第二章(1)

 ――――師匠に弟子入りしてから、五年の歳月が流れた。

「グオオオオオオ!」

「ハアッ!」

 俺は今、師匠から与えられた試験として、ここ……極魔島にむ、一体の鬼と戦っている。

 この鬼は俺よりもはるかに大きいたいで、盛り上がる筋肉がその肉体の強靭きょうじんさを物語っていた。

 また、額にも目が存在し、どうやらその目には通常の視覚とは異なり、魔力や闘気を感知する力があるようだ。

 そんな鬼の名前を、俺は知らない。

 極魔島の文献は少なく、どんな妖魔たちが生息しているのか明らかになっていないからだ。

 なので、俺は【おに】と、見た目のままだがそう呼んでいる。

 それに、元々俺が知っていた妖魔の数もたかが知れている。

 ……まあ、そんなことは関係ない。

 どんな相手であれ、俺はコイツを倒すしかないのだから。

「ガアアアアア!」

 巨大な腕から放たれるおう

 それらの攻撃を避け続けるが、避けるたびにその腕から放たれる一撃で大地が割れ、大きな地響きが起こり、ただ腕を振り回す風圧だけで、周囲の木々が吹っ飛んだ。

 そんな風圧に耐えるだけでも大変なのだ。もし攻撃をまともに受ければ、俺の肉体など一瞬で潰されるだろう。

 もちろん、そのまま三つ目鬼の拳を受け止めることはしない。

「『てん』!」

 俺は三つ目鬼の殴打に合わせ、相手の拳の側面に手を添えると、そのままふところへと 、巻き込むように回転しながら進んでいく。

 その際、触れている腕に対し、指に闘気をまとわせつつ魔力を練りながら、正確に破壊できる点を突いた。

「グオオオオオオオオオ!?」

 その一撃はすさまじく、俺の指で突かれた三つ目鬼の腕は、一瞬で膨れ上がると、そのまま破裂した。

 腕が破裂したことでひるんだ三つ目鬼に対し、俺はその隙を逃さず、一気に懐に潜り込む。

 そして、三つ目鬼の腹を目掛けて、闘気と魔力を練り上げた拳を放った。

「『ほうてん』!」

「ガッ――――!」

 えぐり込むように、三つ目鬼の腹にめり込む俺の拳。

 その瞬間、三つ目鬼の腹から背に向けて、衝撃が突き抜けた。

 しかし、俺は自身の手ごたえに眉をひそめる。

 ――――浅い。

 三つ目鬼の強靭な肉体と、何よりその額の目によって、俺の魔力などを事前に感知されていたようで、完璧に衝撃を突き通すことができなかったのだ。

 しかも、俺の魔力を三つ目鬼の体内の魔力とぶつけることで反発させ、体ごと破裂させることを狙っていたのだが、どうやら先んじて腕を破裂させたことで、三つ目鬼が警戒してしまい、一瞬のうちに魔力の制御をより強固にしてしまったようだ。おかげで相手に内傷を負わせることができなかった。

