第16話 女装少年は涙に弱い
「はい。今日はエリーちゃんが大好きな甘ーいミルクティよ。それからスポンジケーキ。……って、エリーちゃん?」
「男……?本当に男なの?」
エリザベスはわなわなと震えていた。
「いつから男に?」
「……最初からお兄ちゃんはお兄ちゃんなんです。私の目からも確かに可愛い女の子に見えますけど」
「……自分で言いたくないけど右に同じ。この町に来て、鏡で初めて自分を見て唖然とした。ボクって男の娘だったの?……って思った」
混乱するエリザベスを楽しんでいるような、キャシーに非難の目を送り続ける。
ただ、彼女は気にすることもなく、テーブル椅子の位置を動かしたり、中央に置かれた花の形を整えたり、給仕の仕事を続けている。
「エリーちゃんは、昔から女友達が欲しかったんすよね。」
「そう……なんだけど。……まだ信じられない。ねぇ、本当にその見た目でユーリは男の子なの?」
確かにまだ言葉でしか伝えていないが、……椅子に座ろうか迷っていた少女がポンと手を叩いた。
「あ、私、すごいこと思いついたかも。お兄ちゃん、それなら証明するしかないんじゃない?」
「思いついた、みたいな顔をするな!全然すごくないし‼……っていうか女友達なら、他にもいるんじゃないんですか?」
すると、完璧な美少女となったエリザベスはスッと立ち上がった。
そして、とんでもないことを言う。
「女友達が欲しかった……、それはそう。だから、確かめていい?」
「は?そんなの……」
「お兄ちゃん。さっきも言ったけど、今の見た目じゃ分からないんだよ。だから、証拠を提示しなきゃ。これでばっちり解決だよ‼」
妹に羽交い絞めにされる。
面白そうだからと、何故かキャサリンまでもがそれに付き合う。
「それじゃあ、行くわよ……」
そして身体検査が始まった。
服をひん剥かれることはなかったが、先ずは頭、髪、そして顔を触られた。
そして、肩に手を滑らせて。
「十四歳にしては胸がない……。でも、華奢だからってこともあるし……」
十四で声変わりはしているとは思うが、男らしい声にはならなかった。
そして妹は十歳で、女性の方が成長期が早いから、実は妹と身長が変わらない。
おそらく148cmくらいだろう。
おまけに、理由は分からないが髭も生えてこない。
こういう体質なのか、まだ二次性徴が来ていないのか。
だから、本当にぱっと見では可憐な少女なのだ。
エリザベスは信じたくないからか、胸を触ったあとに屈んで足を触り始めた。
すね毛の有無で男女は区別できないかもしれないが、すね毛は生えていない。
「綺麗な脚。まだ、幼いけど貴族階級の男たちから求婚されてもおかしくない。それに腿も柔らかくて、お尻はこぶりで……」
小柄な美少女、これがぴったりくる。ここまでは。
「……‼え、何、これ。在ってはいけないものが……、在る‼」
「在ってもいいんだけど……」
「これって、切っ……」
「絶対ダメ‼なんてことを言うんだ‼」
ユーリは恐怖からつい怒鳴ってしまい、エリザベスは少しだけたじろいだ。
「じょ、冗談よ。は、初めて触ったし、見てはいないから、これは私の予測でしかないけど。これは男性器というもの……ね。」
「予測とか抜きに、そうですけど?」
「え、これ。動……」
「って‼もう、十分だろ。ボクは男なの‼」
記憶にあるエリザベスは可愛らしい少女だったが、今のエリザベスは女性らしい体つきだ。
スカートの上から触られたとはいえ、膝をついて触るビジュアルが宜しくない。
いや、色々宜しくないので、ユーリは後ろに飛びのいた。
「そうそう。お兄ちゃんはお兄ちゃんです。はぁ……お兄ちゃんのそんな顔見たくなかったな。それに自然には出来なかったですけど、ばらして良かったんですよね、キャサリン様」
「だって、男は狼だからー。お嬢様が気を抜いた隙に何かあっちゃまずいっすよ。アタシたち途中から拘束してなかったのに、自分から触られに行ってたくらいっすからね。」
なんで、ここで二人の息があっているのか。
自分から触られに……?それは……確かにそうだけれど‼
妹が言った通り、バレること前提のお茶会だった。だが、これで終わりではなかった。
「見た目上は女の子だから、お茶会を続けましょうよ―」
「そ、そうね。お茶会が目的ですものね……。ユーリちゃ……ユーリ君。約束した……よね?」
確かにお茶会をすることが、今回のお仕事だ
エリザベスは少しだけ頬を染めつつ、ゆっくり歩いて椅子に座った。
「と、とにかく。メグちゃんも座ってくれる?」
まだ終わらないのか、と兄妹二人は肩を落として椅子についた。
ただ、甘い香りには勝てず、メグの瞳が次第に輝いていく。
「お兄ちゃん、すごくいい匂いだよ?これ、絶対に美味しいよ?」
「あ……、うん。そう……」
「おやおや。お姉ちゃん、じゃなくてお兄ちゃんは甘いのは苦手?」
兄のユーリは、エナジードリンクが大好きだったことを、今さら思い出していた。
お酒は判断を乱すが、アレは頭が冴えて、翼が生えた気分になる。
しかも、何気に高いからセレブになった気分になる。
プロゲーマーはあれしか飲まない……というイメージがあった。
だから、あればっかり飲んで、……そこから記憶がない。
