第一章(2)

       ***


「――――刀真。私に、貴方の技術を教えて」


 レストラルを旅立ってすぐ、リーズは俺にそう告げた。

 まさか、そんなことを言われると思っていなかった俺は、思わず聞き返す。

「俺の技術?」

「そうよ。貴方は私と違って、素晴らしい近接戦の技術を持っているわ。その技を、私に教えて欲しいのよ」

「何故だ? すでに君には強力な魔法があるだろう?」

 誰とも分からぬ者に、師匠たちから学んだ技術を教えるつもりはないが、仲間であるリーズならば話は違う。

 とはいえ、リーズには魔法があった。

 しかも、リーズの魔法は魔族に対して特効で、かつ、この間の一件で三節以下の魔法は無詠唱で唱えることができるようになっていた。

 これだけでも十分だと俺は思うのだが、どうやらリーズは違うらしい。

「魔法もまだまだだけど、私が強くなるためには、体を強くする必要があるの。……この前、ギルドマスターのベラさんと特訓をした際、それを強く実感したわ。いくら魔法が強くても、それを当てられなきゃ意味がないし、動けなきゃ、ただの的と一緒なのよ」

 リーズの言う通り、魔法は強力だが、その魔法を唱える前に倒されてしまえば意味がない。

 とはいえ、俺の知る限り、魔法を専門で扱う者は、前衛……つまり、俺のように前に出て戦う者に守られながら、魔法を使うのが一般的なはずだ。

 陽ノ国にも魔法を専門としていた皇室専属の者たちがおり、彼らが前に出て戦うなど、聞いたことはない。

 それはこの大陸でも同じだろう。

 そんなことを考えていると、リーズは真剣な瞳を向けてくる。

「……前とは違って、今は刀真がいるからこそ、魔法に集中するのも正解だと思う。でも、私も動けるようになれば、もっと可能性が広がると思うの」

「ふむ……」

「もちろん、無茶なお願いだってのは分かってる。だって私が求めてるのは、単なる型だけじゃなく、【魔力運用法】……つまり、その流派の秘伝の技術だから。各流派にとって、大切な技術を教えて欲しいなんて、厚かましいお願いだと分かってる。もちろんタダでとは――――」

「分かった」

「……え?」

 俺が頷くと、リーズは目を見開いた。

「ほ、本当にいいの?」

 リーズが懸念しているのは、俺が勝手に流派の技術……魔力の運用法を教えていいのかどうかということだろう。

 魔力の運用法とは、それこそ無限に存在する。

 心臓を中心とし、そこから各細胞に張り巡らされた魔脈をどの道筋を、どの順序で辿って全身に行き渡らせるかによって、効果が大きく変わるのだ。

 さらにその魔力の流れに合致する動きを突き詰め、体系化したものこそ、武術の流派である。

 それだけ研究を重ね、体系化したからこそ、魔力運用法や型など、その流派の技術は宝なのだ。

 故に、対価なく教えてもらえるようなものではない。

「まあ、本来はそれぞれの門派や師匠に、技術の伝承をしていいかのお伺いを立てる必要があるだろうな」

「それなら……」

「だが、俺ならば問題ない」

「!」

 俺の言葉に、リーズは目を見開いた。

 師匠からは、武術を学ぶには誰かに弟子入りするか、その流派に入門するのがほとんどだと言われていた。

 よくよく考えると、俺は運よくアールスト王国剣術の稽古の様子を見学させてもらえたが、これはかなり特殊な例だろう。

 このアールスト王国において、アールスト王国剣術は一般的なものであり、その型も複雑なものは何もなく、市民にも広く伝わり、親しまれているものだ。レストラルの兵士たちの隊長から聞いた話だと、健康目的で学んでいる者もいるらしい。

