第4話 魔法適性を調べる

「どうやら荷馬車は預かってくれるらしい。ここまで手配済みとは、流石ジェラ様。ユーリ、降りろ」


 ここで荷馬車とは一時、お別れになるらしい。


「風邪をひかなかったのは、確かにそうなんだけど……。お貴族様も風邪をひかないのかな?」


 だが、その理由は直ぐに分かった。

 風邪をひかない貴族、その根拠が城壁の中に入ると嫌でも理解できる。

 但し、それと魔法とが結びつかないのだが。

 城壁の外と中で全く違うことがある。


「ここ。異様なくらい清潔だ。都会で清掃もちゃんとしている……」


 城壁の中には石造りの街があった。

 西洋風の城下町だが、記憶にある中世のヨーロッパとはずいぶん違う。

 汚水の臭いが全くしない。ここだけ未来なんじゃないかとさえ思ってしまう。


「当たり前じゃ。これが魔法の力よ。ほら、さっさと行くぞい。フォーナー様も随分乗り気のようじゃったからの。専用の馬車まで用意してくださるらしい」


 馬車が待っている、と長老は言った。

 そして、この綺麗な街並みは魔法のお蔭とも。


「えええ?ジェラ様、それを早く言ってもらわないと。俺達がお貴族様の馬車に乗ったら泥まみれだ」

「この街並みは魔法で維持されている……?それじゃ、本当に……」


 すると本当に遠くから馬車がやって来た。

 とても豪奢な造りで、自分たちがアレに乗るとは思わない。


「全く。二人とも気が小さいねぇ。田舎者ってのがバレちまうよ」

「とっくにバレてるよ‼ってか、どうすんの?ぼく、作業服のまま来ちゃ——」


 だけど。ついに彼は神秘に触れることになる。


清水の魔法ボディウォッシュ


 ユーリの体は、一瞬だけ水に包まれていた。

 そして、付着していた砂や泥がそこに溶けだしていく。


「ぶわ‼な、なに、今の?ぼく、水の中に居た?」


 何が起きたか分からずに大人を見ると、二人ともずぶぬれだった。

 そして、間髪置かずに上から知らない男の声がした。

 思い返せば、先ほどの魔法も彼のモノだったが、初めて見る魔法に感動して、それどころではなかった。


「着替えは馬車の中に用意している。移動中に着替えるように。ジェラ殿はこちらへ。先に行って説明をしてください。」

「まままままま、魔法⁉今の魔法⁉ね、誰がやったの?もう一回やって‼」

「ユーリ‼迷惑をかけるな‼領主様がわざわざご用意してくださったのじゃぞ」

「痛っ‼グーで殴った‼グーで殴ったぁ‼」

「ジョージ。疾くせんか。お前の子供じゃろう」

「は!ユーリ、そういうのは後だ。早く着替えて馬車に乗るぞ」


 綺麗になった体に、清潔な綿のシャツを着る。

 こんなすべすべの生地は見たことがない、と思う自分。

 それに加えて、綿が伝わっているのか、と思う自分。

 魔法があったという感動と、魔法を知らない自分。

 六歳児の頭では処理できない事象が浮かんでは消えていく。

 だから。


「ついたぞ。ユーリ、大丈夫か?緊張しているんだな。でも、父さんが付いているぞ。お前に危険が及ぶことがあったら父さんが……」

「だ、大丈夫……だよ。それに……、弟のこともあるから何かあったら僕を見捨てていいから」


 父親が目を剥く中、少年は天を見上げた。


「よし。ぼくは魔法使いになる。その為に、今は——」

 


 城壁の中はとても清潔な街並みが広がっていた。

 ユーリの父たちが耕す広大な大地、モスバレーとまでは行かないが、城壁内にも畑が作られていた。

 ただ、それは本当に小さなもので、ここに住んでいる人の胃袋を満たすとは思えない。

 モスバレーで取れた小麦や肉、根菜類はここへ運ばれているのだろう。

 

