第一章(3)

「本当!? ありがとう!」

「気にするな。それに、ちょうどリーズにピッタリのものがある」

「え?」

 武術は型ごとに魔力運用法が存在する……それは間違っていない。

 だが、テンリン師匠が創始した【覇天拳】には、魔法使いの魔力運用法と同じく、これだけ覚えておけば、後はどう体を動かそうとも一定の身体強化をすることが可能になる、魔力運用法があるのだ。

「それに、普通にリーズが俺の技を一つ覚えるとなると、かなりの時間がかかるだろう」

 俺の場合は、師匠が徹底的に鍛えてくれたため、早い段階で身に付けることができた。

 しかし、いつ魔族からの襲撃があるか分からない中、俺と同じような厳しさの修行をするのは無理がある。

 なんせ手足が簡単に飛ぶのだ。回復できるとはいえ、旅に大きな支障が出るだろう。

「だが【覇天拳】の中に、魔法使いの魔力運用法と同じく、身体操作に特化した魔力運用法があるんだ」

「身体操作?」

「簡単に言えば、この魔力の運用をすることで、身体を強化し続けられるというものだな。それさえ覚えれば、常に身体能力は強化され、いつも以上に動けるようになるだろう」

「そんな魔力運用法が……」

「それに、その魔力運用法は【覇天拳】の基礎でもある。だから、その魔力の流れから派生して、型……つまり技ごとの魔力運用法に繋がるわけだ」

「す、すごいわね……」

 リーズは俺の話を聞き、目を見開いた。

 亜神にまで至ったテンリン師匠が、生涯をかけて編み出した武術だからな。普通とは違う。

 ただ――――。

「恐らく他の武術とは異なり、かなり精密な魔力の操作が必要になる」

「……私にも覚えられるかしら?」

 不安そうな表情を浮かべるリーズ。

 俺はまだそこまで多くの武術を目にしたわけじゃない。

 そのため、他の流派について多く語れるわけではないが、アールスト王国剣術の技のように、他の流派でも、大まかな魔力の流れは決まりつつ、多少その流れと異なる魔脈を通ったとしても、一定の効果が発揮できるように魔力運用法は開発されているはずだ。