 それほどまでに門戸の広い武術が、アールスト王国剣術だった。

 そんな中、レストラルでは俺は型と魔力運用法を直接学んだのではなく、見取り稽古で覚えたのだ。

 ただ、アールスト王国剣術における、より正確な……細胞単位での魔力の流れや、闘気の扱い方は、流石に直接指導を受けなければ分からない。

 俺があの稽古で学べたのは、あくまでアールスト王国剣術の大まかな魔力の流れと、型だけだ。

 完璧に身に付けたと言うには、細胞一つ一つの魔脈の正確な位置に魔力を流す必要があり、そのために師匠という存在がいて、その方々から正しい魔力の流れを学ぶのだ。

 何より、武術における最も重要な呪文……【武伝呪文】は知りもしない。

 武伝呪文とは、その流派の魔力運用法、闘気運用法、型の全てを学ぶことで初めて効果を発揮する呪文だ。

 各流派の魔力や闘気の流れが、体内で一種の魔法陣となり、その魔法陣を起動するためにこの呪文が必要なのである。

 この武伝呪文を知らなければ、たとえ魔力、闘気の運用と、型が完璧であっても、その威力や効果は半分も発揮できない。

 故に、すべての技術と、この武伝呪文を教わることで、初めてその流派を完璧に伝承したことになるのだ。

「俺は師匠から皆伝を受けている。故に、技術を伝承するかどうかは、俺が決めることができるわけだ」

 俺も【覇天拳】の師匠――――テンリン師匠から、武伝呪文は教わっている。つまり、免許皆伝を授けてもらった。つまり、弟子を取る資格を得たのだ。

 さらに、もう一人の師匠である初代皇帝陛下――――皇祖師匠との修行後、崩れ落ちた岩山の瓦礫に刻まれていた『刀身一如』という文字も、今思えば武伝呪文だったのだろう。あの呪文を口にしたことで、【降神一刀流】が体に確かに根付いたのを感じたからな。だからこそ、こちらも免許皆伝となったわけだ。

 まあ、免許皆伝とはいえ、俺の技術はまだ未熟であり、精進が必要だがな。

 ともかく、本来は武術というものの背景から、対価なくその流派の技術を学ぶのは難しかった。

 リーズの話では、王都では様々な道場があるようなので、入門すれば学ぶことができるだろう。

 師匠たちとは違い、こちらは入門に金子がいるのだろうが……。

 そんなことを考えつつ、俺は驚くリーズに続けた。

「仲間が強くなりたいと願うのなら、それを手伝うのが仲間だろう。もちろん、対価もいらない」

 仲間であるリーズに教えるのなら、対価など必要ない。

 何よりリーズなら、師匠の技術を教えても悪用しないと信じている。

 俺の言葉を聞いたリーズは目を見開くと、優しく微笑んだ。

「ありがとう。でも、対価はきちんと払うわ」

「……リーズがそう言うのであれば……」

 ここで拒否しても、リーズの負担になるだろう。

 そう思っていると、リーズは苦笑いを浮かべた。

「まあ刀真には必要ないかもしれないけどね……」

「ん? どういう意味だ?」

「私は刀真に……エレメンティア家に伝わる魔力運用法を教えようと思うの」

「は?」

 予想していなかった内容に、俺は目を見開いた。

「ま、待て! それこそいいのか? その口ぶりだと、家門の秘伝だろう?」

 武術は各流派ごとに道場などを作り、技術を教え、その流派の門徒を増やしていく。

 それに対して、魔法使いの技術は、その一族のみに伝える秘伝であることが多いと、師匠から聞いていた。

 陽ノ国ではそんな話は聞いたことはなかったが、この大陸では、遥か昔……それこそ国という概念が生まれる前、大きな家門同士の魔法大戦があったようで、その時代の名残から、一族が生き延びるために技術を独占する風潮が生まれたそうだ。

 当時も今も、戦争においては武術より魔法が優れているのは間違いないからな。

 魔法より武術が発展した、陽ノ国が珍しいだけだ。

 武術の中にも混戦を想定している物は当然あるが、基本は一対一であり、魔法ほど殲滅力はない。

 魔法というものは、戦略兵器なのだ。

 リーズの語るエレメンティア家の魔力運用法も、その一族にのみ継承する家門独自のものだろう。

 つまり、本来は一族以外には伝えてはいけないものだ。

 それを教えるなんて……。

「いいのよ。どうせこの運用法を知っているのは、もう私だけだしね……」

「……」

「それに、私の知る魔力運用法は、魔力の総量を増やすのと、魔法の威力を上げる効果だけだもの。武術のように、型ごとに魔力の流れが違うわけじゃないし、簡単に覚えられるはずよ。でも、武術は違う。刀真に型ごとの魔力の運用法を教えてもらわないと、何もできないんだから」

 俺も詳しくは知らないが、魔法使いも魔力運用法が存在するものの、その中身は武術とは少し異なっていた。

 というのも、リーズの言う通り、武術は型や動作ごとに魔力の運用法が変化するが、魔法使いの魔力運用法は一つだけであり、その魔力運用をしたまま様々な魔法を唱えるのである。

 つまり、武術と違って、覚える運用法は一つなのだ。

 そして、武術の魔力運用法は技の威力や効果の向上が主だが、魔法使いの魔力運用法は魔力を増やしたりするのが一般的だと師匠は言っていた。

 話を聞く限り、リーズの魔力運用法も同じだろう。

 とはいえ、リーズは王家の人間だ。

 王家に伝わる魔力運用法ともなれば、他の家門や魔法使いが使うような魔力運用法に比べ、圧倒的に効果が高いだろう。魔法大戦を生き延び、王国を築き上げたのだからな。

 リーズは何てことないように言っているが、魔力の総量を確実に増やせる技法は、間違いなく秘伝と言えた。

 何にせよ、ここまで言われれば、なおさらリーズに俺の武術を伝承せねばなるまい。

「……分かった。俺の持つ技術を、リーズに伝えよう」

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