 それゆえ、三つ目鬼は倒れることなく、前かがみになりながらも踏ん張った。

 だが……。

「もう一度ッ……!」

 俺は下がって来た三つ目鬼の顎に向け、再度『崩天』を放つ。

 すると、顎を打ち砕かれた三つ目鬼は、そのまま顔を跳ね上げると、後ろに向けて倒れていった。

 警戒を怠らず三つ目鬼の様子を確認すると、三つ目鬼はこと切れている。

「ふぅ……」


「――――ま、合格かのぅ」


 その瞬間、師匠が音もなく俺のそばに現れた。

 俺が魔力を扱えるようになったのも、こうして鬼のような妖魔と戦えるようになったのも、すべてこの師匠のおかげである。

「分かってるとは思うが、まだまだ甘いところがある」

「はい……」

 それは俺自身、ひどく痛感していた。

 まだまだ俺は、師匠の技を完璧に受け継ぐことができていない。

 技術や知識はたたき込まれたが、それを使いこなせる技量が今の俺にはないのだ。

 せいぜい今の俺は、【覇天拳】の基礎が身に付いたくらいのものだろう。

 そう思っていると、師匠は一つうなずく。


「うむ。では、次が最後の試験じゃ」


「なっ!?」

 師匠の言葉に、俺は目を見開く。

「ま、待ってください! 私はまだ未熟です! それなのに最後の試験だなんて……」

「確かに、今のお主はまだ未熟じゃろう。しかし、お主に伝えられることはすべて伝えた。あとはお主自身が技を磨くだけじゃ。それに……じゃ」

「え……?」

 よく見ると、師匠の体が透け始めていたのだ。

「し、師匠……?」

「最初にお主と出会った時に、言っていたじゃろう? 儂の天寿が近いと。それが来ただけじゃよ」

「そ、そんな……」

 師匠の言葉を、俺は素直に受け止めることができなかった。

 まだまだ、俺は師匠から学びたいことがたくさんあるのだ。

 それなのに……。

 すると、師匠は困ったように笑った。

「そう悲しい顔をするでない。最期さいごじゃというのに、悲しい顔で別れるのは寂しいじゃろう。それに、儂の心配よりも、自分の心配をすべきじゃ」

「え……?」


「――――最後の試験は、この島の中心に到達すること」


「!」

 俺はその言葉に、目を見開いた。

 師匠に弟子入りしてから、俺はこの極魔島で様々な妖魔たちを相手に戦ってきた。

 とはいえ、まだまだ島に広がる大森林の中間部でなんとか戦えるようになったくらいであり、最奥さいおう部である中心にそびえる岩山など先も先だ。

 極魔島は奥地に向かえば向かうほど、そこに存在する妖魔もより強力になる。

 たった今倒した鬼も、奥地に行けば群れで襲ってくる可能性だってあるのだ。

「ほっほっほ。最後の試験の難しさが分かったかのぅ?」

「……はい」

「……お主がこの島の中心にたどり着けた時、お主が求めていた、生きるための力は確かなものとなる。そして恐らくそこに、またがあるはずじゃ」

「私が求めるもの……?」

 最初は自分の居場所を求めていた俺だったが、五年前に父上に捨てられ、この地にたどり着いたことで、居場所を手に入れる以前に生き残るための力を求めるしかなかったのだ。

 それ以外で、俺が求めるものって……。

 俺が首をひねっていると、師匠は島の中心部の方に視線を向ける。

「最初は何のための結界なのか分からんかった。しかし、お主とこの地で過ごす中で、徐々に分かったことがある。あの地には、刀真、お主自身が行かねばならない」

「え?」

「フフ……まあよい。この島の中央に聳え立つ、あの岩山にたどり着けば分かることよ」

 そう語る師匠の体はもう、ほとんど消えかかっていた。

「さて、刀真よ。最後の試験を突破したあとは……好きにするがよい」

「好きに……?」

「そう、好きに」

 そう言われても、俺はどうすればいいのか分からなかった。

 ただがむしゃらに生きてきたから、好きに生きるということが分からないのである。