 それに対して、俺がリーズに伝えようとしている魔力運用法は、細胞一つ違えることなく、その通りに魔力を巡らせる必要があった。

 普通に教えるとなると、まず習得は不可能だろうが……。

「俺がリーズの魔力を導くから、心配しなくていい」

「わ、分かったわ」

 一度魔力の流れを導いてあげた後は、自然と体がその魔力の効果を感じ取り、大まかな流れは覚えるのだ。

 あとはひたすらその魔力の流れを正確に体に染み込ませるように意識し、最後は無意識にその流れを作れるようにする作業となる。

 最初が難しいのであって、その最初さえ乗り越えてしまえば、体の学習能力と修行でどうとでもなるのだ。

 こうして魔力運用法を伝授することになった俺たちは、日が暮れる前に野宿の場所を決めると、天幕を張り、火の準備などをした後、早速伝授することにした。

「さて……それじゃあ上着を脱いで、楽な姿勢で座ってくれ」

「うん」

 リーズが座るのを確認すると、俺はその背後に回る。

「今から俺が、リーズの背に触れ、そこから俺の魔力を流し込み、導いていく」

「え、ええ」

「ただ、他者から魔力を動かされるのは、苦痛を伴うかもしれない。それでもいいか?」

「……覚悟はできているわ」

 そう、この方法は確実に正しい魔力の流れを伝授できる代わりに、少しでも伝授する側の魔力操作が乱れれば、伝授される側にとてつもない苦痛が起きるのだ。

 というのも、元々人間は他者の魔力を受け入れられるようにできていないため、あえて受け入れるという意思がなければ、拒絶反応が起きてしまう。

 たとえ苦痛ではなかったとしても、不快さを感じたり、人それぞれの反応が出るのだ。

 故に、魔力の流れの伝授には、伝授する側と、受け入れる側の協力が必要不可欠であり、伝授する側は、相手に不快感を与えぬよう、丁寧に魔力を操作する必要がある。

 上手くいけば、心地いいと感じることもあるらしいが、こればかりはやって見なければどうなるか分からない。

 当然、俺は細心の注意を払って行うつもりだ。

 ただ、俺を相手にした師匠に比べれば、幾ばくか楽だろう。

 というのも、俺は【天魔体】のせいで、普通の人間に比べ、魔力の流れが異常に激しく、そこに干渉して導くのが容易ではないからだ。

 たとえ亜神にまで到達した師匠であっても非常に厳しく、俺は当時の痛みに耐えた記憶がを蘇らせる。

 だがさすがは師匠、それでも最低限の苦痛で伝授してくださったのだ。

 師匠にしてもらったことを、俺が今度はする番だ。

 緊張しているリーズの背に、俺はそっと両手で触れる。

「んっ」

 ピクリと体を震わせたリーズだが、すぐに姿勢を正した。

「では、始めるぞ」

 そう宣言すると、リーズの中に俺の魔力を流し込んでいく。

「んっ……!」

 するとすぐ、リーズは俺の魔力を感じ取り、微かに声を上げた。

 それと同時に、俺はリーズの体内を巡る魔力の流れを視る。

 ――――集中しろ。

 俺の些細な失敗で、リーズに苦痛が襲うのだ。

「あっ……んっ、ちょ、ちょっと……」

 リーズの魔力にそっと触れ、導いていく。

 泡沫に触れるよう、慎重に、繊細に。

「と、刀真!? やっ……!」

 戸惑うように揺らぐ魔力の流れを、宥めるように、俺の魔力で優しく包み込んだ。

 そして時に激しく、時に緩やかに魔力を動かし、師匠から学んだ魔力運用法を伝授していく。

「~~ッ!」

 極限まで集中していた俺は、リーズの魔力を丁寧に導き、ついに――――。

「――はぁ」

 俺は噴き出る汗をぬぐい取り、一息吐く。

 何とか、伝授することができたか……。

「無事に終わったな……どうだ? 体は大丈夫――――」

「はぁ……はぁ……」

「り、リーズ?」

 リーズに視線を向けると、リーズは顔を真っ赤にし、こちらを睨んでいた。

「ど、どうした!? まさか、どこか痛みでも――――」

「な、何でもないわよッ!」

 どう見ても何でもないようには見えなかったが、どれだけ訊いても答えてくれない。

 やはり、体を痛めてしまったか……俺はまだまだ未熟だな……。

「すまない。次こそはもっと上手くやってみせる」

「嘘でしょ!?」

 俺の言葉に、リーズは悲鳴に近い声を上げた。

「こ、これ以上上手くってどういうことよ……!」

「いや、俺のせいでリーズが痛い思いを……」

「はあ? 痛い!? 痛みどころか気持ち――――」

「ん?」

「~~ッ! 何言わせんのよ!」

「理不尽だ……」

 一体、何だと言うんだ……。

 結局何だったのかは分からないが……仕方ない。

 これからも精進するのみだ。

 俺がそう決意していると、息を整えたリーズが改めて自分の体を見下ろす。

「……これが、刀真の武術の魔力運用法なのね」

 リーズは先ほど俺が辿った魔力の流れを思い出すように、全身に魔力を巡らせていく。

 まだ一度目だからこそ、完璧とは言えなかったが、元々魔法使いとして実力者であるリーズは、すぐに魔力の流れを修正し、正しい道筋を辿り始めた。

 ……さすがだな。ここまで早く、魔力の流れをものにできるとは……。

 何度か修正のため、再度魔力を導くことも考えていたが、一度でここまで体得できたのは、日ごろリーズが魔力操作の鍛錬を怠っていない証だろう。

「そうだ。先ほどの流れを意識しつつ、体を動かしてみるといい」

「分かったわ」

「もし分からなければ、もう一度――――」

「そ、それは大丈夫よッ!」

 リーズは再び顔を赤くしつつ、そう答えた。うむ、やはり必要ないみたいだな。

 そんなことを考えていると、早速リーズが体を動かし始める。

 するとリーズは、すぐに目を見開いた。

「す、すごい……!」

 何度か殴る蹴るといった動作をしたり、その場から駆け出したり、跳んでみたりと、様々な身体操作を行う。

 その動きは、今までのリーズとは比べ物にならないほどよく動けており、風を切る音が聞こえた。

 もちろん、この魔力運用法を教える前のリーズも動けてはいたが、今の動きを見れば、やはり天と地ほどの差がある。

 しばらくの間体を確かめていたリーズは、目を輝かせて俺を見た。

「本当にすごいわね!」

「師匠が編み出した技術だからな」

