第14話 指定衣装、そして幼馴染フラグ
マーガレット、略称メグは父親譲りの鳶色の髪の幼女だ。
村を襲った惨劇のせいで、十歳にしてかなり大人な性格をしている。
瞳は兄と同じ翠眼だが、兄のような虹彩の形状異常はない。
そんな彼女の宝石のような瞳が、今は半眼になっている。
「メグ、その目はやめてくれ。ぼくだって同じ気持ちなんだから」
「いやぁ。自分には説明しきれなかったっす。お嬢様の気持ちを汲む、侍女の気持ちを尊重してほしいっすよ。」
軽薄そうな女。あの時は城に居なかったが、エリザベス・フォーナーの侍従をやっているらしい。
そんな彼女が持ってきたのが。
「説明できないってどういうことです?お兄ちゃんはお兄ちゃんなんですけど?」
「メグちゃんも似合ってるし、ばっちりじゃないすか」
「うー。一体、どうしてこんなことに。働き先を紹介してくれた恩はあるけど、……それにメグと同じにしてくれて良かったとは思うけど。」
メグが十歳だから、ここに来て既に五年が経っている。
この青い髪の女、キャサリン・アインシュタインとも五年の付き合いになる。
彼女は他の領地からやってきた貴族の娘で、理由は定かではないがエリザベスの侍従についている。
噂ではそれなりに高い地位の息女という話だ。
斡旋してくれた土地の名義はアインシュタイン家のもの。
以前は別の貴族のモノだったが、その貴族が転封された時に、領主から買い取ったらしい。
「メイプルさんとマーベルさんは良くしてくれてるし、不満は全然ないんだけど。……これとそれとは別じゃない?」
「いやいや、それが全部繋がってるんすよ。いいすか?街を歩くときは必ず、それを着るっす。でないと、ここから出てもらうことになるっすよ?」
琥珀色の瞳が怪しく光る。結局、持つ者と持たざる者の差がここで現れる。
「それにしてもどうして今からなんですか?五年間、お兄ちゃんは普通に男の子用の服で出歩いてましたよ?」
「いやいや。あれもギリセーフだったんすよ。でも、今年で十四になるんすから、ある意味大人の女っす!」
「お兄ちゃんは女じゃないですけど‼」
「それにぼくって多分成長期だぞ。……身長だって伸びてるし。女と思わせたいのは分かるけど。」
つまり女装をしろと、土地の権利者は言っている。
まるで、意味が分からないが……、彼女は続けて意味深なことを言った。
「……それに、どうやら
「おおごと……?魔物がまた……?」
「あり得ない話ではない。だから……、お願いだから女の子のフリをして欲しいっす!」
ここで二人は目を剥いた、と言いたい。
だが、何度も見て来たから、ただ肩を竦めるだけ。
貴族である彼女は平民に対して、平気で頭を下げる。
もしかしたら他の領地は違う文化があるのかもしれない。
ウォーカー伯だって、あんな感じだった。
未だに、ユーリの憧れである赤毛の赤騎士。男らしく勇ましく渋い男。
だけど、歩む道は反対に向いているらしい。
「それと、これ。招待状っす。まぁ、お嬢様にはうまいことバラして下さいっす。流石にエリーちゃんの素晴らしい体を殿方に見せる訳にはいかないっすからね!」
「ちょ、それ。どういう……」
「んじゃ、明日のお昼。中央公園で待ち合わせっすよ」
そしてある意味での雇い主はウィンクして出て行った。
因みに城壁都市ヴァイスに入ってから、エリザベスと会っていない。
キャサリンの話では、例の件で外出がかなり厳しくなってしまったとのことだった。
「えっと。私も招待されてるみたいなんだけど。どうしてかな。この服はそういう意味……か。で、お兄ちゃんはどうするの?」
「どうするも何も。強制って雰囲気だし……。マジか……、こんな展開が待っていたなんて……」
兄は終始、顔を赤くしている。
そして、妹目線では……、めちゃくちゃ可愛い。なんで男で生まれたんだろ。私が男だったら……
胸はないし、男特有のモノも持っている。
でも、身長はメグと変わらないし、相変わらず小食で健康体の女性よりもほっそりしている。
だから用意された服とウィッグを合わせると、女でも振り返ってしまうほどの美少女だ。
「と、とにかく。今日の仕事を片付けちゃおっか。汚れちゃうといけないし……」
「それもそうだな。でも、えっと……」
「はいはい。脱ぎ方が分からないのね。ちゃんと見ててよ」
仕事は依然と同じ、農作業である。
ただ、実はここでも大きな変化を齎している。
「メイプルさんとマーベルさんは、まだ稲作が分かってないんだって。私もまだ、ちゃんと分かったわけじゃないけど、ね。やっぱり、私の思った通り。お兄ちゃんは引っ張りだこだね。」
「シミュレーションゲームでやっただけ……、じゃなくてぼくもよく分かってないよ。そもそも、こうあるべきだったんだ。そもそも、この城塞都市はバランスが悪い。そりゃ、壁外の農奴から取れるだけ取るだろうな」
「えと、それじゃあお兄ちゃんが頑張れば、外の人たちの暮らしが楽になるってこと?」
魔法の力か何かは知らないが、城塞都市には水が豊富にある。
