第9話 悪いのは誰?
ウォーカー天馬部隊はあっという間に帰っていった。
今回は天馬の登場はここへの往復に使っただけで、殆ど地上戦だったから、彼らの本当の戦い方を見ることが出来なかった。
ただ、モスバレー地区はそれどころではない混乱が起きていた。
「全部の家を燃やしちゃうの?」
「あのちっちゃくてすばしっこい魔物の駆除はああするのが正しいって……」
五歳児とは思えない程の力がユーリの手を圧し潰す。
マーガレットはあの部屋に閉じこもっていた。ユーリの言いつけ通り、パニックルームに篭っていた。
でも、あんな魔物がこの世界にいるとは思っていなかった。
多少の知恵、ある程度の器用さ、そして平民の力を優に超える力と鋭い牙と爪。
記憶には雑魚モンスターと描かれる魔物が、これほど怖い存在だったとは。
「ゴメンな。ぼくが勉強不足で……」
「お兄ちゃんのせいじゃないもん……。私、知ってるもん。私が元気に生まれるように、お兄ちゃんが頑張ったって、お母さんから何度も聞いた。」
目が覚めてから、彼女はずっと震えている。
トーマスと母が追い払おうとした、その断末魔の叫びを聞いている筈だ。
それで彼女は気を失っていたと言った。
でも、もしかしたら父親が自分を庇ったところを見ていたかもしれない。
弟のジョナサンが切り裂かれていたところを見たかもしれない。
「……それは運が良かっただけだよ」
どうしても、その時の状況を想像してしまう。
パニックルームにゴブリンは既に入り込んでおり、ジョナサンが最初に狙われた。
父が入った時にジョナサンが既に死んでいたと、直感で知っていた。
そして、マーガレットに手が伸びる直前で、父ジョージが飛び込んだ。
どう考えても、彼女はそのどちらかを見ている筈だ。
でも、どうやって慰めたらいいのか分からない。
自分だって、いっぱいいっぱいなのに。
「私たち……、どうなっちゃうんだろう」
「……教会の世話になるしかない、かな。ぼく達まだ子供だし」
孤児となってしまった以上、この世界のセーフティネットである教会に頼るしかない。
だが、この世界はどこまでもユーリを追い詰めたいらしい。
父と母、そして兄弟と友を失った彼らにどんな恨みがあるのか、と思ってしまう事態が起きてしまう。
「二人とも、移動だ。騎士団長から村人全員に話がある」
役に立ったところを一度も見ていないフォーナー兵が、冷たい眼差しでそう言った。
「ほら。さっさと立て。全員を連れてこないと俺達ぁ帰れねぇんだよ」
憔悴しきった子供に言うセリフか、とブチ切れそうになった。
ただ、妹にその気持ちが伝わったのか、彼女は兄の腕を掴んで必死に首を横に振った。
「分かった。マーガレット、おんぶしようか?」
「ううん。大丈夫。一人で歩ける……よ」
「分かったんならさっさと乗れ‼お前たちの足じゃ日が暮れちまうよ」
ずっと俯いていたから気付けなかったが、目の前に幌無しの荷馬車が停まっていた。
誰も乗っていない大きな荷馬車だ。
まるで、自分たちを運ぶ為に用意されたような気がして不気味だった。
——そして、その直感は間違いではなかったのだけれど。
夕暮れ時。
生き残った村民はあの砦の前に集められていた。
そして、即席で用意された台座の上に、あの時一番偉そうで口が悪かった鎧のオジサンが立っていた。
「モスバレーの農民はこれで全部か。ワシは騎士団長、モールス・フォルスだ。皆、よくぞ生き残ってくれた。そして、その命は我ら騎士団があってのことだ。それを胸に深く刻むように‼」
モールス・フォルスと名乗った男は最初から悪者全開だった。
「何を偉そうに言ってるんだ‼俺達の村を返せ‼」
「私の娘を返してよ‼」
「そもそも警備はどうなってんだよ」
だから、村人がヤジを飛ばし始める。
ユーリの一家だけ死人が出たわけではないし、ウォーカーの軍隊が来ていなかったら、もっと被害が出ていただろう。
それもあって、自領の兵士に対して不満が爆発する。
だが、彼はこう言う。しかも、ギラつく槍を部下に構えさせて。
「今は安寧期。だからこそ、これは想定外の事態。その中で我らは即座に行動に移った。これは正しく、感謝されるべき行動である。」
ここでもまた安寧期。
「メグは安寧期って言葉知ってた?」
「うん。教会で習った。今が一番平和な時……って、全然信じられないけど」
