第15話 謝る勇気、振り返る勇気
ユーリ、マーガレットの兄妹は二人そろって藍色のワンピースを着ている。
マーガレットの心境は複雑で、女装している兄に違う意味で近づいて欲しくない。
「うわ……、すっごい馬車!これに乗るのか」
「荷馬車には乗ったことあるけど、……好きじゃない」
マーガレットは馬車を見て、スッと下を向いた。
あの惨劇は当時五歳の少女の心を壊してしまった。
「あの時はすみません。あぁするしか二人を助けられないと思ったの。」
「有難うございます、エリザベス様。それに謝らないでください。助けて頂いたのは私達ですよ?」
「そう言ってくれると、私も救われます。八歳になったんだっけ。メグちゃんはしっかり者って聞いてるよ」
強制的に大人の性格になってしまった、と言った方が良い。
過去を受け入れたのではなく、今あることと先にあることだけを見て、隣にいる兄を支える。
そうやって過去を無理やり封じ込めた。それが彼女の防衛本能が取った選択だった。
「そ、そんな。私なんてまだまだです。キャサリン様が言ってました。私たちを受け入れてくれる場所を探すように指示したのはエリザベス様なんですよね。何から何まで……」
彼女は何度も頭を下げながら、兄の脇腹をつつく。
そして、兄は我を取り戻して同じく頭を下げた。
「あ、……、えと本当に感謝しています。罪人の子供として、もっと冷たくあしらわれると思ってました。妹と一緒にしてくれてことも、本当にうれしくて……」
この世界では初めて触る柔らかなソファ。
いや、すべて手作業だろうから、量産が当たり前だった前世のモノより、ずっと高価なものだろう。
そもそも窓枠に使われているのは本物の金だろう。
あっちの世界に持っていったら、とんでもない金額になるに違いない。
「うふふ。だって、約束してたもん。」
「あの……、その約束って私は……」
「私はメグちゃんともお茶をしたいけど、メグちゃんは嫌だった?嫌なら……」
「そんなことはありません!私も呼んでくださるって思わなくて、とっても嬉しいです‼」
「良かったぁ。実はキャサリンにメグちゃんも居た方がいいって言われてたの。嫌がっても連れて行けって。私は多い方が良いから、大賛成なんだけどね」
因みにキャサリンは馬を操っている。
彼女も本当なら車内にいるべきだろう。
だのに、馬車を駆るのが好きだからという理由だけで、御者を帰らせてしまった。
だから車内は煌びやかな服の女の子二人と、煌びやかな服を着た男の娘一人。
「あ……、そか」
そういえば、貴族令嬢と平民男子が同じ空間にいるのは不味い、と言われていた。
うまいこと、気付かせろという命令もあるのだが。
「それがいいです。おに……じゃなくて、ユーリだけだと鬼のように不安です。ユーリは好き嫌い多いし、田んぼの仕事だって汚いからってやろうとしないし……」
「ええええ。そうなの?ユーリちゃん。こんな小さな子に働かせてるなんて、良くないと思うよ。それに好き嫌いするから、身長だって。どっちがお姉ちゃんか、分からないわよ?」
お姉ちゃんは妹を半眼で睨むが、妹はぷいっと顔を逸らした。
なんと、このお姉ちゃん。五歳下の妹と初老の夫婦に働かせている。
それが許された理由は、城塞都市ヴァイスに流れていた噂だった。
【ユーリが選ぶ種もみに外れなし】
一般的に農奴の納税は物納である。
そして納税は業者を通して行われるのが一般的だった。
ユーリは自由市民であり、教区を越えて移動できるが、商人たちも同じような権利を与えられている。
しかも、大商人ともなれば王からの特許状により、領地を越えて活動が出来る。
間に商人を挟む理由はいくつか考えられるが、年貢の徴収は憎まれるものだから、高位の貴族は直接関与をしない、という考えが一般的だろう。
特に最近は不作続きというから、城壁外に住む農民の不満はかなり溜まっている。
話を戻すが、行商人の間でジョージの麦は有名だったらしい。
そして、いつかエリザベスと会った時に、種もみ選びをユーリがやっていたことが明かされた。
もしかしたら、その前に商人にはバレていたかもしれない。
城塞内の農家だけでなく、行商人までもが押し寄せて来た。
「種もみ選びの仕事が他からの舞い込んでて、それで忙しかった」
「それって端境期だけの話じゃなくて?これからはユーリちゃんも……」
「あ、いいんです。あに……」
「あに?」
「あ、ニンジンとかも持ってきちゃうんですよ。だから、実は結構年中忙しいんです!」
馬車の中でもこんな感じ、メグはもはや限界だった。
こんなことなら、もっと前から名前で呼び合う癖をつけておくべきだった。
「罪人の子供が選んだって言わなけりゃいいらしい。子供が勘で選んだ種もみの転売とか……。ん、転売ヤーってこと?駆逐すべきだな……」
いや、何とかコレクション的な感じかも。
それとも、検品ってことだから案外まともな仕事。
ユーリの年齢はもうすぐ十四歳、脳組織はほとんど完成している。
だから、今までよりも前世の記憶に触れている。
それでつい口走ってしまったのだが、先まで笑顔だったエリザベスの顔が突然引き締まった。
あれ、俺。何か不味いこと言っちゃった?転売ヤーって言葉が気に入らなかったとか……
「ねぇ。ユーリちゃん。そろそろ言葉遣いを気にしてみない?ほら、もうすぐ私達十四歳だし、都会に来たことだし」