「あの……、ユーリ君、ゴメンなさい。嫌……だったよね。勝手に間違えて……勝手に……、無理やり約束して……」
「……え⁉何々?どうした?じゃなくて、どうされたんですか?」
「お兄ちゃん……、大……丈夫?ずっと黙って怖い顔してたから」
「え?いや、違うって。じゃなくて、違います。ちょっとだけ考え事していただけです。」
前世に近い文化に触れたことで記憶の一端が漏れ出ていた。
その思い出に浸っていたら、目の前に座っている美少女が泣いていた。
出されたお茶を飲まず、手を付けずにいた。
しかもどれだけ呆けていたか分からない。
「考え事ってなぁに?お嬢様が涙を流すなんて、なかなかないことだけれど?しかもフォーナー領は貴族と平民との差が前時代的に明確な土地でしょ?」
カフェイン取り過ぎで死んでしまった、という悲しい死に方を思い出していた、なんて言っても通用しないような気がした。
信じてもらえるかも怪しい。
早く、思いつかなければならない。
エリザベスという少女は、多分何かを抱え込んでいる。
それに一緒に罪を背負ってくれると言ってくれた。
あれは女限定の話かもしれないけれど。それでも。
「気になること……。えっとこのミルクティ。ミルクは分かるけど、この甘さはショ糖のものだ。それに茶葉もここで生えている草や葉とは違う。農作地帯のモスバレーでも見たことがない。ヴァイスで簡単に手に入れられた穀物、米なんかもそうだけど。ほら、メグには前に話をしたろ?」
「そういえば、言ってたね。ワザと領民を苦しめてるんだっけ……」
「いや。それも可能性の一つってだけ。とにかく色々とチグハグなんだ。今は分からないとしか言えないけど。……そもそもボク達は国の形も世界の形も知らない。実は全部チグハグじゃなくて、ちゃんと理由があるのかも。」
「それじゃあ何も分からないってこと?……って、お兄ちゃん。ただ、考え事してただけなら、エリザベス様に謝りなさいよ。私も怖かったんだから……」
「あ……、そうだな。……気分を害させてしまい、すみませんでした。本当に、他意はありません。それより妹の為、……いやボク達の為に甘いものを下さって有難うございます。」
ドレスを着て椅子に座っていることも忘れ、大股開きで膝に手をつき、頭を下げて非礼を詫びた。
そしてゆっくり頭を挙げると、エリーは目を剥いていて、キャシーは口角を上げて笑っていた。
その蒼い髪の妖艶な女は唇に指をあてた。
「へぇぇ。君、本当に良い目をしているのね。もしくは目の付け所が良いのかしら。エリーちゃんが言っていたことも嘘では無さそう。君が女の子だったら、私の可愛い
普段、軽薄な癖に、偶にこういう顔、こういう喋り方をする。
どうしてエリザベスの侍女をやっているのかも分からない。敵には回したくないタイプの人間だ。
「キャシー、止めて。私はお願いする立場なの。えっと……、それじゃあ改めまして、——ユーリ君、メグちゃん。私の友達になってくれる?」
メグは目をぱちくりさせて、兄に救いを求めた。
エリザベスは気付いているかは分からないし、この世の中にこんな言葉があるかは分からないが、パワハラ寄りのモラハラ発言だ。
キャシーの楽しそうな顔が、それを助長している。
断る権利はない。それにこの発言だって、色々おかしい。
「領主の娘が領民、しかも罪人の子供と友達になったら、タダで済まないと思うんだけど。それでも良いなら……。メグは……」
「うん。私もいいよ。」
「事故物件でしかないけど、断る理由はないよ。それに約束したんだもんな。やっと思い出した。ボクの麦畑で隠れるのがうますぎた女の子……、突飛な行動は相変わらずだな、エリー様。」
メグが力強く頷き、ユーリがそう言うと、エリーは再び泣き出した。
ただ、この涙は違う味がするに違いない。
そして、キャシーが彼女を抱きしめた。
彼女の涙は、キャシーが言う大事に関係している。
それはなんとなく理解できた。
そして、彼女が無き止むまで、兄妹は黙々とお茶とお菓子を楽しんだ。
「お兄ちゃん、今日は一杯食べるんだね。」
「ん。これは丁寧に作られてるみたいだから。ボク、最初からミスってるんだよ。無意識にやってたから気付いた時には遅かったんだけど。」
「めんえき……だっけ。」
「うん。直ぐにお腹を壊すのはそのせい。でも、これは多分魔法か何かが間で絡んでるのか、食べても大丈夫そう」
そんな会話をしながらも、お嬢様が泣き止むのを待った。
既に終わった話だと思ったからだった。
「エリー様の誤解も解けて、友達にもなれたんだし、流石にこれって着替えてもいいってことですよね、キャシー様」
「そっか。元々、エリザベス様の夢を壊さない為で、男友達も大丈夫なんだったら……」
確かにそんな話を聞いたし、約束のお茶会も出来た。
これで大手を振って男として街中も歩ける、と思いたかったから失念してしまった。
キャシーはあの時、何をしろと言っただろうか。
だから女は首をコテリと傾げてこう言った。
「何を言ってるっすか。エリー様が女友達が欲しかったことと、女の子のフリをして欲しいのは違う問題っすよ!第一、エリー様の勘違いを正す為だったら、最初から女装なんてさせないっすよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます