トワイライト家の使命
ジェノはブレス王城の廊下を歩いていた。王城の廊下はたいていの場所に豪奢なシャンデリアがあり、夜でも明るい。
しかし、現在ジェノが歩いている廊下は違った。
壁に備え付けられたランタンが照らしているが、充分な照明と言えず、薄暗い。常人であれば不気味さと薄気味悪さを感じて近づかないだろう。
しかしジェノは表情一つ変えずに迷いなく歩いていた。精巧な人形のようである。
ジェノは不意に立ち止まる。ランタンの隙間がわずかに広い壁の前だった。両手を壁に付けて、呟く。
「ドミネーション、ブレイク」
静かな声音だった。しかし、確かな変化が訪れる。
壁が音もなく左右に開き、下り階段が現れた。階段には照明はなく、濃厚な闇が広がっている。
ジェノはためらわずに足を踏み入れる。
階段の先には鉄の扉がある。一見すると何の変哲もない扉であるが、ジェノはその正体を知っている。
正しい手順を踏まないと、正しい空間に行く事ができない扉だ。
まずは普通に開ける。何の変哲もない空部屋であるのを確認する。
ジェノは扉を開けたまま呪文を唱える。
「ドミネーション、ブレイク」
本来の部屋を呼び出すために魔術を振るう。
ジェノが部屋に入って扉を閉めると、空部屋だったはずの空間が、部屋の中央を中心にして大きな渦を巻く。
やがて渦が消えた頃に、白いテーブルクロスの掛かった丸いテーブルと、金色の飾りの着いた背もたれのある椅子が出現する。
ジェノは立ったまま部屋の奥側に一礼する。
丸いテーブルの奥側に、一人の男が座っていた。灰色の髪を短く刈り揃えた男だ。黒を基調とした貴族の服装をしているが、その眼光は鋭く、並々ならぬ威厳を放っている。
男の名前はリーガル・トワイライト。
ジェノの父親であり、トワイライト家の総指揮官である。
「座れ。今日はゆっくりと話そう」
静かだが、重厚な声にジェノの胸の内は震える。血がつながっているとはいえ、対等な関係だと思った事はない。しかも今回は話が長くなると言っているのだ。
何を言われるのか。そう思うと手元が震える。
しかし逃げる事はできない。覚悟を決めるしかない。
いつまでも待たせるわけにはいかない。
ジェノはもう一度一礼して手前の椅子に座った。
リーガルは両目を細める。
「魔術学園グローイングに入学できたそうだな。まずはおめでとう」
「ありがとうございます。日頃のご指導ご鞭撻の賜物です」
ジェノは恭しくお礼を口にした。
「おかげさまで上級科の生徒として認められました」
「そうか、これから本格的に魔術を学ぶのだな。私たちは大して助力はできないが、精一杯励むがいい」
手助けは一切しないと言っているのだ。
余計な干渉を受けるより、好都合である。
ジェノは深々と頷いた。
「トワイライト家の恥にならないように励みます」
「魔術学園グローイングはトワイライト家といえど潜入や調査が困難だ。その分おまえの報告には期待している」
リーガルが口の端を上げた。
「私たちの目を二度も逃れた少年の行方も分かるかもしれない」
「ブレス王家の奴隷だった少年ですよね。母親と共に逃げ出したと聞いております」
「そのとおりだ。奴隷の身分でありながら、暗部として優秀な才能を持っていた。しかし、逃してしまった。ブレス王国にとって損害は大きいだろう」
リーガルの表情が険しくなる。
「私が施した封印の魔術をその身に受けながら、恐るべき魔術の才能を発揮していた。いずれブレス王国を亡ぼす害悪となるかもしれない」
「存じ上げております。ブレス王国を想うなら、見つけて直ちに処分するべきでしょう」
「見つかればいいのだがな」
リーガルは溜め息を吐く。
「銀髪の少年である事は間違いないが、行方知れずになってから年数が経ってしまった。体躯も肌の色も人相も変わっているだろう。日を追うごとに調査は困難になっていく」
「弱気な事はおっしゃらないでください。調査、そして暗殺がトワイライト家の使命でしょう」
ジェノが無表情のまま告げた。抑揚のない声で、感情が窺えない。何を考えているのか分からない。
しかし、言ってる事に間違いはない。
リーガルは苦笑した。
「そうだな。どのような敵も葬る。それがトワイライト家のやり方だ」
「たとえ蟻でも獅子でもですね」
ジェノが続ける。
「トワイライト家に慈悲は必要ありません」
「そうだ。よく分かっているな」
リーガルは心底愉快そうに笑った。
「例の少年の事が少しでも分かったらすぐに連絡するように」
「当然です」
ジェノの迷いのない返事に、リーガルは微笑んだ。
「明日も調査を続けろ。今日はゆっくりと休むといい」
「お心遣いに感謝いたします。それでは失礼します」
ジェノが立ち上がって一礼する。
空間がグニャリと曲がり、渦を描く。やがて渦が消える頃には、元の空部屋になっていた。
ジェノは部屋を後にする。
銀髪の少年が誰なのか、心当たりが有るような無いような、モヤモヤした気持ちであった。
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