第13話 少女が彼女に拘る理由

 四歳の少女は類稀な魔力の器を持って生まれた。

 そこに蓄えられた魔力は肉体と結びつき、常人では在り得ない力を彼女に与えた。


「ルモンドさん……だっけ。追いかけて来てたと思ったけど。」


 魔力は超級でも、心はまだ幼い少女は心細さに泣きそうになる。

 明るいうちは探検探検と息巻いていたし、大人たちが近くにいると思っていた。


「パパとママはまだたいせつなおはなしをしているのかな」


 普段ならもっと早くに迎えにきても良い筈なのにまだ迎えに来ない。

 ただ、彼女は聡明な女の子だった。こういう時の対処法は心得ていた。


「こういう時は動かない方がいいんだよね。動くとお互いに見失っちゃうから。えいゆうはこわがらないのだ」


 安寧期の話はつまらない。やはり読むなら建国期の時代の話だ。

 王子様が魔物をバッタバッタと打ち倒す話。主人公になった気分に


 カァーカァーカァー


「ひ……」


 ただのカラスの鳴き声、バサバサという翼の音。

 でもエリザベスにとっては悪魔の鳴き声、魔物の羽ばたきに聞こえる。


「だ、誰?……変なお人形。これ、何なの?私を驚かせようとしてるの…?怖い……」


 誰もいない夜の畑は、案山子さえも魔物に見える。

 魔力は体力に影響を与えるから、身体の能力はずば抜けている。

 けれど、彼女はまだ魔法を教わっていない。


 ガサガサガサ


「……ママ?パパ?リッツ?ルモンドさん?」


 この領地で一番偉い人の娘と自覚している。

 だから、皆が探していることは分かる。


 けれど、少女はここが何処かも分からない。


「もしかしたら怒っているのかな。お勉強頑張ってないから?お兄ちゃんが戻ってきた……とか?」


 そんな子供らしい恐怖もあった。

 特にここ最近は、まるで見世物のような扱いだった。

 将来の為と言われたり、より立場の高い結婚相手を探すためと言われたり。


「私、まだよく分かんないもん。ずっと嫌だ嫌だしてたから捨てられたのかな。今日は王家の人が来るっていってたもん。」


 そうこうしている間に太陽は山の際に隠れてしまった。

 月明かりさえも雲が時々隠してしまう。


「私は再生期の英雄とか、建国期の英傑になりたいから、結婚とか興味な……ヒッ」


 ただ、肩に葉っぱが落ちて来ただけ。

 未来の英雄は、この頃はまだ未熟で、何もかもがお化けに見えた。

 真っ暗な畦道は不気味で、絵本で呼んだ悪魔が潜んでいるように思えた。


「いや……怖いよ……。隠れなきゃ……」


 エリーは恐怖を紛らわすために小麦畑の中に身を隠した。


     ◇


 少女がいるのは当然ながら、フォーナー領だ。

 城壁の外も父親の領地である。

 今もルモンド子爵とその息子たちが血眼になって探している。


「見つけられなかったら……、首が飛ぶ。私のだけでなく、息子たちの首も……」


 彼らは編成を考える為に、一分間だけ少女から目を離した。

 でも、その間に彼女は消えてしまっていた。

 子を持つ親として、そんなに遠くへは行っていないと考え、手近なところを探していた。

 その後、城門近くで見かけたと城壁内の人間から報告を受けた。


「城門を抜け出すなんて。見過ごしたお前達も同罪だからな‼」

「えええ?一日にどれだけの行商が出入りしていると思っているんですか。入る方の監視はしてますが、出ていく方は手薄で……」

「煩い‼それで、捜索隊はどれくらい集まった?」

「一応、集めるだけ集めました!でも……、どこを探したらいいか」

 