「ぼくは魔力を持っているんだ。そして、それを示して領主様に……。ん?」


 天を見上げたその時。

 太陽の光を反射したせいか、眩しく輝く髪の女の子と目が合った。

 とっても可愛い女の子だったので、ユーリは数秒以上ガン見をしたところで、少女の姿は消えてしまった。


「誰……だろ」

「誰って、領主様の家の誰かだろ?かわいい子だったなぁ。って、そんなことをしている場合じゃない。ジェラ様は……、先に入っているのかな。ユーリ。俺の仕草を真似ろ。失礼のないようにな」

「父さん。ガチガチすぎ。右手と右足が同時に出てるよ。」


 半眼で父を嗜めて、少年は寧ろ堂々と歩き始めた。

 お化け屋敷と同じ理論で、自分より緊張している者を見るとかえって落ち着くものだ。

 そういう意味で父に感謝しつつ、彼は近衛兵か門兵か分からない二人に頭を下げた。


「モスバレーから来ました。ジョージとユーリです」

「話は聞いている。入れ。失礼のないようにな」


 自分の二倍くらいありそうな大人二人の間をすり抜けると、そこは既視感がありそうな大きな広間だった。

 車窓から見た城塞都市とは比べ物にならない豪奢な造り。

 ほんの時々行く、小さな教会で見た絵画とは比べ物にならない色彩豊かな絵画たち。


「お待ちしていました。モスバレーの農夫親子ですね。先にジェラさんが到着しておりますので、そちらへ案内いたします。」


 知らない女の人がそう言った。

 ……いやメイドだよ、メイド!リアルメイドだ‼という意味不明な心の叫びを無視して、ユーリはガチガチの父の手を握って、彼女についていく。

 その途中も煌びやかな調度品や、美しい女性の絵画、神か天使を象った彫像が出迎えてくれる。


 あの城壁の外と中で世界は仕切られて、この城と街との間にも大きな隔たりがある。

 生まれ故郷のモスバレー地区は皆、生きることで精一杯。


 笑顔で出迎えてくれる女神の彫像を睨みつけそうになる。いや、実際に睨んでいるかもしれない。


「なんか、同じ人間とは思え……、痛っ」

「すみません。こいつ、まだ小さくて。何を言っているのか分からないんです」

「そうですよね。おいくつですか?見たところ、三歳か四歳?」

「えっと、これでも六歳なんです。ガキはガキですけどね」


 父親が二の腕を力強くつまんで、言い訳を並べるが、振り向いた侍女は笑顔のままだった。


「八歳ですか。ユーリ君は頭の良い子なんですね。それに考え方が……」

「ったく!アタシらが生きるのに困ってるっていうのに、アンタらは贅沢三昧かい。顔も一切出さないし、それでも領主のつもりかい⁉」

「……あのお年寄りそっくりですね。確か、育ての親のようなもの、でしたっけ?」


 廊下にまで響き渡るお婆ちゃんの声。

 先に入っていると聞いていたが、まさか冷静になれと最初に言った本人が激昂していたとは。

 ただ、女はそれさえも気にせず、ジェラの罵声が飛ぶ部屋の扉をノックした。


「いやいや。七十を越えたとか。本当にお元気ですねぇ。」

「旦那様。例のお子様が到着しました。このまま通しますか?」

「あぁ。リッツか。客人を早く通してくれ。久しぶりの再会なのに説教をされてしまってね」


 そういえば、今年を合わせて二度、作物の納品に連れて行ってもらったことがある。

 その時、この中年男はいなかった。金髪の小太りの男が老婆を前に顔を顰めている。この男が変装して徴収場所にいたとしても、見分ける自信はある。


「この人が本当に領主……さま?ぼく、見たことないんだけど。」

「当然ですね。フォーナー伯自ら徴収などしませんので。ところでジェラさん。彼が噂の魔力を持つ子ですか?」


 値踏みをするような目は嫌な感じだった。

 本当に来て欲しいと思っていたのかと疑問に思ってしまう程の汚物を見るような目。

 でも、少年には強気な彼女が居る。


