第17話 お友達として必要なこと
キャシーはケタケタと笑い、エリーは申し訳なさそうな顔をしている。
つまり女装は続けなければならないらしいが。
「それって、つまり男の人と一緒にいるところを見られたくないってことかな。」
「そう。それが一番の理由。下手をしたらユーリ君が殺されちゃうから……」
権力を持ち、魔力も持つ。この国では超エリートだし、そこに超美人とくれば。
「あ、そういうことか。伯爵令嬢に纏わりつく愚民。マジで酷い目に遭わされそう。えっと、それじゃあ君も誤解を生みそうで不味いな。でもちゃん付けは……。とりあえず呼び捨てで呼んでもらうか。」
「それじゃあ、私も!メグって呼んでください。」
「それが良さそうっスね。んで、君たちにはエリー様の侍女を演じてもらいたいんす」
は?と首を傾げる二人。
「いやいや。侍女はキャシー様じゃなかったっけ。」
「それに私たちはお城の作法を知りませんよ。そういう教育を受けてもいないですし」
「その辺は心配ないっすよ。城では変わらずアタシが侍女をやるっすから。」
ますます意味が分からない。
ただ、これからが本当の依頼なのだ。
そして、ユーリのあの発言が彼女の信用を盤石なものに変えてしまった。
「キャシー、ここからは私が説明します。あのね、殆どの平民には知らされていないのだけれど……」
これが今まで彼女の両親が王家を始め、各諸侯と連絡を密にしていた理由の一つである。
彼女を妻にと求めた貴族たちの狙い。
貴族の血を引く者だけに適応される話だから、領民には関係のない話。
「何年かに一度、極端に大きなの魔力の器を持つ人間が生まれるらしいの。私がそうだって言われているんだけど……ね。そしてそれが各領地、同じ世代で生まれることが稀にあるらしいの。王家はそれを英傑の世代と呼ぶ。英傑の世代を一所に集めて競わせることで、領主の力の再配分が行われる。それが、王国の慣習なの。」
正に領民には関係のない話。
いや、貴族らしい考えと言った方が良いだろう。
だから、ユーリは眉を顰めて瞑目した。
「それが一番平和的な方法って意味?力の再配分ってつまり、領地の入れ替えってことだろ。」
「あら。なんだか不満そうね。だったら、建国期後半の群雄割拠のように領民同士を戦わせた方が良いと思うのかしら?」
言い返した方が燃える性格なのか、キャシーは嬉々として比較論を叩きつけるが、それは流石に暴論だ。
勿論、完全平和が実現できないのは、痛いほど知っているユーリだが。
「それも貴族の理屈だ。全ての人間に生きる権利があるって発想が抜けている。」
「綺麗ごとね。優秀な者が導かないと、意味がないわ。……また家族を失うわよ」
「キャシー‼それはもう言わないで。」
「事実でしょ。エリー様があの時既に権威を持っていたら、どうされていましたか?」
「それはたらればです。それにその時のエリー様だって」
ユーリ、キャサリンそしてユーリの考えを強く受ける兄を慕う少女マーガレットが立場を抜きにして、国の在り方を討論する。
その中でエリザベスがダンと机を叩いて、立ち上がった。
「メグの言う通り。今の私でも同じことが起きたかもしれない。ユーリって凄いよね。何も与えられない、奪われるしかない立場なのに、ちゃんと将来を見据えて考えてる。だから私も、……学校で学びたいの‼そして未来の為に考えたい‼」
ユーリの眉が跳ね上がり、瞳が点になる。それだって、はっきり言って農奴にはどうでも良い。
「学校で学ぶって……」
「学校って何、お兄ちゃん。」
「あ、そうか。ボクの良く知らないけど、教会で教わるアレのことだと思うけど……」
「え?お貴族様は教会で教えて貰ってないの?」
「そんなわけないだろ。もっと色々教えて貰っている筈だよ。そして、国力を高める為、神学をもっと効率の良いものにする為、学ぶことを目的とした学校が作られる。庶民に解放されるのは当分先だろうから、ボク達には関係な……」