「故郷に帰るもよし、旅をするのもよかろう。お主は何でもできるんじゃ。己の望みとゆっくり向き合うがよい。それが、生き抜くということじゃよ」

「俺の……望み……」

 今はまだ、俺の望みは浮かばない。

 もしかしたら、これから先も分からないままの可能性だってある。

 それでも――――。

「――――分かりました。師匠に胸が張れるよう、精一杯生き抜きたいと思います」


「うむ。わしの最期の時を、お主と過ごせて幸せじゃったぞ――――」


 師匠は最後に笑うと、そのまま世界に溶けるように消えていった。

 ……師匠は、俺との時間が幸せだったと言ってくれた。

 だが俺は、師匠に何かを与えられただろうか。

 俺はたくさんのものを与えられた。

 これ以上ないほど、そして、幸せな時間を。

「うっ……くっ……」

 自然と涙がこぼちる。

 こんな風に、純粋に誰かをおもって泣いたのは何時いつぶりだろう。

 初めてこの島に流され、絶望した時の涙とは違った。

 俺はその場にひざまずくと、深く頭を下げる。


「師匠……本当にありがとうございました……!」


 ――――旅立った師匠への、最後の挨拶だった。


       ***


 ――――師匠が旅立ってから、俺は寝食を忘れ、修行に打ち込んだ。

 その結果、二年が経過し、島を囲う森の奥地に向かうことで、ようやく島の中心に聳え立つ岩山が見えてきた。

 それと同時に、襲い来る妖魔の強さが尋常ではなくなっていく――――。

「グルアアアアアアアアア!」

「フッ!」

 俺に襲い掛かる、人の家ほどの大きさを誇る、巨大なおおかみ――――【たいろう】。

 大狼は手足に紫の炎をまとっており、その炎は周囲の木々を燃やすことなく、的確に俺というのみを熱し尽くしていく。

「『崩天』!」

「ギャン!?」

 俺はその攻撃をまともに受けないよう、身を低くかがめると、そのまま大狼のふところに潜り込み、拳を放つ。

 無防備な腹に拳がめり込むと、大狼は声を上げ、吹き飛んだ。

 すると、そんな俺と大狼の戦いの隙を縫うように、鋭い矢のような一撃が飛んでくる。

「ッ!」

 咄嗟とっさに顔をらしてそれを避けると、一撃が飛んできた先に大狼と同じくらいの――――【大蝦蟇】が、こちらをじっとりと狙っていた。……先ほどの一撃は大蝦蟇の巨大な舌か。

 俺が素早くその大蝦蟇の元に向かおうとすると、今度は頭上からすさまじい速度で何かが大量に降り注ぐ。

 それらを【覇天拳】に伝わる独特の歩法でかわしつつ、視線を上げると、そこには【狒々ひひ】の群れが、こちらの様子をうかがっていた。

 頭上から降り注いだのはこの狒々たちが投げた石だったようで、周囲には深い陥没がいくつもできており、どれほどの威力が込められていたのか見て取れる。

 すると、狒々たちは新たに石を構え、こちら目掛けて投げつけてきた。

「ハアッ!」

 俺がその場で力強く踏み込んでみせると、俺を中心に地面が割れ、その破片が周囲に飛び散った。

「『ぐん』!」

「ギィイイイイイ!?」

 飛び散る破片すべてを砕かないように意識しながら拳の連打で打ち飛ばしていくと、それらはまっすぐ飛んでいき、狒々を殲滅せんめつしていく。

 すると、再び俺が狒々の群れに攻撃した直後を狙い、大蝦蟇の舌が、俺を貫かんと伸びてくる。

 だが……。

「フッ!」

「ゲェエ!?」

 俺は大蝦蟇の舌が伸び切ったところで、その舌をつかみ上げると、そのまま勢いよく振り回した。

「ハアアアアアアッ!」

「ゲェェェエエエエエエ!」

 周囲の木々をたおしながら、振り回した大蝦蟇を投げ飛ばす。

「ッ!?」

 大狼、大蝦蟇、狒々と、連続で妖魔の襲撃を乗り切ったところで一息つこうとした瞬間、大きな影が俺を覆った。

 俺が慌てて上空を見上げると、そこにはこの森を包み込んでしまいそうなほど、巨大な人型骸骨……【おおどく】が!

