真夜中の会話

 調理道具を片付けた後で、シェイドは岩に腰かけて、月を見上げた。明るい月は煌々と辺りを照らしている。

「半月を過ぎたくらいか」

 そう呟いて溜め息を吐く。

 できるだけ表情に出さないようにしたが、セレネと出会ってから心臓は強く鳴りっぱなしであった。早まる鼓動を抑える事ができず、いつか悟られるのではないかとヒヤヒヤしていた。


「すぐに縁が切れるのにな」


 だが、セレネが可愛いと思った。


 そんな言葉が脳裏に浮かんで、シェイドは片手で顔を押さえて首を横に振った。

 これまでも気まぐれで猛獣から人を助けた時はあった。お互いに顔を覚える前に別れてきた。

 しかし、セレネを忘れる事ができるのか分からない。


「呆れるくらいに感情が乱れているな」


「それはいかん。けしからん」


 突然に話しかけられて、シェイドはのけぞった。

 目の前の空気が急に、縦に亀裂が入り、割れたのだ。不規則に曲がりくねった時空が見えたと思えば、ジェノが何事もなかったかのように歩いてきた。

「どんな風に感情が乱れたのか? しっかりと報告しろ」

「……あんたに関係ねぇよ」

 シェイドは視線をそらした。

 ジェノはいぶかしげにシェイドの目を覗き込む。

「一発で当ててやる。恋だな」

「やめろ殺す」

「僕を殺せるのなら見事なものだ」

 シェイドの射殺すような視線を浴びても、ジェノは表情を変えずに、腰に手を当ててふんぞった。

「弟子の才能を伸ばしてやるのが師匠の務めだ。遠慮なく相談するといい」

「……あんたに恋愛の経験はあるのか?」

「ない」

「なんで相談しろと言ったんだか……」

 シェイドは呆れ顔で溜め息を吐く。

 ジェノは深々と頷いた。

「恋の悩みは複雑だな。僕は恋する相手がいないのが悩みだ」

「それを言われた俺はどうすればいい?」

「師匠が悩みを打ち明けたのだから、おまえも悩みを言うのが筋だろう」

「いらねぇよ。ところで奴隷商を世界警察ワールド・ガードは引き取ってくれたのか? いきなり行って対応してくれたのか?」

 シェイドに尋ねられて、ジェノは力強く頷いた。

「世界警察の本拠地の近くで、まとめて縄で縛って、人さらいと書き置きしておいた。見つかれば事情聴取くらいされるだろう」

「世界警察の人間に声を掛けなかったのか?」

「当たり前だ。僕が疑われたら弁明が面倒だ」

「そうだな。あんたの思考はそんなんだったな。少しでも常識的な対応を期待した俺がバカだったぜ」

 シェイドが頭を抱えた。

 ジェノは首を傾げた。


「不思議だ。僕が常識的な対応をしていないような言い方だな」


「逆に聞くが、世界警察ワールド・ガードより先に奴隷商の仲間が見つけて逃がすとか考えなかったのか?」


 シェイドの問いかけを受けて、ジェノは口をポカンと開けた。

 冷たい風が二人の髪と風をなぶる。

 遠い場所からフクロウの鳴き声が聞こえていた。

 ジェノは両腕を組んで口の端を上げる。額に汗をかいているのを、震える笑い声で誤魔化そうとしていた。


「そもそも奴隷を禁止している国が多い。奴隷にされていた少女たちを解放した僕たちは、感謝されてもいいくらいだ」


 シェイドは突っ込むのを諦めて話を合わせる事にした。

「セレネとグレイスは感謝していたな」

「そうだ、それでいい。僕たちは陰ながらに世界を支えるヒーローだ」

「急に話が大きくなったな」

「僕たちのポテンシャルを考えれば大げさな話ではない」

 ジェノは自分の言葉に納得したのか、何度も頷いていた。


「僕の魔力特性のドミネーションも、おまえのイービル・ナイトも、クリスタルで最高評価をされた。世界を変える力くらいあるはずだ」


 シェイドは首を横に振った。

「俺は魔術を使えねぇよ」

「諦めるな、あがけ」

「無理だと思うぜ」

 シェイドはあくびをして、両手を組んでのびのびした。

「明日に備えて寝るか」

「そう言えば、奴隷だった少女たちをどうするつもりだ?」

 ジェノは相変わらず無表情のままだ。しかし、二人の少女たちの身を案じていたのだろう。

 シェイドは正直に答える事にした。


「魔術学園グローイングに連れて行く。保護ができなくても、どうすればいいかアドバイスをくれるだろ。イーグル先生はたぶんお人好しだが、しっかりしているぜ」


 ジェノは心底感心したように頷いた。

「なるほど。だが、服装に問題がある。魔術学園グローイングに出発する前に着替えるように命令する。おまえもそうだ」

「着替えなんて無いぜ」

「こっちで用意するから、出発前に連絡しろ。ブレス王国の方を向いて僕を呼べばいい」

 ジェノは事もなげに言うが、シェイドは両目を白黒させた。

「……正気か? 服を用意するのも、そんなんで呼べるのも信じられないぜ」

「つべこべ言わずにやれ。念のために言っておくが、僕を呼ぶ時には小声でいい」

「分かった。ダメ元でやらせてもらうぜ」

「言い方が引っかかるが、理解したようだな。明日に会おう」

 そう言って、ジェノは空間の裂け目へ歩き去った。

 裂け目はすぐに消えて辺りは静かな風が吹く。

 シェイドはゆっくりと立ち上がって洞窟に戻った。

「すっかり身体が冷えたぜ」

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