否応なしに自分の肌を見る事になる。
シェイドの身体には、いびつな黒い紋様が描かれている。魔術で刻み込まれたものだが、どんな意味合いがあるのか分からない。シェイド自身が望んだものではない。何度洗ってこすっても、決して消えない。痛みを感じるものではないが、不気味さを感じていた。なんとなく人に見せたくないと感じていた。
魔術学園グローイングで紋様を消すヒントを得られればめっけものだと考えていた。
「……他にも目的ができたけどよ」
シェイドは自嘲してローブとズボンを身に着けた。今までのボロ布とは比べ物にならないほど、肌触りがよい。紋様は充分に隠れる。セレネとグレイスに見つかるはずはない。
シェイドはスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている二人の肩を軽く叩いた。
「起きろ。もうすぐ出発するぜ」
「はいいいぃいいいい!?」
二人とも思いのほか大きな返事をした。飛び起きて洞窟の外へ走る。
「寝過ごしてしまったのですね!」
「すぐに行かないと!」
慌てている二人の背中を、シェイドは急いで追いかける。
二人とも足は速く、追いついてそれぞれの肩に手を置いたのは洞窟の外に出る寸前だった。
「落ち着けよ。着替える時間くらいあるぜ」
シェイドが声を掛けると、セレネとグレイスは呼吸を荒げてその場にへたり込んだ。全力で走っていたのだろう。
「まだ慌てる時間ではなかったのですね。良かったです」
「奴隷商に捕まっていた頃は、みんなより早く起きないと怒られたものだ」
セレネとグレイスの呼吸が徐々に整う。
シェイドは二組のローブとズボンを指さした。
「着替えろ」
「そういえばシェイド様はお着替えをしていたのですね。凛々しくなりましたね」
「中身は変わらないぜ。あと、俺の事はシェイドでいい」
「すごく良い服ですね!」
シェイドでいいという言葉を軽くスルーして、セレネは両目を輝かせた。
「本当に私が着て良いのですか!?」
「礼なら俺の師匠に言え。あいつが用意したからな」
「あの灰色の髪の方でしょうか。お師匠様だったのですね。ありがたく着替えさせていただきます!」
言うが早いか、セレネが身体の前後の布のつなぎめをほどこうとするため、シェイドは目線をそらした。
「着替えは俺がいない所でやれ。洞窟の外で待つから、着替えたら出てこい」
シェイドは早足で洞窟を出た。
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