 ……しまった。森を進むことに夢中になり過ぎて、時間を確認していなかった。

 この大髑髏は、昼間には姿を現さず、夜の極魔島にだけ出現する、謎の妖魔だった。

 そもそもこの大髑髏を含め、先ほど戦った大狼も大蝦蟇も狒々も、正式な名前は知らないため、ただ勝手に俺がそう呼んでいるに過ぎない。

 そしてこの大髑髏だが、恐らくこの極魔島で一番強大な妖魔と言ってもいいだろう。

 この地で果てた者たちの怨念が詰まったような、背筋の凍る気配を常にまき散らしているのだ。

 だがそれだけの存在感を誇りながら、この島で気配を感知する技術を磨いた俺でさえ、出現するまでコイツの気配すら摑めなかったのだ。

 そんな大髑髏は、俺の姿を見つけると、眼孔や口から緑の煙を吐き出しながら、俺を押し潰さんとその巨大な手を振り下ろしてきた。

「クッ!」

 俺は全力でその場から飛び退くと、大髑髏の手が目の前に落ちてくる。

 その瞬間、大地が大きく弾んだ。

 今までの妖魔とは比べ物にならない威力で、たった一撃だけで森の半分が吹き飛び、周囲が悲惨な状況になる。

 コイツは見つかりさえしなければ特に害はないと、今まで避け続けていたのだが、ついに見つかってしまった。

 それだけ目標である岩山に近づいたことで、気持ちがはやっていたのだろう。

 幸い、岩山に張られているという結界は、この大髑髏による地形の影響も受けないようで、相変わらず健在である。

 この大髑髏の動きは比較的遅いものの、それでもそのきょによる攻撃範囲は凄まじく、コイツから逃げ切るのは難しいだろう。

「……やるしかないか」

 俺は覚悟を決めると、すぐに全身に闘気を行き渡らせ、魔力を練り上げた。

 そして、今大地に下ろしている大髑髏の手に飛び乗る。

 すると、大髑髏は飛び乗った俺を振り落とそうと、手を振り回した。

「『くうきゃく』!」

 だが、俺は振り落とされる前に大きく跳躍し、大気を足場として使いながら、大髑髏の眼前に飛び出した。

「『崩天』ッ!」

 大髑髏の頭蓋を目掛けて、俺は渾身こんしんの拳を放つ。

「ロォオオオオオオ!」

 その瞬間、大髑髏の頭蓋がはじけ、不気味な叫び声をあげながらあおけに倒れた。

 だが、倒れた直後、砕け散った頭蓋が緑色の煙によって修復されていく様子が目に入る。

「なっ!? 頭を吹き飛ばしてもダメなのか!?」

 ……確実に大髑髏の魔力と俺の魔力を反発させ、頭蓋を吹き飛ばした。

 しかし、コイツは頭を吹き飛ばされたところで、特にこたえた様子もなく回復していく。

 大抵の生命体は頭を吹き飛ばせば、もう起き上がることはない。

 ……まあこの大髑髏が生きているのかと言われると、それは不明ではあるが。

 何はともあれ、頭を吹き飛ばしてダメなら、別の場所を狙うだけ……。

 すぐに大髑髏の全身を見渡していると、修復を終えた大髑髏が、凄まじい勢いで俺に摑みかかって来た。

「『崩天』ッ! ぐっ!?」

 それを空中で避けられないと察した俺は、左右の手で『崩天』を放つことで、大髑髏の拘束を回避。

 ただ、あまりの力の強さに、一瞬押し負けそうになった。

 それでも魔力と闘気を最大限に練り上げ、両手を弾き飛ばすと、ついに大髑髏の核となる部分を見つけた!

「『破空脚』!」

 俺は再び大気を足場にすると、大髑髏の胸の中心目掛けて突っ込む。

 そして――――。

「ハアアアアアアアアアアッ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 大髑髏の胸に、渾身の『崩天』を振り下ろす。

 すると、大髑髏の胸骨が砕け、身体からだの中心に隠されていた緑の光の球体を貫いた。

 次の瞬間、大髑髏は悲鳴を上げたのち、そのまま空気に溶けるように消えていく。

「はぁ……はぁ……た、倒せた……」

 このまま勝利の余韻に浸りたいところだが、また妖魔の群れに襲われたらたまったものではない。

 俺は、すぐにその場から駆け出すと、ただ真っすぐ、目標の岩山を目指した。


 そしてついに――――最終試験の地へとたどり着くのだった。


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試し読みは以上です。


続きは2023年9月20日(水)発売

『武神伝 生贄に捧げられた俺は、神に拾われ武を極める』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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