武神伝 生贄に捧げられた俺は、神に拾われ武を極める 2

第一章(1)


 ――――【魔界】。

 赤色の空に、黒い大地。


「グゲェエエエエ!」

「カロロロロ……」


 あちこちから聞こえるのは、獰猛な魔物の声。

 何もかも、人間の暮らす世界――――【正界】とは違う、異質な世界。

 この魔界こそ、魔族が暮らす場所だった。

 そんな魔界のとある屋敷の一室に、一人の魔族が悠然と座っていた。

「……」

 まるで貴族のように着飾った、白銀の髪を持つ魔族の男。

 月のような金色の瞳と、青白い肌には赤い光線が走っている。

 この魔族こそが、屋敷の主であるルファス・ドルフェンだった。

 質のいい机の上に置かれた水晶を前に、ルファスは目を閉じていると、しばらくして水晶が光り始めた。

 やがて光が収まると、まるで水晶を囲うように、数人の魔族の姿が映像として浮かび上がる。

『――――ルファス様』

「……」

 魔族の一人の声掛けに、ルファスは静かに目を開いた。

 そして、映像の魔族たちを見渡し、微かに眉を顰める。

「……グレンはどうした」

 ルファスの問いに、魔族たちは答えることができない。

 今行われているのは、正界の各地に散らばった、ルファスの部下である魔族からの定期連絡だった。

 今まで一度も部下である魔族たちからの連絡が遅れたことはない。

 とはいえ、少し遅れる程度であれば、ルファスもそう気にすることはなかった。

 しかし、今遅れている魔族がグレンとなると、話は変わって来る。

 それは、グレンが魔族の天敵である、リーズを追っていたからだった。

 すると、映像の中の魔族の一人が声を上げる。

『た、大変申し訳ございません。我々もヤツの動向は……』

『ルファス様、いかがいたしましょう……?』

「……しばし待とう」

 魔族たちは困惑しつつも、ルファスの言葉通り、しばらくの間グレンがやって来るのを待つことに。

 しかし、いくら待てども、グレンがやって来ることはなかった。

 そして、ルファスは険しい表情を浮かべた。

「……消されたか」

『なっ!?』

 静かなルファスの呟きに、魔族たちは息をのむ。

『ま、まさか、我々の存在がバレたのでしょうか?』

『いや、バレたとて、相手を消せば済む話……もしや、正界の雑魚どもに負けたとでも言うのか?』

 真族たちが思い思いに口にする中、ルファスは静かに考察を続ける。

「(……グレンの話では、エレメンティアの末裔は海に飛び込んだと言っていた。しかもその海は海流も激しく、凶悪な魔物も無数に生息しているという。そんな場所に飛び込み、生き残れる可能性は限りなく低いだろう。だが、万が一生きていたとしたら……?)」

 ますます険しい表情になるルファスだったが、すぐに首を振る。

「(……いや、陽ノ国を担当しているモルズの話では、エレメンティアの末裔が飛び込んだ海域は、本当に危険らしい。まず生きていることはないだろう。それに、生きていたとしても、エレメンティアの末裔がグレンを倒せるとは思えん。ヤツが我らにとって危険なのは事実だが、グレンからの報告だと、現状ヤツにそこまでの力はないはずだ。とすると、何らかの拍子に我らの存在が正界にバレ、実力者に狙われたか……?)」

 色々推測するも、ルファスは答えを見出すことができなかった。

「我らの存在が明るみになった気配は?」

『いえ、今のところ、そのような話や動きは察知しておりません』

 すると、魔族の一人であり、陽ノ国を担当しているモルズが口を開く。

『ルファス様。私が直接、アールスト王国で調査してまいりましょうか?』

「……いや、グレンが消えた今、下手に動くのは危険だ」

 もし万が一、本当にグレンをきっかけに魔族の存在が表に出たのだとしたら、魔族の調査が行われている可能性が非常に高い。

「今はアールスト王国だけかもしれんが、陽ノ国でも魔族の調査が始まるやもしれん。業腹だが、現状は身を隠し、様子を伺うしかない」

『承知しました』

 モルズが頭を下げたのを確認すると、ルファスは続けて指令を下す。

「他の者たちも同様だ。しばらくは身を隠すことに専念しろ。ただし、アールスト王国から遠い位置にいる者どもは、細心の注意を払いつつ、出来るならばアールスト王国についての情報を集めろ。万が一、我らの存在が明るみに出ていれば、すぐにでも情報が回って来るだろう。逆にアールスト王国に近い者は、より注意して身を隠せ。以上だ、戻れ」

