図書室にて

 ジェノは幼い頃から知識を集める事が好きだ。本や旅人の語りも好きだ。

 父であるリーガル・トワイライトからブレス王国に関わる任務を与えられるよりも、読書や語りを聞く方が得るものが大きいと思っている。

 リーガルに、魔術学園グローイングに入学したいと伝えた時は、不都合が生まれれば覚悟を決めてもらうと軽く脅されたが後悔はない。

 膨大な知識を得るチャンスに恵まれたのだ。

 本音を語れる友人と出会えたのも幸運だ。その友人はまだジェノを友達と認識していないだろうが、本音を言ってくれる。いつか互いに信頼し合える時がくるだろう。

 そこまで思考して、ジェノは周囲を見渡す。

 図書室には勤勉な学生が集まっている。勉強する場所なのだから当然だろう。

 そんな勤勉な学生たちは両目を丸くしていた。

 突然にジェノたちが出現したからだ。学生たちからすれば、虚空が割れて二人の少年が出てきたとしか言い様がない。

 ジェノは自らの灰色の髪を、気まずそうにかいた。

「……意外と人が多いな」

「マズいのか?」

 シェイドが尋ねると、ジェノはうめいた。


「人に注目されて良い想いをした記憶がない。別の場所に行くか」


「待ってくれ! 君たちが噂の新入生たちだね」


 突然に呼び止められた。振り向けば、金髪の少年が走ってきた。ジェノやシェイドとは対照的に明るめの服装である。身なりと品の良さを鑑みると、貴族なのは間違いないだろう。

 ジェノはムッとした表情を浮かべた。


「図書室は走っていい場所ではないだろう。あの程度で噂になるのも解せない」


「気分を悪くしたのなら謝るよ。僕はブライト・ホーリー。君たちに魔術学園を案内する事を任されているんだ」


 金髪の少年ブライトは爽やかな笑みを浮かべた。

 シェイドは冷や汗を垂らした。

「ホーリー家は魔術師で知らない人間はいないと謳われている。あんたもとんでもない魔術を使いそうだな」

「褒められると嬉しいけど、僕はまだ大した事はできないよ。いつか世界を救える魔術師になれたらいいけど、道は遠いんだ」

 ブライトは照れくさそうに微笑んだ。

 シェイドは憐みの視線を浮かべた。

「なるようになるってもんだ。あんただけでどうこうできるもんじゃねぇぜ」

「ありがとう。でも僕はやれる事はやっていきたい。そのために魔術学園グローイングで勉強中なんだ。君たちも上級科だろう? 一緒に勉強する仲間が増えて嬉しいよ」

 ブライトは両手を広げて歓待を示すが、ジェノが露骨に舌打ちをしてシェイドの背中に隠れる。

「……中級科に降りようか」

「中級科は基本的な知識しか教えないし、授業料が高くなるよ」

「僕はなんとなくおまえと関わりたくない。シェイド、なんとかしろ」

 唐突にジェノから話を振られて、シェイドは両目を白黒させた。

「俺はあんたと関わりたくないと思っているんだが……」

「余計な事を言わずになんとかしろ」

「えーっとそうだな……ブライトといったな。あんたはどうやらジェノから嫌われているようだから、下手に近づかない方がいいと思うぜ」

 シェイドの容赦ない言葉に、ブライトは悲しそうに頷いた。

「そうだね。図書室を走ったのがマズかったのかな。魔術学園を予め見学しておくほど真面目な人だと聞いたから、きっと図書室にも足を運ぶと思っていたんだけど」

「いいから消えてくれ」

 ジェノの一言に、ブライトは踵を返した。

「分かったよ。残念だけど僕に非がある。また仲良くする気になったらよろしく」

 ブライトが図書室を出た。

 図書室で勉強中だった学生たちがヒソヒソ話を始めていた。

「ブライトさんの誘いを断るなんて……」

「何を考えているのかしら?」

 ある意味で噂となってしまったようだ。

 シェイドはジェノに視線を送る。

「あんなに感情を剥き出しにしなくても良かったと思うぜ。ブライトに悪気はなかっただろう」

「……分かっている。一線を越えるのが怖かった。僕が穢すわけにはいかない」

「は?」

 シェイドは首を傾げた。

「わけが分からないぜ。すぐに殺したくなったという事か?」

「想像に任せる。さあ、魔術学園を一通り見ていこう」

 ジェノはいつのまにかシェイドの前を歩いていた。

 無表情で淡々とした口調が戻っている。

「早く来ないと無理やり引っ張る」

「分かった分かった。すぐに行くぜ」

 シェイドがあっという間に追いつくと、ジェノは歩幅を広くして速度を上げる。

 しかしシェイドがまた追いつくと、ジェノは頬を膨らませるのだった。

「弟子は師匠の後ろをついていくものだろう」

「あんたのこだわりなんて知らねぇよ」

 シェイドは呆れ顔になるのだった。

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