二人の少女

面倒ごと

 ジェノとシェイドが学園を一通り見終える頃に、夕方になっていた。

 夕日差す校門付近には、明日を楽しみにして笑顔で帰る学生たちが歩いていた。そんな学生たちと歩みを合わせて、シェイドは溜め息を吐いた。

「ひどく疲れたぜ。慣れない事はするもんじゃねぇな」

「慣れていないから疲れるのだな。学園生活にはすぐに慣れるといい」

「あんたの相手をするのが疲れたんだ。あっちこっち引っ張りまわしやがって」

 シェイドの目は吊り上がり、口調に怒気がこもる。

 ジェノは両目をパチクリさせて首を傾げた。

「魔術学園グローイングの案内をしただけなのに、何がいけなかった?」

「ブライトの事なんかひどかったぜ」

 非難の眼差しを受け止めきれず、ジェノは視線をそらす。

「あれは緊急避難だった。不可抗力だった」

「意味が分からねぇよ。対処を俺に押し付けやがって。ホーリー家といえば魔術師の名門だ。目を付けられたらどうするつもりだ?」

 シェイドにジト目を向けられて、ジェノは両腕を組む。

「倒すしかないな」

「あんたが謝るのが先じゃねぇのか?」

「何度でも言うが不可抗力だった。おまえに被害が及ぶのなら戦うしかない」

「俺を守るつもりなら、戦う前にその性格をなんとかしてくれ」

 シェイドは天を仰いだ。夕焼けを眺めて遠い目をした。

「師と仰ぐべき人間を間違えたか……」

「おまえならいつか僕の実力を理解するだろう」

「実力があるのは認めるが……もういい、今日は帰るぜ」

 シェイドは片手を振って歩幅を広くした。

「じゃあな、また明日」

「そうだな。明日に会える事を祈る」

「縁起でもねぇ事を……いや、突っ込まねぇ」

 シェイドは足早に校門を後にした。


 魔術学園グローイングの北には切り立った山がある。木々が生い茂り、急な勾配が多い。そのうえ多くの猛獣が住み着いている。人の手を入れるには過酷すぎる環境である。

 そんな環境下にシェイドの住処はある。山腹に洞窟があり、そこを寝床にしている。入口は蔦が生い茂り、人や獣が入り込みづらく、シェイドには気楽であった。

 普段なら猛獣を仕留めたり、山菜を採ったりして腹を満たし、気分次第で寝るだけだ。話し相手もいないし、特別にやるべき事もない。

 ところが今日は事情が異なっていた。

 寝床に向かう途中に、慌しい足音が聞こえる。


 同時に怒号が響き渡る。


「逃げるな、殺すぞ!」


 物騒な発言を耳にして、シェイドは顔をしかめた。面倒ごとであるのは間違いないが、放っておけば仮眠の邪魔になるのも間違いないだろう。

 泣き声や甲高い叫びも聞こえる。おそらく少女のものだろう。

 シェイドは溜め息を吐いて、面倒ごとの現場に向かう。

 案の定、比較的視界が開けた場所で、大柄な男たちが二人の少女を取り囲んでいた。

 男は十人いる。おのおの武器を持っていて、少女たちを脅かすようにちらつかせている。少女たちは適当な布を胸のあたりでつなげただけの粗末な装いであった。

 二人とも整った顔立ちをしていた。片方は肩まで伸ばした銀髪と青い瞳が人を引きつけ、もう片方は耳元まで生やした青い髪が印象的だ。

 銀髪の少女が口を開く。

「グレイスさん、あなただけでも逃げてください」

「無理だ、セレネ。こんな人数に追われたらすぐに追いつかれる」

 青い髪の少女グレイスは瞳を揺らしながら自嘲した。

「いっそ死ぬしかない」

「勝手な事を言うな! おめぇらは奴隷だ。死ぬなら売られた後にしろ!」

 男の一人が、太い刃をちらつかせる。

 銀髪の少女セレネはグレイスを抱き寄せて笑った。


「死ぬのならお付き合いします。天国に行けるといいですね」


 二人で顔を見合わせて、頷く。

 しかし少女たちの願いは叶わない。

 覚悟をするまでの時間が長すぎて、奴隷の扱いに長けた男たちにあっさり押さえ込まれてしまった。

 男たちが下卑た笑いを浮かべて、暴れる少女たちを縛ろうとする。

 そんな時に、シェイドは口を開く。


「静かにしてくれねぇか? 仮眠の邪魔だ」


 シェイドにしては丁寧に頼んだつもりだった。

 しかし、男たちは不愉快そうに表情を歪める。

「なんだてめぇ」

「殺されに来たのか?」

 男たちに睨まれて、シェイドは首を横に振る。

「こんな所で死にてぇ人間はいねぇよ。静かにしてほしいだけだ」

 男たちは武器を片手に殺気立つ。

「舐めた態度をしやがって」

「俺たちに命令するなんていい度胸だな」

「てめぇもよく見りゃ上玉だ。予定に無かったが売り飛ばしてやる」

 六人の男たちがシェイドを囲み、いっせいに襲い掛かる。

 セレネが二人の男に抑えられながら叫ぶ。


「逃げてください! 目の前で捕まる人を見たくありません!」


 シェイドの身を本気で案じているのだ。

 自分たちのせいで酷い目に遭わされる。そう考えるだけでセレネの全身は震えた。

 グレイスは両目を固くつぶって、シェイドが悲痛な叫びをあげるのを覚悟した。


 しかし、少女たちの思い描く結果にはならなかった。


 シェイドに襲い掛かった男たちが何人も倒れていた。


 一人は正面から腹を蹴られてうずくまり、一人は肘鉄を食らわされて背中を木にぶつけて気を失い、一人は首筋に手刀を落とされて昏倒した。

 目にも留まらない早業であった。

 他の三人があっけに取られている間に、シェイドは走り込み、セレネを抑える二人を殴り飛ばす。


「逃げるなら今だぜ」


 シェイドはセレネの右手を引っ張って立たせる。

 セレネの両頬は心なしか赤くなる。

 グレイスを抑える男たちが絶叫した。

「こ、こっちに来るな! 来たらこの女を殺すぞ!」

 男たちはグレイスを押さえつけながら片手でナイフを振り回す。

 シェイドはせせら笑う。

「嬢ちゃんが死んだ所で俺は痛くもかゆくもねぇよ」

 人質を取っても無駄だという宣言だ。

 さきほどあっけに取られていた三人の男たちがシェイドに襲い掛かるが、誰一人としてシェイドに刃を届かせる事はできずに倒された。

 グレイスを押さえつける男たちが半狂乱になり、ナイフをグレイスに向ける。

「畜生、地獄へ道連れだ!」

「グレイスさん、そんな!?」

 セレネの顔面が青ざめる。

 無情なナイフがグレイスの首筋を捉える。

 シェイドは舌打ちをして走るが、間に合わないだろう。

 そんな時に呟くような呪文が聞こえた。


「ドミネーション、インパーフェクト・ストップ」


 ナイフを持つ男の手がガクガクと震える。その間に、シェイドはグレイスを抑える男二人を蹴り飛ばし、地面に叩きつけて昏倒させるのに成功した。

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