『はっ!』

 ルファスの合図と共に、魔族たちは一斉に連絡を終了した。

 それを確認すると、ルファスは椅子に深く腰を掛け、天を仰ぐ。

「……面倒なことになったな。だが、我らが【大業】のためにも、止まるわけにはいかん」

 もし仮に、グレンが自身の失敗を隠さず、ルファスに状況を伝えていれば話は変わっただろう。

 だが、グレンは自身の保身と、己の実力を過信した結果、その機会は永遠に失われたのだ。

「……万が一に備え、他の計画も早く進めねばな……」

 ――――こうしてリーズたちの知らぬ場所で、一時的に魔族からの脅威が遠ざかるのだった。


       ***


 俺――――刀真は、リーズと共にレストラルを旅立って、早三日が経過していた。

 リーズの話では、あと二日ほどで王都に到着するらしい。

 今回は徒歩での旅だったが、アールスト王国……というより、この大陸全域では、馬車による移動が一般的だった。

 陽ノ国では馬に乗ることはあれど、馬が車を引き、その車に人を乗せて運ぶということはなかったため、話を聞いた時は驚いたものだ。

 ただ運悪く、俺たちが旅立つ時に、王都へ向かう馬車がなかったため、徒歩を選択した。

 もちろん、馬車を待ってもよかっただろうが、少しでもこの大陸の風土に慣れておくため、何より魔族に追われている以上、馬車に乗れば、他の客に迷惑をかける心配もあったため、徒歩の旅でよかったと思っている。

 馬車の行き先は決まっているが、徒歩で移動すれば、他の場所にも臨機応変に移動できるため、行き先を攪乱することも可能だからな。

 こうして徒歩による旅を始めたわけだが、リーズは元々一人で活動してきたため、野宿に関して何も問題ないことと、俺も【極魔島】で生活していた経験から、特に不都合なく過ごすことができた。

 食事を含めた野宿の道具も、リーズのマジックバッグに入っており、俺自身も背嚢と道具を準備していたからだ。レストラルでは材料が手に入らなかったため作らなかったが、『兵糧丸』を用意できればもう少し背嚢やマジックバッグの中身を空けることができるだろう。

 一番いいのは俺もマジックバッグを手に入れることだが……リーズの話では、これから向かう王都にあるようなダンジョンから運がよければ手に入るそうだ。頑張ろう。

 このように、一見順調のように見える旅路だったが、道中何度か魔物と戦うこともあった。

 そして現在も、魔物と戦闘中である。

「グギャ!」

「グギャギャ!」

 俺たちの前に現れたのは、かつて【極魔島】で俺を襲った、堕飢に似ている、人型の魔物だった。

 その魔物は薄暗い緑色の肌に、腰には何らかの動物の皮を無造作に巻き付け、手には棍棒が握られている。

 この子供くらいの背丈の魔物は【ゴブリン】と言うらしく、リーズの話では、この大陸ではごく一般的な魔物らしい。

 俺はレストラルにいる頃に一度も受けなかったが、ギルドの討伐依頼の筆頭は、このゴブリンだそうだ。

 そんなゴブリンだが、群れる習性があるようで、今も複数のゴブリンに襲われている。

「フッ!」

 俺は剣指を作ると、目の前に迫ったゴブリンの首をはね飛ばした。

 何度か戦闘したところ、その実力は黒位……つまり、E級程度だということも把握しており、未熟な俺が拳を使って倒すと、勢い余って爆散させてしまうため、こうして剣指に闘気を纏わせ、急所を突くことで殲滅する方法を取るようにしている。

 こうしてある程度周囲のゴブリンを殲滅したところで、一緒に戦っているリーズに目を向けた。

「やあっ!」

 すると、拳を握り、ゴブリンを殴り倒しているリーズの姿が目に映る。

 殴られたゴブリンは頭蓋を破裂させたり、胴体を貫通することで、確実に仕留めていた。

「……いい調子だな」

 次々とゴブリンを殴り倒すリーズを見て、俺は満足していた。

 そんな俺の目には、リーズの体内に流れる魔力の流れが見えている。

 そしてその魔力の流れは、俺のよく知る【覇天拳】の魔力の流れと同じだった。

 俺は適度に補助しつつ、リーズの様子を見ていると、ついにリーズは最後の一体を倒し終えた。

「はぁ……はぁ……どうかしら?」

 息を整えつつそう口にするリーズに、俺は笑みを浮かべる。

「上出来だ。筋がいいな」

「ありがとう……刀真のおかげよ」

「いや、リーズが努力した結果だ」

 ――――本来リーズは魔法使いであり、戦闘方法も魔法が主体である。

 故に、リーズがいつも通り魔法で戦えば、ゴブリン程度にここまで苦労することはない。

 だがリーズからとある提案を受けた結果、今のようにリーズが近接戦をするようになったのだ。

 その結果、慣れない戦いをするせいで、ゴブリン相手とはいえ、疲れた様子をみせていた。

 とはいえ、慣れていない中でここまで戦えれば十分だろう。

「それにしても……俺に戦闘技術を教えて欲しいと言われた時は驚いたな」

「……言ったでしょ? ベラさんとの特訓で、魔法だけじゃダメだって思い知ったのよ」

 そう、リーズがこうして近接戦をしていたわけは、自身の弱点を克服するためであり、そのために俺に戦闘の技術を学びたいと言ってきたのである。

 苦笑いを浮かべるリーズを前に、俺はその時のことを思い出した――――。

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