 特別手当を付けて、自領の人間を集めるだけ集めた。

 門兵にも騎士団を集めるだけ集めさせた。

 だが、城壁の外だとすると人数が全然足りない。


 リッツやエリザベスの父や母だったら、とっくに城壁の外を探していただろう。

 でも、彼らは王家の使者と大切な話をしなければならなかった。


「あの金色の麦畑を自由に走り回りたい!」


 リッツは間違いなく聞いていた筈だ。

 でも、彼らは彼女の自室での一幕など知らない。

 なにより、彼らの感覚、子を持つ親としての感覚が邪魔をした。

 城壁の外には出るなと、皆は教育している。

 だから四歳の幼女が城壁の外に出るとは思っていなかった。


 城壁の外に行った可能性に気付いたのは、日が傾いた後の事だった。

 行商人に聞いても、情報に振り回されるだけで、時間だけが過ぎて行った。

 正直言って、彼らは運が悪かった。

 後に化け物と呼ばれる程の幼女を突然任されてしまったのだ。

 だから本当に運悪く、彼らは追い込まれる。


「子爵様‼……領主様が来られました」

「何?誰が伝えた?」

「王族の使者が帰られるからと、門まで見送りに来た際に……」


 皆が目を剥き、一斉に膝を突く。

 会議中と聞いていた領主夫妻が揃い踏みしていた。


「子爵、エリーを見失ったと聞いたが……?」

「いえ。行先は大体把握しております。直ぐにお連れしますので……」

「把握している?その割には右往左往しているように見えたけれど?」

「ですから!今、探しているのです‼」


 そもそも突然の命令だったのだ。そしてリッツ・ベルモンドこそが、本来なら子供の世話をすべきなのだ。


「見つからぬ時は覚悟しておきなさい。リッツ、これは全てをご破算にされかねない事態よ。」

「承知しております。大事に至らないうちに回収いたしましょう。アレは見当違いの場所を探していますが、行き先に見当はついております。ですが、流石に広すぎます。領民を使いましょう」


