第12話 とあるお嬢様が迷子になった日

 エリザベス・フォーナーは箱入り娘である。

 今日もヴァイス城の塔にある部屋から城塞都市を見下ろしている。


「お嬢様。落ち着きがない様子ですが、何を企んでいらっしゃるのですか?」


 黒髪に黒い侍女服の女。

 リッツ・ベルモンドは領主の侍女だが、エリザベスの監視役でもある。

 ライムギ家は百年以上前は市民階級だったが、騎士位を手にしてすぐに息子を出家させて、教会に従事させることでのし上がってきた貴族である。


 彼女は領主の侍女で、兄は騎士団の副団長、そして二人の親戚にベルモンド司祭がいる。

 ベルモンド家はフォーナー家から土地を借り入れる形ではあるが、自領も同然の土地を所有している。

 ここ百年で成長著しい貴族である。


「企んでなどいませんよ。ただ、ここが窮屈と思っただけです。」

「あのような勝手をなさるからですよ。とはいえ、フォルス家の失脚は我が家としては有難い限りですが。」


 結果的に教会を立てて、騎士団長であるフォルス子爵の私財を輩出させた。

 副団長であるゼフィールは、騎士は上官の命令に従うもの、とありそうな理由を並べて責任から逃れている。


 ただ、彼らの家の者が司祭になってから、色々ときな臭い。


 コンコン


「キャサリンです」

「キャシー!どうぞ、入ってくださいまし」

「はい。それでは失礼します。おや、リッツ先輩もおられたのですね」

「領主様の言いつけよ。それで貴女は何をしに来たのかしら。」

「いやいやー。顔が怖いですよ、先輩。私はエリザベス様の侍女じゃないですか。それとも先輩は領主様の侍女より、エリザベス様の侍女の方が良いと思ってたり?」

「それは……」

「エリザベス様ぁぁ。今日も五品、お見合い用の肖像画と一緒に送られてきましたよー。どうします?」


 青い髪に濃紺のメイド服の女は先輩を通りすぎて、仕える主人の下に行った。

 その行為を白い眼で睨むが、それ以上は何も言わず、リッツは頭を下げて退出した。


「はい。遠くからは北方連合当主の息子。近場ですとウォーカー家の息子。王族のお爺ちゃんに、豪商のおじさん。どれもある意味で良物件ですよ。」

「またお見合い?私にはまだ考えられないのだけど。キャシーの方が……、え?」


 キャサリン・アインシュタインは他領の貴族である。

 理由は分からないが、突然送り付けられてきた由緒正しい家柄のご息女。

 そんな彼女が肖像画の枠を外し始めた。


「これって……、私が気にしていたこと?」

「はいっす!良物件だと思いますよ。どこも子に恵まれず、それにここからそう遠くない小作農です。」


 彼女はやけに協力的だった。それはアインシュタイン家の考えだろけれど。


「因みに、本当の良物件はフォートン君なんですけどぉ……」

「……自分の弟を良物件だなんて。」

「血は繋がってないっすけどね。教会さえ許してくれたら、私が貰っちゃいたいなって」

「一回りも年下なのに?まぁ、それはそれとして、ここが良いわ。ここから一番近いところがいい‼」


 その言葉でキャサリンは全ての肖像画を回収した。肖像画そのものは本物だろうに、適当に積み重ねて、その上に布を被せる。

 そして、そこに両腕を乗せて、エリザベス専属の侍女は肩眉を上げた。


「どうしてそこまで拘るんすか?あの子たちは平民ですよぉ」

「それは……、友達になりたいから」


 青い髪の女はよいしょ、と絵画を持って立ち上がった。


「確かにそうっすね。お嬢様にはご友人が必要です。ま、女友達に限られますけど、ね」

「それは分かってる。それに女の子だからそこは既にクリアしているわよ」


     ◇


 今からどれくらい前だろうか。

 エリザベスが三歳になってしばらくした後だから、四年から五年前の出来事。


 彼女は当時から軟禁に近い状態にあった。


 それは彼女が生まれ持った魔力の才能を有していたからだ。

 生まれて間もない彼女に、何人もの貴族が結婚を申し込んだことは、諸侯たちの中では有名な話だった。


「パパ、ママ、今日も一緒に居たい」


 本来活発な彼女は部屋の中で侍女たちとお遊戯をするのが嫌いだった。

 だから彼女の居場所はいつも両親の間になった。

 両親と一緒に居たら、部屋に閉じ篭らなくて良い。

 領内で一番偉い人たちの周りだから、一番強い騎士が勢ぞろいしている。

 そこだったら、二人にも怒られなかった。

 知らない衛兵たちにも囲まれるが、退屈な部屋にいるよりはマシ。

 

