第11話 行先は城塞都市
マーガレットは青ざめ、膝から崩れ落ち、ユーリは悔しさで奥歯を噛み締めた。
そして、そんなことならあのまま燃やした方が良かったと後悔した。
「マーガレットさんは真面目に教義を学んでいましたから、理解して頂けますよね?」
教会職員、複数人に取り囲まれて、大量のパンとチーズを持たされた。
そしてモスバレー地区から外の道が書かれた地図もそのバスケットに入れられていた。
「ずっとこのまま……、なんですか?だってもう……」
「エリザベス様のはからいで、仮設の住居の設立が決まりました。それに騎士団の精鋭が畑を手伝いに来てくださるようです。」
今度こそ鶴の一声で村の再建が始まるようだ。
不満を抱える者も少なくないが、教会は暫くの居住と食料を、貴族は資材と人材を提供することで、三者が負担を背負うことになった。
中身を見れば、決してバランスは良くないが、これがいわゆる落としどころなのだろう。
「今までのようではありませんが、モスバレーの復興の目途が立ちました。信者の方々も少しずつ前を向き始めており……。その……申し上げにくいんですが、お二人の姿を彼らが見ると……」
「でも……、みんな……」
「気を使っているのです。それにお二人を見ると、こちらも気が滅入ってしまうんです。あの惨劇を思い出す人達がいる。賢いメグちゃんなら、理解できるよね?」
ほとぼりが冷めたら、二人でお墓を掘ろうと言っていた。
でも、ここにいたら惨劇を思い出すから、居て欲しくないという。
「一応、他の教区にも特別な対応をするように言っている。路頭に迷うことは無い筈だ。勿論、道中は気を付けろよ。今は丁度朝日が昇ったところだから、直ぐに出ると良い」
悪く言えば、目障りだから、早く出て行って欲しいと思われている。
「はぁ……。とりあえず地図くらい目を通したらどうなの?あ、そうか。文字が読めないんだっけ。メグちゃん、素行の悪いお兄ちゃんの為に地図を読み聞かせてあげなさい。全く……、どうしてあの子は……」
「では、早急に頼むよ」
そして教会関係者は帰っていった。
一度振り返り、顎で出ていくように促されもした。
「……行こっか、お兄ちゃん。お兄ちゃんって……、結構嫌われているんだね。」
「それは……、まぁ」
「パパ、ママ、みんな……。ゴメンなさい。私たち、この村に居られないみたいなの。でも心配しないで。私がお兄ちゃんを守るから……。それじゃ」
マーガレットはバスケットから地図を抜き取って、歩き始めた。
教会でちゃんと勉強をして、文字の読み書きも出来る五歳児の方が、読み書きできない兄よりも逞しく見えるし、実際に働くにしても重宝されそうだ。
身長だって、ほとんど変わらない。
「いや、力仕事なら……、……ゴメン、なんでもない」
「大丈夫。私はお兄ちゃんがいなかったら生まれてなかった。……そのせいでいっぱい死んじゃったんだけどね。でも、もう考えない。みんなが繋いでくれた命だもん。」
目の前の命が失われることが嫌だったのか、それとも自分が食べられないのが嫌だったのか。
今はもう分からない。
けど、妹の言う通りだった。
朽ちるのを待つだけの家族たちも、未来の子供たちを思って手伝ってくれていたのだ。
ただ、力仕事は父と母、トーマスがやっていたから、ユーリには腕力もない。
一般的な八歳児であれば、住み込みで働くくらい出来そうな世の中なのに。
「……って、お兄ちゃん。これ‼メジナさんがイライラしていたのはこれのせいね。ね、これってどういう意味?」
妹が地図を見せるも、地図だということしか分からないユーリ。
それにイラついたようで、妹は半眼で兄を睨みつけた。
「あー、もう。読めないのか。これ、あのお姫様の伝言よ。城塞都市に向かって欲しいって。しかもこの地図って城塞都市に行くための地図じゃん。……お兄ちゃん、あのお姫様と何があったの?メグ、すっごく気になるんだけど‼」
「城塞都市……?いや、ぼくは全然知らないんだけど。あの時だって、一方的な魔力の違いを見せられただけで、会話をしたのだって昨日が初めてだし。」
「そう?……まぁ、いいけど。そこに行ったら仕事の斡旋をしてくれるみたいだし」
「あの……、大都会か。本当に受け入れられるのかな……」
「それはそうよ。これ、お兄ちゃんの特許状。私の名前もついでに載ってる。おまけって感じで。」
領主の娘だから、お姫様ではないのだけれど、フォーナー領に居る限りはお姫様と同じようなものだ。
それにマーガレットの話だと、この特許状はフォーナー領内に限られるというものだった。
確かに領主の権限が他領に及ぶとは考えにくい。
あの憧れの騎士、ウォーカー伯領には行けない。
あんなふうになれたら、なんて柄にもなく思ってしまうのだが。
「食べ物はよし、道も分かりそう。それじゃ、いこ!私たちの
◇
マーガレットは五歳児だ。