妹は知っていた。知らなかった、というより頭に入っていなかったのは彼女の兄だけだろう。
「ん、あいつは……」
怪訝な顔で騎士団長の話を聞く群衆の前をすり抜けていった男。
水をぶっかけた男、砦に居た騎士団長の部下の男。
彼が団長モールスに近づき、耳打ちをした。
すると団長は頷き、優男は姿を消した。
そしてついに動き出す……
「犠牲者が出たこと、本当に悔やまれる。安寧期だから、皆は勿論正しい行動をしていた。そして我々もまた正しく動いた。であれば誰が悪いのか……」
ザワザワと村人が喋り出した。
「司祭様が何故ここに?」「今まで何処にいらっしゃったの?」「お母さん、あの人が司祭様なの?」「司祭様、私たち家族をお助け下さい」
皆、考えることは同じだったらしい。
家を焼かれ、畑を踏み荒らされ、家族を殺された、この村はもう終わりだ。
この時代のセーフティネットだし、皆は信者だから税も納めている。
勿論、ユーリの両親も税を納めていた。
「あれが司祭様?」
「お兄ちゃん、本当に教会が嫌いだったんだね……」
妹も呆れるほど、教会のことが頭に入っていない。
だけど、ユーリも働いていたようなものだ。
増えた収穫の一部は教会にも税として入っているのだから、教会に頼ればしばらくは食べていける。
「司祭のライムギ・ベルモンドです。この度は誠に悲しい出来事が起きてしまいました。先ずは犠牲になってしまわれた方々を想って祈りましょう。」
神は救ってはくれなかった。でも、これからのことは彼に掛かっている。
皆もそう思っているのか、瞑目して祈り始めた。
失った家族を想い、これからの未来を憂い、明日の食べ物を心配し、越冬の恐怖に震える。
考えることは皆、同じ。
だから、彼は今後の話をしてくれるものだと思っていた。
ただ、彼はそんなことを言うために壇上に立ったわけではなかった。
「私は騎士団長様に尋ねられました。どうして安寧期なのに、このような事態になってしまったのかと……」
また同じ話。ただ、ここで初めて知った騎士団長よりも、毎週顔を合わせる彼の方が、当たり前だが信頼されている。
だから、皆も今度は聞く耳を持った。
そこで紡がれたのは——
「私共は実際に救出活動の手伝いをしました。数名の教会職員は命を賭して、現場を駆け回りました。」
彼らもゴブリン襲撃を目の当たりにし、信者を助ける為に動いていたという、自己弁護。
ただ、これもまた村人の何割かは頷き、真剣に聞いていた。
つまりそれは事実だったのだろう。
だが、ここからだった。
「過去の資料、聖典の教訓、そして現場からの報告を受けて、一つの事実が浮かび上がりました。これまでとは違った事柄が、数年にわたって続いていたのです。」
ユーリは目を剥き、咄嗟に周囲を見渡した。
すると、何人もの村人と目が合ってしまう。
「皆さん。落ち着いてください。大人の皆さん、思い出してください。今まで越冬する時、家畜はどのようにしていましたか?」
膝が震える。
「お兄ちゃん……、大丈夫?」
「……大丈夫、か分からない。でも、それって」
中世のヨーロッパと同じだ。
寒冷化が問題になった当時、家畜に与えるエサが足りないから、越冬の準備として殆どの家畜を食べていたと言われている。
そして、この村でもそれは同じだった。
だけど——
「寒冷化の影響で殆どの畑は不作続き。でも、一部の畑は豊作が続いていました。それは素直に喜ぶべきことでしょう。そしてその余剰分は家畜を冬でも生き永らえさせました。実際、ここ五年間で牛、馬、羊、豚の数は増え続けていました。」
農業改革は畜産改革とも通じている。家畜は農耕作業に欠かせない。そして食べることも出来る。
今までだって増やせるものなら増やしたかったはずだ。
けれど、長年の不作によりそれが出来ずにいた。
「魔物も越冬の準備をしていたのでしょう。そして彼奴等はこの村を見つけてしまったのです。そして、今回最初に狙われたのは……、ジョージ夫妻が受け持つ牧場でした。記録によればジェラ様が夫妻と通じていた、とか。彼らも食べたいという気持ちを押さえられなかったでしょう。それが罪とはいいません。……ですが、魔物を引きたのも事実なのです。」
ユーリは膝から崩れ落ちた。マーガレットにはピンと来ていないが、兄と関わる何かと気付き、一緒に寄り添っている。
だが、兄には妹を気にする余裕はなかった。