「ユーリ、メグ。私と一緒に学校に来て‼二人までの侍従の随伴が許されていて、私は二人にその役をお願いしたいの。……これが私の本当のお願い。……ううん。命令……かな」
流石にこれは二人の想像の外の話だった。
だから、お嬢様同様に、二人も立ち上がった。
「そういう意味での侍従……?」
「もしかしてキャシーがいないっていうのは」
「そう。アタシの可愛いフォートンも英傑の世代の一人なんすよね。お嬢様には申し訳ないっすけど。弟は可愛いっす。色んな意味で、ね」
「私はそこでもっと多くのことを学びたい。元々参加することは決定なんだけど、お父様やお母様が選ぶ侍女はどこの息がかかったものか分からない。だから、こう言ったの‼私の侍女は私が選ぶ。そうじゃなかったら参加しないってね。そしたら異性は認めないって条件ならって呑んでくださったの。」
「で、お嬢様は最初からお二人を連れて行くつもりだった。これが事の顛末ってやつっす」
つまり、初めから女限定の話だった。
だから、彼女は青ざめた顔をして、泣きもした。
ん。待って……
「つ、つ、つ、つまり。ボクの女装って……」
「そっか。私たちは村を追放され、教会との関係もないから。これ以上の適任はいない。多分、受け入れてくれた時から考えられていた計画?」
「いいえ。お嬢様は本当にお優しいから、その時は何も考えてなかったっすよ。でも、その後。領主間のやり取りで今年、英傑学校が開催されることが決まったっす。確か四年年前くらいっすね。謹慎処分は学校開催決定と同時に終わったんすけど、そこからは彼女の意志で引き籠っていたってことっすね」
「引き籠りは言い過ぎよ。侍従は自分で選びたいっていうストライキだったの。それで漸く、父と母が折れてくれたの。条件付きで。」
「俺の女装に誰も触れない……だと?」
一人だけ、大股開きの男の娘。
メグさえも、気品ある貴族令嬢に見えるのは何故か?
それはメグにとって胸を弾ませる展開が期待できたから。
「ちゃんとユーリがいることも分かっている。それにユーリの考えを聞いて、私は確信した。貴方も授業を受けるべきよ。随伴者は授業を受けられる。メグちゃんも勉強したくない?」
「勉強したい‼私もお兄ちゃんみたいになりたい‼ねぇ、お兄ちゃん。いいでしょ?一緒に学校行こ?」
メグは週に一度の教会の講義を真面目に受けていた。
五歳のメグが文字の読み書きができたのは、学ぶのが好きだったから。
「お願い……ユーリ。私と一緒に授業を受けて‼技能の均一化を図るために半年間限定の学校が、一年後に始まる。最古の歴史を持つ王領の資料が開示されるのはその時だけなの。」
「女の格好で半年……も。いや、今からだから一年半。って、学校⁉」
「あ……、そうか‼お兄ちゃん‼」
女装の件もかなり無理があると思っているが、それ以上の大問題がある。
彼は既に諦めていた。だって十四になっても必要だと思わなかったから。
それはまぁ、……メグがいてくれたからってのはあるんだけど。
でも、メグがお嫁に……。いやメグをお嫁になんて行かせたくない……なんて言えるわけもないんだけど。
いつか、いつか、明日から明後日から、来年からはとずっと後回しにしていたこと。
「あの。エリザベス様。それってお力にはなれないかも……しれないです。」
「え?……そっか。やっぱり嫌……」
「ううん。そうじゃないんです。私が勉強したいのは本当で……。でも、お兄ちゃんって……。——文字の読み書きが出来ないんです‼教会での素行の悪さもそれが原因なんです。これだけ頼りになって、先のことも考えられるのに、文字が絡むとこの人はポンコツになるんです‼」
それはエリザベスにとって衝撃だった。