 一部とはいえ、こうしてその技術を伝えられたことで、俺は嬉しくなった。

 師匠……貴方が生きた証を、これからも残してみせますね……。

 改めて師匠へ思いを馳せていると、ふとリーズが訊いてきた。

「そう言えば、この魔力運用法を教えてくれた貴方の師匠って誰なの?」

「テンリン師匠だ」

「テンリン?」

 やはりと言うか、リーズは師匠のことを知らないようだ。

 というのも、亜神様は基本的に世俗を離れて生活しているため、その名を知る者は少ないのだろう。

 何にせよ、テンリン師匠の技術を受け継いだリーズは、真剣な面持ちで自身の体を見下ろした。

「……私に教えてくれた刀真に恥をかかせないためにも、しっかり修行しないとね」

「そこまで気を張らなくてもいいが……一緒に頑張ろう」

 そう笑いかけると、リーズも気を緩めて笑った。

「それじゃあ、今度は刀真に私の魔力運用法を教えるわね」

「頼む」

 俺が躊躇なくその場に座ると、リーズは驚いた。

「そ、その、いいの? 刀真は魔力を導くのが凄く上手だったから、私は何の苦痛もなかったけど……正直、苦痛なく伝承できる気がしないわ」

「問題ない。痛みには慣れているからな」

【極魔島】で何度も死の間際を経験しているのだ。

 それに、テンリン師匠から初めて俺の体内で魔力を流してもらった時とは違い、今の俺は自分の体内の魔力は完璧に制御できている。

 故に、リーズの魔力の導きに従いつつ、自身の身を護ることも可能だ。

 俺の言葉にリーズは目を見開くと、すぐに呆れた様子でため息を吐いた。

「はぁ……一体どんな修行をしてきたのやら……まあいいわ。刀真が大丈夫なら、今から始めるわね。上着を脱いでくれる?」

「承知した」

 リーズに促され、俺も上着を脱ぐ。

 すると、リーズは目を見開いた。

「す、すごい筋肉ね……まるで鋼みたい……」

「そうか?」

 鍛錬は欠かさず行っているが……。

「ま、まあいいわ。それじゃあ始めるわよ!」

「ああ」

 こうしてリーズは俺の背に手を当てると、俺がやった時と同じく、体内に魔力を流し込んできた。

 それと同時に、リーズの魔力の質がハッキリと伝わる。

 ふむ……リーズの魔力は、力強く、輝いているようだな。

 何と言うか、リーズが好んでよく使う雷魔法の印象そのままだ。

 激しく、恐ろしいが、美しい。

 そんな印象をリーズの魔力から受けた。

 それに、魔族に対する特効を持つように、やはり普通の人間の魔力の質とは異なっている。

 どこか神聖な……浄化されるような気配を感じるのだ。

 リーズの魔力を分析しつつ、リーズの導きに従い、俺は無事に彼女の魔力運用法を身に付けることに成功した。

「ふぅ……終わったわ。どう? どこか体の痛みとかは?」

「何も問題なかったぞ」

 そう答えつつ、俺は伝授された運用法を試してみる。

 すると、その効果は凄まじく、世界に漂う魔力が、俺の中にどんどん吸収されていくのを感じた。

 す、すごいな……本当に魔力が増えている。

 俺が学んだテンリン師匠や皇祖師匠の運用法では、魔力を増やすことはできない。

 武術の魔力運用法が、自身の魔力を体内に向けて作用させることに重きを置いているのに対し、魔法使いの魔力運用法は、世界に漂う魔力を、体内に取り込み、運用することに重きを置いているのだと実感した。

 何と言えばいいのだろうか……リーズから伝授された魔脈の通り道に魔力を巡らせると、それがまるで渦のような役割を果たし、世界に漂う魔力をどんどん吸収していくのだ。

 そんなことを考えつつ、ふとリーズに目を向けると、彼女も同じように渦を作り出し、魔力を吸収していた。

「この魔力運用法を使えば、少しずつとはいえ、魔力を増やせるし、魔力の回復も早まるわよ」

「うむ……やはり、まだリーズほど上手くは巡らんな」

 リーズの魔力の流れは非常に滑らかで、淀みなく体内を駆け巡っている。

 それに対し、俺はぎこちなさがあった。

 すると、リーズは首を傾げる。

「そう? ちゃんと魔力は吸収できてるのよね?」

「ああ。ただ、リーズの魔力の流れを視ていると、な。これも修行だ。鍛錬を欠かさないようにするとしよう」

 そんな風に答えると、リーズは一瞬呆けた様子を見せ、すぐに怪訝な表情を浮かべた。

「……刀真。今、魔力の流れを視てるって言った?」

「ああ」

「……貴方もしかして、魔力の流れが視えるの?」

「ん? 視えるが……」

「嘘でしょ!?」

 俺の言葉に、リーズはこれでもかと目を見開く。な、何だ?

「何をそんなに驚いているんだ?」

「驚かない方がおかしいでしょ! 魔力の流れなんて、普通は視えないのよ!」

「……何?」

 リーズの言葉に、今度は俺が怪訝な表情を浮かべた。

 しかし、すぐにあることを思い出す。

 そう言えば、皇祖師匠は俺の眼がいいと言っていた。あれは魔力の流れが視えるからだったのか……。

 ただ、俺の眼について、テンリン師匠からは特に何か言われた記憶はない。

 俺の眼は特殊なのか……?

 思い返してみれば、レストラルで兵士の方々の訓練を見学させてもらい、俺がアールスト王国剣術を披露したら驚いていたな。あれも、俺がアールスト王国剣術の魔力の流れを再現し、技として発動できていたことに驚いていたのだろう。

 つまり、魔力の流れを見て、技を盗むのは基本的に不可能なことだったのか……。

 ちなみに俺の眼は、母上と同じ色をしている。

 母上と同じと言えば、体質である【天魔体】も一緒だったな。

 もしかすると、母上も俺と同じように、魔力の流れが見えたんだろうか……。

 思わず考え込んでいると、リーズは頭痛を抑えるように額に手を当てる。

「……規格外だとは思っていたけど、まさか魔力の流れが見えるなんて……」

「その様子だと、かなり特殊みたいだな」

「かなり、なんてもんじゃないわよ! そんな話、聞いたこともないわ!」

 なるほど……ならば、あまり人前でこのことは話さない方がいいのかもしれんな。

 ――――こうして互いの魔力運用法を教え合った俺たちは、その道中で修行も兼ねて、近接戦での魔物討伐をしていくのだった。

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