それなら、麦畑よりも水田の方が圧倒的に効率的だ。
一般的に言われているのは、同じ人数が食べると仮定した場合、水田に比べて小麦畑は八倍の面積を要する。
だから、奴隷や農奴がより多く必要になる。
「さぁ。食文化が定着してしまったか、知らなかったか、……いや知らないは考えられないか。貴族の権威を示す為に、敢えてそうしているのか。そもそも、ぼく自身が米を食べたいって理由で始めたことだ。だから受け入れてくれたマーベル夫妻には感謝しているよ。」
唾液の質が違うから、という話もあるが、そんな理由で重税を課せられては堪らない。
「メイプルさん。流石です。本当に知らなかったんですか?ぼくより理屈を理解しているように思います。」
「それがね?図書館に行ったら、あったのよ。稲作の文献が。分げつ期やその後の乾燥させる意味についてもきちんと書かれてあったのよ。」
「まぁ、あれじゃな。やっぱりパンの方が好まれたんじゃあないだろうかの。……うーん。婆さん。ワシはそろそろダメかもしれん。ユーリ君が女ものの下着をつけているように見えるんじゃが……」
「って‼ゴメン、お兄ちゃん‼急いでたから忘れてた‼」
◇
農業は文献では教えられないと、かのアダム・スミスも言っている。
商業や職人たちにも、それは言えるだろう。
けれど、かの経済学者が言っているのは、そういうことじゃない。
人間が作った作業場で人間が作業を行う工業と、自然を工場と見做して作物を作る農業という考え方に基づいている。
自然環境は何が起きるか分からないから、文献に纏めるととんでもない量になってしまうという意味だ。
ただ、運よくなのか、ある程度の文献が見つかったという。これで他の人も雇って教えることが出来るだろう。
というのも、キャサリンから、これからはこっちの仕事を優先するように言われている。
本当はお米を食べて、大きくなりたかったのに、米文化は当分お預けになる。
「ここが中央公園か。メグ、イラスト助かる」
「全く。どうして色んな事を知っているのに文字が読めないのよ」
「多分、こういうことだと思う。」
「え?なに、このぐにゃぐにゃしてると思ったら、ごちゃごちゃした複雑な絵が並んでいるのは」
「ぼくにはこう見えているってことだ。だから、そう簡単には——」
その時だった。
まばゆい光が視界を一瞬、真っ白に変えて、そのまま強い衝撃がユーリを襲ったのだ。
「ユーリちゃん‼やっと……、やっと普通にお話しできるのね‼」
傍から見れば、女の子が女の子を押し倒した。
でも、ユーリから見れば、女の子が男を押し倒した。
更に、エリーから見れば、女の子が女の子を押し倒した。
「久しぶり‼五年も掛かっちゃった‼妹ちゃんも、じゃなくてマーガレットちゃんも久しぶり‼」
彼女は勢いのまま、かいな力だけでユーリを引き起こした。
ただ、そこでユーリの目が剥かれる。しかも上方に向かってひん剥かれる。
「エリザベス様……随分」
「ユーリちゃん、五年で少し背が伸びたね‼そして、凄く可愛くなった‼」
そして、今度は抱きしめられる。
だから、大人になる為の成長をしている彼女の色んな所が体に触れる。
でも、ここはもう一人いて。
「エリザベス様‼はしたないですよ。それにユーリは……」
「だー‼メグちゃん、ちょっと待ってぇ‼エリーちゃん、飛ばしすぎっすよー。ここはあくまで待ち合わせ場所って説明したっすよね。」
更にもう一人、正直言って年齢不詳の女が遅れて登場した。
突然の再開は嬉しい。彼女には感謝をしてもしきれない。
でも五年間、エリザベスは不用意な行動が出来ずにいた、筈。
実際、街中で彼女は見ていない。見逃すはずもない。
成長していたって、絶対に気付く。輝く銀髪と、絶対的なオーラ。
「これも、そのおおごとに関係している……」
「そうっす。だからこそ、慎重に行動するべきっす。それはお嬢様が一番分かってますよね‼」
「それは……その。ユーリちゃんに会うのが楽しみ過ぎて。ね、あの時の約束、覚えている?」
そして、ここで約十年ぶりのあの約束が……
「約束……?あの……城塞都市に来れるようにって言った、アレ……かな?」
「それも約束だけど、その……。十年くらいまえ。私が四歳の頃にした、あの約束……だよ?」
これは……、完全に幼馴染フラグ‼
全然覚えていないけれど、これを逃せば幼馴染、いやメインヒロインを逃してしまう。
でも、……何の約束?
「あ、えと。そう、あれ。ここまで出てるんだけど……」
ガンッ‼その瞬間、誰かの肘が脇腹に突き刺さった。いやいや、本当に持つべきものは妹である。
「お兄ちゃん、一緒にお茶をするって言って……、私、ママに聞いた気がする」
「あ、そうだ。一緒にお茶をするって言ったような気が……」
「やった。やっとそれが叶えられる……」
ユーリは妹に向かって親指を突き立てたが、そのお返しは鋭い肘鉄だった。
「じゃ。行きましょうか。フォーナーの離宮へ」
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