その衝撃を受けた顔が、ユーリの心に回避不能の刃が浴びせる。
何なら可愛い妹にポンコツと言われて、一ターン二回攻撃が炸裂する。
「え……、あんなに偉そうな顔して、頭良さそうな感じなのに?私よりも世界のことを知っていそうなことを言ってて、文字が読めない……の?」
そして致命傷。
エリザベスの失望した顔に、ユーリは椅子から転げ落ちた。
体は貧弱、背も低い。力もない。可憐な少女の見た目ではあるが、実は男。
ガチのマジで彼は妹がいなければ、どこかで壁にぶち当たっていただろう。
そういう意味で、彼は父のあの勇気ある行動に、とても感謝している。
「そう……。ボクは文字が読めないし、書けない。あれを見るだけでめまいがする。それに今まで必要なかったし……」
「私がいれば、の話でしょう、それ。勉強しろって毎日言ってたんですよ?今日だって……。もしかして私をお嫁に出さないつもりだったの……?」
「違うって‼明日から頑張るつもりだったんだよ。」
「知ってる?明日がんばろうは、馬鹿やろうなんだよ?」
「それはボクが教えた言葉……。それが俺に使われる……だと?」
こんなに可愛い妹だ。しかも賢い妹だ。いつかそんな日は来ると思っていた。
そんな日が来なければいいと思っていた。
だが、それは流石に妹が可哀そうだから、その日までに文字を覚えれば良いと思っていた。
前世を活かした文明的知識のチートをしているだけで、本来の彼はからっきしである。
考えなしに楽そうだからとプロゲーマーを目指していたことを忘れてはならない。
「ま、アタシは知ってたっすけどね。」
「え?キャシーは知ってたの?」
「知ってるも何も、エリー様はユーリに関わる資料に空目しすぎっすよ。……素行が悪いとは思えないのに、そういう書き方がされていた。教会で白い眼で見られてた典型。身に覚えがあり過ぎて、違う理由があるとは思ってたから、観察してたっす。それで計画の一年前倒しをエリー様にお願いしたんすよ。例の女に限るって条項を提示させたのはそういう理由っす。」
「あれは貴族としての教養を学ばせるためだと思ってたんだけど……、そういう……」
確かにキャシーなら、ユーリの欠点を知り得る。
きっと、全部彼女が描いたシナリオだ。
「多分、御父上も御母上もユーリのことは覚えてないっす。でも、あまり早く動かれると思い出してしまうかもしれない。特にリッツ辺りは間違いなく、直ぐに気付くっす。だから、ある程度成長してもらわないといけなかった。そして一年であればメイド修行と言い張れる。領主様から高価な本も拝借出来る。うんうん、我ながら完璧な計画。」
「そこまで練ってたなら、男って教えることも出来たと思うけど、な?」
「えー。それは感動の対面まで取っておきたかったっすよ。エリー様のあんな顔も見られて、自分は満足なのです。」
本当に何を考えているのか分からない女。
その知恵を自領で活かそうとは思わなかったのだろうか。
分からないことだらけではある。
でも、二人の道が再び動き出したことは確かだった。
「えっと、お百姓さんとして働きながら、時々お茶会の練習と称して猛勉強する。私は作法を学んで、お兄ちゃんは文字を覚える。そういうことですか?」
「うん。そういうこと。でも、本は高価だから持ち出せないっすから、お茶会の時しかまともには勉強できないから、超絶スパルタでいくっすよ」
つまりここからがユーリの本当の物語のスタートだ。
今までの彼は自慢の目利きを使って、指示を出すだけの簡単お仕事。
彼の言葉を借りれば……
ファーミングシミュレーター、ゲーム感覚で生きてたけど、これからは努力……しなければならない。
そんなことが出来たら、俺は絶対死んでないからね?
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