妹のメグがボロを出すかも、と兄は思っていたが、圧倒的に追い込まれていたのは兄の方だった。
そして、このタイミングで馬のいななきと共に、馬車が停まった。
「着いたっすよ。……って、私、何かやっちゃいました?」
「ううん。なんでもないの!これから頑張りましょうね、ユーリちゃん!」
「は……い。頑張ります……わ」
◇
「キャシーは先に行って準備をしておいて」
「了解っす。んじゃ、よろしくな、お二人さん」
にやけた顔でキャサリンは先を行った。
そして、上品な足取りでエリザベスが前を歩く。
「ユーリちゃんとメグちゃんは、私についてきてね。」
お茶会は招いた側が給仕するのがマナーらしい。
だからエリザベスが先行して歩く。
ユーリは一度、城に入ったことがあるから、あそこより質素なこの建物にびっくりすることはなかった。
でも、メグは思い切りテンションが上がっているらしく、すばしっこくウロチョロと動き回っている。
今は楽しそうな顔をしているが、あれ以来メグは笑わなくなった。
だから、今は結構感謝している。
笑わなくなったのは、ユーリも同じだけど。
心は大人、前世の両親の死と、現世での両親の死、それから自分の死さえ経験している。
だから、とは言わない。
あんな酷い死に方をして、しかも罪人として公然で死体を吊るされた。
今でも、目を瞑るとあの口惜しさが思い出される。
——だけど、それ以上に背中が重い。
妹の顔を見ると、申し訳なくなってしまう。
父はまだマシだ。彼女を助けて死んだのだから。
母もそうだ。彼女は子供たちをそして、お腹の子を守ろうと奮闘して死んだ。
生まれて間もないジョナサンは、ただただ怖かったことだろう。
トーマスは家族でもないのに、約束を果たそうとしてくれた。
ジェラ婆さんは若者の為に貴族に盾突く気概を持っていた。
でも、俺は何も考えずに世の中を乱した。
「ゴメン。全部ぼくのせいなんだ……」
自分の耳で漸く聞こえる小さな声で、彼は呟いた。
「違うよ。それは絶対に違うって私は分かってる。」
そしてユーリは目を剥いた。
建物の装飾を見てはしゃいで回っていた妹は、いつの間にか直ぐ隣に居た。
「……それは違うよ。本当にどう謝ったらいいか、分からなかった。アレは父さんと母さん、それにジェラさんが起こしたことじゃない。」
「知ってる。ここに来て五年。私はユーリと一緒にいて確信したの」
前を行くエリザベスが心配そうに、チラッと後ろを見ている。
彼女も五年間、ずっと思い悩んでいたことだった。
だが、過去に戻ることは出来ない。
「それなら分かるだろ。勝手な理由で村を栄えさせた。」
そしてユーリが助かったことを喜ぶ自分がいる。
罪を背負い続けて生きる彼を、手放しで喜んでしまう自分がいる。
複雑な気持ちで見守っていた時、鳶色の髪の少女が言ったのだ。
「でも、それは私の為だった。お母さんが言ってたことは本当って分かったの。……私は生まれる前から見守られてた。見てくれてた‼」
エリザベスの青い瞳が見開かれる。
「ぼくの記憶が曖昧な頃、メグが生まれる前、生まれる筈の弟が生まれてこなかったんだ。ぼくはそれが辛くて。それで母さんを見守っていた。だから、母さんが無理をしないように……」
「それはそうだけど、そうじゃないの‼もっと違う感じなの。気のせいかなって思ってたけど……。一緒にいて気のせいじゃないって分かったの。」
エリザベスはあの夜の事を思い出していた。
だから彼女は案内をやめて、二人の話し合いを見守ることにした。
「覚えている筈ないんだけど、分かっちゃったの。生まれる前から感じてたことが、今もずっと続いてるの。お母さんも言ってたもん。ユーリが見てくれたからって。」
そうなのだ。ユーリはあの日ずっと見てくれていた。
貴族の娘とか、魔力が豊富だとか、将来有望だとか、そういう目ではなくて。
あの日感じたのは目の前の命を、命として見守ってくれる暖かい目。
だからエリザベスは、たった一夜の出来事で、ユーリという女の子が大好きになった。
「メグはね。マーガレットという女の子はね。
「それは……、そう……なんだけど。でも……」
「でもじゃないもん。一人で背負わないでよ。一緒に……背負わせてよ。お兄ちゃんがいるから、私は頑張れるんだよ?」
今までは忙しさを理由に先延ばしにしていたのだけれど、ユーリはずっと謝りたかったし、マーガレットはずっと伝えたかった。
でも、それは家族と家族に等しい二人の死と向き合うことになる。
話す勇気が湧いた瞬間が、漸く二人に訪れた。
そして、もしかしたらその罪を背負うべきは違う誰かかもしれないと思い始めている少女がいる。
でも、今はまだ分からない。だから、彼女は二人に駆け寄った。
「その罪、私にも背負わせて欲しい。メグちゃん、オニイちゃん。……おにい……ちゃん?」
ただ、今回は空耳しなかったらしい。
「ユーリの略称がオニイちゃん?……おにいちゃん?お兄ちゃん?そそそ、それってお兄ちゃん?」
今まで気付かなかったのがおかしかっただけで、三人きりになればすぐにバレる。
それくらい、彼女には分かっていたわけで。
だから、このタイミングでキャサリン・アインシュタインは三人を呼ぶ。
「お茶の用意、出来たっすよ。……って、あれ。私、何かやっちゃいました?」
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