でも、色んなことがありすぎて、無理やり心を成長させた。もしくはそうならなければ、耐えられなかったのか。
彼女が生まれる前に農業改革を始めて、直ぐに軌道に乗ったから、亡き母は十分な栄養を取ることができ、健康な女の子を生んだ。
一方で長男のユーリは劣悪な環境で運良く生まれた子供で、もともと体が小さい。
妹は栄養たっぷりの母の母乳で育ったが、兄は山羊か羊のミルクを薄めたもので育った。
その後の食生活も雲泥の差であった。
何より、兄は妹と弟、そして父と母の為に自分は小食だと嘘を吐いていた。
……嘘っていうより、あんまり食べる気がしなかったんだっけ
「痛い痛い痛い痛い‼メグ‼これ、どうしてもやらなきゃ駄目?」
「ダーメ。もっと丁寧に扱ってたら、売れそうだったのに、お母さんがもったいないって言ってたんだから‼」
「抜ける‼禿げる‼だったら、このままで良いじゃん‼」
だから二人の身長は同じくらいだ。
力ももしかしたら、妹のマーガレットの方が強い。
ただ、その薄弱な兄が持っている素材はなかなかのものだ。
「駄目よ。その髪型だと女の子みたいだもん。女の子二人はなんか危険な気がするし。……それにどうして私より可愛いの」
「え、なんて?」
「なんでもない‼」
「痛っ!やっぱり錆びた鎌じゃ無理だって。耳がなくなっちゃいそうだよ」
「これなら危なくないって言ったの、お兄ちゃんじゃん」
「それはそういう意味じゃない……って。しっかり火を通したから、ばい菌はいないって意味で」
因みにこの潔癖も、彼を小食にした理由でもあった。
両親に苦労をかけた理由でもあった。
「これで可愛い女の子は脱出……、うーん。それはそれで可愛いような」
「どっちみち外套を被っとけば、分からないって。日が落ちないように早めに移動をしよう」
「うん!」
ただ、馬に揺られて三日も掛かる。
騎士団の馬は特別製なのか、数時間でモスバレーに着いたらしい。
天馬を見てしまった手前、在り得ない程速く走れる馬だとしても不思議ではない。
ガサッ
あの時のように民家は利用できないから、二人の外套を使った即席のテントで寝る。
流石に兄妹だけあって、ピッタリとくっついて眠っているから、マーガレットが動いただけで、兄も目を覚ます。
「大丈夫。ただの栗鼠だ。でも、火が消えそうだからもう少し薪を足しておこう」
「……うん。そうだね」
何故かこういう時は頼りになる、と少女は思った。
それに焚火の明かりで照らされた兄は、息を呑むほどに美しい。
その秘密は彼の瞳にある。
言ってみれば虹彩の先天的異常だが、エメラルド色の虹彩に、涙滴型の欠損が綺麗に並んでいて、光の加減でそこがキラめいて見える。
少女に兄のような前世の記憶があれば、アニメで出てきそうなキラキラ目‼と思っただろう。
ただ、残念なことに兄ユーリは鏡で自分の顔を見たことがない。
見たとしても、水面に移った顔くらいだろう。
「仕事の斡旋か……、あの街に仕事なんてあるのかな……」
妖艶な美女のような長いまつ毛が、兄の瞳の半分を隠す。
明日を心配し、途方に暮れているのだろう、けれど——
「それは心配していないよ。お兄ちゃんなら、大丈夫」
「へ……?いや、メグは読み書きも出来るし、教会からの覚えも悪くないし、かわいいから、重宝されると思うけど。」
「かわいくない‼お兄ちゃんにだけは言われたくない……」
その言葉に兄の瞳は剥き出しになった。
口が間抜けに空いて、可愛い顔が台無しになってしまった。
「え……、ゴメン。気持ち悪かったよね、ぼく」
「違う‼そういう意味じゃないんだから……。っていうか、忘れたの?ここしばらく、ずっと凶作が続いていたって話。城塞都市の畑も多分同じだと思う。だから……」
「平均気温が低いんだっけ。ま、原因がファンタジーすぎてぼくには理解不能だけど。」
「ふぁんたじぃ?」
「いや、何でもない。ぼくって本当に勉強していないから。よく分からないんだけど、アレのせい……だと思う。」
「アレ?お星さまのせい?よく見えない……かな。ほら、お兄ちゃんって凄く目が良いよね。だからお兄ちゃんには見えるんだろうけど」
前世はド近眼だったから、眼鏡要らずの異世界生活が輝いて見えたし、それは今もそう思う。
視力2.0って、多分これくらいは見えるのだろう。
いやいや、遠くを見る必要がある民族は、もっと目が良いと聞いたこともある。
だから兄は、間違いないなと見当違いな考えで頷いた。
「あ、もう朝が来るよ。そろそろ行こっか!」
「あぁ。今日こそ辿り着こう城塞都市ヴァイスに。今度は田舎者と思われないように堂々と行こう」
「え……、そういえば。私たち、この服しか持ってない‼とりあえず洗わなきゃ……」
ということで結局もう一日費やすことになったが、罪人の子供という汚名を着た兄妹は無事にヴァイスの城門に到着した。
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