     ◇


 真っ暗になったのに、誰も迎えにきてくれない。

 この場に留まるべきか、どこかに向かうべきなのか、エリザベスは迷い始めていた。


 大人であれば、遠くで漂う松明を見つけられたかもしれない。

 だが、運よくか運悪くか大豊作を迎えた麦畑のせいで、四歳の彼女の目からは何も見えなかった。

 だから、初心に戻って大人しく座っていた。

 そんな中、エリザベスは不思議な安心感に包まれた。


「ここに居たらいい……かな?」


 安全そうな場所に身を隠しているから、というのも理由の一つではあるが、そうではない。

 今まで感じたことのない安心感が、心の中に沸き起こった。


「嫌な感じじゃない。なんだろ、これ……」


 誰かに見られている感覚、でも敵意は感じない。

 どちらかと言えば、見守ってくれているような感覚。


 まるで今はかくれんぼの最中で母親がわざと見つけられないように振る舞っているような、温かい視線。


「まだ見つけてくれないのかなぁ。お母さん……が、探しに来てくれたのかな。リッツもそこに参加してて、それが終わって。……でも、この感じは」


 あの二人じゃない気がする。父でもないと分かる。

 そういえば、こんなに暖かい目を向けられたことは人生で一度もないかもしれない。


 カサッ…カサッ…


 遠くで麦をかき分ける音がする。

 今まではあんなに怖かったのに、何故か怖いと思わなかった。

 だって、ずっと見てくれていた誰かに間違いないのだから。


 カサカサッ……カサッ……


 確実に自分の方へ歩いて来る。

 そして。


「なぁ、ユーリ。本当にこっちなのか?」


 知らない男の声が聞こえ、両肩が跳ね上がった。

 それに、多分違う。


「うん。ずっと居たよ。何をしているんだろ、って思ってた。でも、ラッキーだね。父さん。」


 今度は子供の声。

 少女はこの子だ‼と確信した。

 どれくらい前だったかは分からないけれど、しかもどこからかは分からないけれど、見てくれていたのはこの声の主だ、と。


「参加するだけで税率を下げてくれて、見つけたら欲しいものを何でもくれる、だったか?」


 エリザベスの心を現すように、雲がとぎれて月の明かりが周囲を照らした。


「ほら、居た。かくれんぼが上手なお嬢さん」


 月光を思わせる金色の髪、とても痩せていて、父親に抱えられてはいるが、愛らしくそして綺麗な瞳をした少女。


 この子が私を見てくれていた……


「驚いた。本当にいたのか。」

「立てる?君のお父さんとお母さん……それと怖いお姉さんが君を待っているよ。そしてぼくは欲しいものが貰える‼」

「それじゃあ、お父さんが欲しいものは——」

「何言ってんの。麦だよ、麦。都会にも麦畑があるって言ってたじゃん」


 見た目で領民だと分かった。

 そして、父が捜索をしていたことも今の会話で気付けた。

 だから、あの子も報酬目的で探してくれた?


 いや、絶対に違う。

 きっと、それがなくても見つけてくれた、と何故か分かる。

 だから、少女はユーリに話しかけた。


「見つけて有難う。……貴女あなたの名前を教えてくれない?」

「父さん、名前だって。」

「いや、どう見てもお前を見ているだろ。ほら、自己紹介は大事だぞ。」


 そんな親子の会話をした後、不思議な目をした少女は口をへの字に曲げて、こう言った。

 

「ユーリだよ。ただのユーリ。二度と会うことはないと思うから、覚えなくていいよ。それより早く帰ってやれよ。」


 言葉遣い悪っ‼と思ったが、平民はそんなものだと聞いたことがあった。

 偏見だと思っていたが、女の子もこんな喋り方をするらしい。


「うん。ありがと、ユーリ。ちゃんと覚えておく。今度、一緒にお茶を飲みましょう!女の子同士、仲良くなりたいな」

「は⁉……何言ってんだよ。お貴族様とぼくたちは済んでる世界が違うんだよ。ってか、そんなに喋れるんだったら、早く帰れ。」

「おい、ユーリ。このお嬢さんが誰か分かっているのか。」

「父さんも急ぐんだよ。明日も早いって忘れたのかよ。さっさと連れ帰って、報酬の約束をするんだぞ」


 少女は顔を真っ赤にして、捲し立てた。

 彼女はそれから、二度と振り返ることはなかった。


 帰る途中で、ここは兵士が駐屯する砦から、そんなに離れていないと知った。

 朝まで待っていたら、間違いなく自分で帰ることが出来ただろう。

 命の恩人は言い過ぎかもしれない。

 でも、ユーリという少女がエリザベスの中で特別になったのは間違いない。


 そして、あの瞳。


     ◇


「あの瞳はおそらく魔眼。……その時はそう思ったんだけど。あの子は魔力を持っていなかったの。済んでる世界が違う……か。どうにかお友達になれないかなぁ……。女友達で集まってお茶をするのが、私のささやかな夢なの」


 思い出を振り返る少女を、半眼で見つめる女。

 キャサリンはユーリが男だと知っている。

 というか、モスバレーで大変なことが起きていると報告が入ったときに教会関係の資料を搔き集めたのがキャサリン・アインシュタインだった。


 一緒に書類を見たのも、色々と打ち合わせをしていたのも彼女だ。


 そんな中エリーはユーリの事となると頭が回らなくなるのか、男という資料は空目し、家族構成を説明した時も空耳をしていたらしい。


 でも、嬉しそうな主人に水を差すことは出来ず、彼女は肩を竦めてこう言った。


「女友達っすか。うん、良いと思うっす。どうにか考えてみるっすよ」



 因みに、運の悪い子爵ルモンドは減税分を穴埋めさせられ、更には転封処分を食らっている。

 騎士団全員も、モスバレーの領民の税金分を銀で支払わされた。

 挙句の果てに、即座にエリザベスを救出した農奴、ジョージ一家に畑を物色されて、思い切り貶された。

 ユーリが教区を出たのはこの時であり、騎士団のあの無気力なゴブリン討伐もこの事件で残った遺恨が原因だった。

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