「パパ、ママ‼私、お外を散歩したい‼」


 ただ、その生活に慣れてしまうと、次を欲してしまう。

 本来、子供というのは好奇心旺盛なものだ。

 でも、両親は首を横に振る。


「駄目よ、エリー。今日は大切なお話があるの。エリーも良い経験だから同席しなさい。」

「あぁ。今日は教皇庁からの使者が来る。国の運営について話し合うから、お前も一緒にいるとよい」


 少しずつ彼女の周りが変わり始めていた。

 いつのまにか箱入り娘ならぬ、挟まれ娘に自分がなっていたことに気が付いた。


「可愛らしいお嬢さんですね。」

「はい。自慢の娘です。放浪の旅とやらに出た息子とは大違いでしてね。」

「あぁ、噂の彼ですか。それで……」


 兄の話は聞いていた。兄は自由に生きているらしい。生きているか死んでいるかも分からない。

 そのせいで、自分は箱入りになってしまった。

 侍女たちに聞いた話だけど、実際に箱入りなんだからそれが正しいに決まっている。


「——これをお持ちしました。最新式の魔法具です」


 貴族は未だに魔力に拘っている

 時代は安寧期に突入し、魔法を使う機会なんて殆どなくなった。

 確かに武力衝突になれば、魔力が高い方が有利に戦える。

 それで領地を拡大する、なんてのもありだろう。

 でも、魔法を使わなくともお金は動かせる。魔法には金を生み出す力はないのに。


「先ずは私めが使って見せましょう。簡単な仕組みです。この液体に注目してください。」

「待て。リッツ‼」

「は‼お嬢様、失礼します。ブラウン、ボンブも主をお守りしろ」


 魔法具とは怖いモノ、そう教わっていたから、特に何も思わなかった。


「いやはや。疑われたものですね。……まぁ、仕方ありませんか。では、少し離れたところでご覧ください。」


 そこで三歳半の少女は初めて魔力の光を目の当たりにした。


「なるほど。これは分かりやすいな。リッツ……」

「は。……青色の光。水との親和性が高いと直感的に考えて宜しいのでしょうか。」

「その通りでございます。」


 まるで毒見でもするように、何人かの人間がソレに触っていく。

 そしてついに王妃、王と来て、やっと彼女の番が回ってくる。

 そもそも、この為に用意させたものだった。


「……わぁ、キレイ。これすごいね。小さな虹が出来たみたい!これはそういうおもちゃ、かな」

「す、す、素晴らしい。これは教皇庁でも見たことがありません。今すぐ、帰らせて頂いても宜しいですか?」

「あの、これ。おもちゃ……」

「差し上げますとも。あぁ、これはとんでもないことになった……」


 ガチャっと扉を開けて出ていく教会の偉い人。

 少女には新たな鍵が開いた音のように聞こえた。

 そして、それはその通りで、これからこの魔法具を来客があるたびに触るようになった。


 ——そんなある日


「パパ、ママ‼私、今日はとてもいいお天気だよ。お外を散歩したい‼」


 少女の扱いは少しずつ変わっていった。

 散歩も時には許されるようになった。勿論、王と王妃、そして護衛が付きっ切りではあるが。

 

 ただ、その日は違った。

 あの時のように、両親は首を横に振ったのだ。


「今日は駄目よ、エリー。今日は本当に大切なお話があるの。」

「ついに王族が使いを寄越すらしい。お前も最初は同席しなさい。その後はお散歩に行って良いぞ。子供には難しい話になるだろうからね。」


 しかも、今日の散歩は王と王妃の同伴はないらしい。

 この辺は父親の領地だし、護衛の人もいるだろうから、エリザベスは素直に喜んだ。


 そして、彼女は家来を引き連れて、城を出ていった。

 勿論、王の使いの目を丸くさせた後で。


「じゃ。行ってくるね!」

「気をつけてな。リッツ……」

「いえ。私は同席するように言われております。」

「そうだったな。では、ルモンド子爵——」


 時間帯はまだ昼前、この後の会議がそんなに長くなるとは思わなかった父と母は、適当に見繕った家臣を娘につけた。


 本当に大切な話をしなければならないから、父親はついミスを犯してしまった。


「みんな遅いよ―‼私だけで行っちゃってもいいのかなー?」


 教会の話、家庭教師の話は何だったのか。

 血統では説明が付かない、彼女の魔力は初めてあの魔法具に触れた時点で、あそこに居る全ての貴族を凌駕するモノだった。


 それが故に、父と母は大切な話をしているのだが。


 そんな化け物の体力を見誤ってしまった。

 子供の足で行ける範囲なんて限られている。だから大人が同行すれば問題ない。

 その考えが甘かった。彼女に並ぶ者はあそこにいなかったから、想像することさえ出来なかった。


「あれ?ここって何処?城門は……、どっちだっけ?」


 城の一番高い所からいつも見ていた城壁の外の世界。

 一年に一度か二度、黄金の絨毯が敷かれる美しい絵画の世界。

 彼女はそこに行ってみたかった。しかも、今は黄金の絨毯が広がっている。


「あっちから来て、こっちに足跡があって……」


 パンくずを置き忘れた魔法少女は、夕暮れ近くになって迷子になったと知った。


「あの木はさっき見たような。もしかして同じところを回ってる?」


 上から見た時は、迷うなんて思わなかった。

 でも、逢魔時おうまがときになれば、見るもの全てが色を変える。

 そして小さな体で乗り出した農村風景は、どこを見渡しても同じに見えた。


「城壁が見えない。お城が見えない。」


 明るいうちはハッキリ見えた城壁と城の塔が、曇ってきたせいか、暗くなったせいか、どこを探しても見当たらない。


 それに黄金の麦穂も彼女の視界を遮っていた。


「……どうしよう。私、迷子になっちゃった」

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