司祭の言い分が正しければ、いやこの世界を知らないのに、鳴り物入りで少し先の技術を伝えたようなもの。
風習を無視した開発で、獣害や天災に遭う典型。
つまりユーリが自分の両親、マーガレットの家族を殺したようなものだ。
だが、これで終わりではなかった。
「ベルモンド司祭、有難うございます。神に仕える身として、信者を調べるのに苦心されたでしょう。後は私共が引き継ぎます。ゼフィール。アレに意識は?」
「一応あります。見つけた時は死にかけていましたが、どうにか蘇生させましたよ。」
ユーリはへたり込みながらも顔を上げた。
そこには彼の育ての祖母ジェラがいた。
彼女は兵士に無理やり引き摺られ、壇上に用意された椅子に座らされていた。
「この女は領主様に盾突いていました。もしかすると、もしかするかもしれません。」
「して、領主様はなんと?」
「全てを任せると……」
「なるほど。それなら簡単な話だな。連座制で処刑すればよい。ベルモンド司祭、お手数ですが、領主に盾突くジェラと、先ほどのジョージ夫妻の家族を教えては頂けませんかね?」
連座、という言葉を聞いた時には体が勝手に動いていた。
マーガレットの腕を掴み、へたり込んだ足も無理やり動かす。
だが。
「おっとぉ。君、君ぃ‼覚えているよ。分かりやすい動き感謝する。その二人を連れていけ。」
ゼフィールという男に阻まれた。
そして、司祭から家族の名前が暴露される。
この五年の間にジェラ、トーマス、ジョージ、バーバラは同じ組に所属するようになっていた。
そして、ユーリ、マーガレット、ジョナサンの名も明かされた。
「違う‼妹は関係ない‼マーガレットは何も知らなかったんだ。だから……」
「だからとかは要らないんだよ。それが連座制。君、この婆さんと仲が良かったみたいだから信用ならないんだよねぇ‼」
村民、全員の視線が集まる。
勿論、嫌悪の目だ。あれだけ皆にも食糧を分けていたのに、あんなに感謝していたのに、その気持ちはどこへやら。
やり場のない怒りの的を、石を投げつける相手を探し、やっと獲物を見つけたという表情だった。
「お兄ちゃん……、私、悪い子だったの?パパもママも……悪い子だったの?」
「違う。アレは全て、みんなを食べさせる為にやったことだ。悪いことなんて一つもなかった。皆が健康に生きる為には食べ物が必要だったんだ‼」
「それを欲深いと言うのです‼自分達だけ貪るなど、言語道断。それに貴方の素行の悪さは聞いていますよ、ユーリ君」
何が良いのか、悪いのか、どうでも良くなった。
でも、少年は父親に託されたのだ。だから。
「そうだよ‼ぼくは悪い子だ‼でも、妹は……妹は関係ないだろ?妹は……いい子だったろ?ぼくが二倍の苦しみを受ければいいんだろ?それで……」
「連座制を否定するのか、小僧」
大人たちに囲まれる。あの赤毛のヒーローは帰ってしまった。
どうして、こんなことになってしまったのか。
「ユーリ……、ユーリ……、あんたは……、世界は……」
「なんだい、婆さん。……あぁ、これはもう駄目なやつだな。頭がイカれてやがる」
だったらジェラのせい?いや、彼女は領地の法に則って、行動をしただけだ。
悪いのは全部、この世界の常識を壊した自分。
——本当に?
何かがおかしい。でも、その何かが分からない。
「団長ぅ。さっさと吊るしちまいやしょうぜ。あぁあ、日が落ちる前に帰れると思ったのに」
「あぁ。そうだなぁ。んじゃあ、さっき名前が挙がった連中を全員吊るしちまえ。」
どうにかして妹を逃がしたい。でも、メグは俺の腕にしがみ付いたまま、絶対に離れないという目を俺に向けている。
諦めたくない、でも道が見つからない。
日が沈めば、隙が生まれるかもしれない。自分を犠牲にして妹を逃がす。
でも、その後マーガレットは生きていけるのだろうか。
そう思うと、二人仲良く死んだ方が良い気がしてくる。
マーガレットは1mmも悪くないのに?
あぁ、もう遅いか。
これだけの大人を相手になんて出来ない。
魔法が使えたら良かったのに。
あの子みたいに才能があれば……
あの眩い光を俺も使えたなら、そう思った時。
砦が眩い光に包まれたような気がした。
そして。
「フォルス子爵、そこまでです‼……すみません。遅れてしまいました。」
——ヒロインは遅れてやってくるのだ。
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