「そういう決まりであろう?村人に魔力を持つ者が現れた時は、領主に報告する、と。アンタの親父の親父の親父の時からの決まりだろう?」


 ここの領主は長子相続制らしい。

 ジェラが簡単に説明していたが、ユーリは直ぐに呑み込めた。

 そして、ジェラの話では勇敢なる騎士を彼らは欲しているという話だった。


「あぁ勿論、分かっている。リッツ、家内を呼んできてくれ。」

「は‼」


 この時点から嫌な予感はしていた。

 部屋の中には数名の近衛兵がいた。彼らはどうして待機しているのか。

 本当は反乱分子の排除が目的だった、と言われる方が納得できる。

 そして、数分もせずに侍女リッツは銀髪の女と子供を連れて戻ってきた。


「貴方、例のものを持ってきたわよ。エリー、アレをこちらに。」

「はい。お母様」


 連れてきた子には見覚えがあった。

 彼女はユーリが先ほど上を見た時に目が合った少女だった。


「え……、あの子?」

「エリーは後ろに下がりなさい。」

「は、はい。お母様……」


 今回も一瞬だけ目が合った気がした。

 ただ、直ぐに視線を逸らされて、部屋の隅に下がってしまった。

 そして彼女の母親は、薄い緑色の液体が入った薄気味悪い容器を、膝丈よりも低い机の上に置いた。


「イザベル、ありがとう。それでは君。この魔法具に両手を当ててみなさい」

「え……?両手?」

「そう。両手で包み込むように。これで君の魔力が分かる。」


 その言葉で、少女のことは頭から消し飛んだ。


 この展開は知っている‼これは間違いなく、魔法適性を調べるための器具。

 この中の液体がどのように変化するかで、自分に隠された道の能力が分かってしまう厨二病的なイベント‼


 魂からの訴えか、過去の記憶かは分からないが、脈拍と血圧が一気に上がる。


 自分で何を考えているのか分かっていないが、これはワクワクするイベントに違いない、と体が勝手に反応する。


「やってみるんだ、ユーリ」

「やってみせるんじゃ、ユーリよ」


 少年が目を向けると、父と長老もしっかりと頷いてくれた。

 二人とも自信に満ちた顔をしている。

 だったら、間違いないのだろう。


「うん……」


 ただ、もしも魔力があると分かったら、家族とは離れ離れになる。

 この城塞都市に残って、フォーナー家に使える騎士になるとも言われている。

 勿論、それはかなりの魔力を有していた場合だが、そうでなくとも城塞都市で新たな仕事を貰えるという話だ。


「魔法使いだったら……どうしよう」


 離れ離れになりたくない気持ちは大いにある。

 でも、騎士になって奉公すれば、土地を与えられるらしい。

 ある程度の自治権も与えられるから、知っている人くらいは助けられるかもしれない。

 そこまで行かなくとも、この街に住める。

 家族も呼べるかもしれない。仕送りとかも出来るかもしれない。


「さ、触るだけでいいんですよね。」

「触って魔力を篭めるの。魔力を持つなら分かるでしょう?」


 幼女ではない方の銀髪の美女が肩眉を上げて言った。

 その言葉に首を傾げながら、ユーリは両手に余る瓶を掴んだ。


 大丈夫だって。だって俺は転生者だぞ——


 前世の記憶も手伝って、彼は何かを壺の中の水に篭める。


 篭める。何かを篭める。

 ほら、溜まってきた。この筋肉の強張りがストレッチパワーを——

 いや、今のは多分違う。こっち、この両手に籠もる【波‼】って言ったら飛び出そうなドラゴンの——

 って、そんな感じじゃなくて、この包帯に巻かれた右手に宿る——


 意味不明な文字列がユーリの脳内を駆け巡り、その結晶が魔法具に変化をもたらした。


「おお!これって‼」


 俺は魔法具の前で歓喜した。


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