第8話悪魔と天使

 ボクと姉さんは皇都一の魔道具店を立ち去った後、屋台で少し遅い昼メシを買って食べながらブラついてた。

 すると皇都の離れでいかにも潰れそうな魔道具屋を見つけた。


 「......なあ、あの看板なに書いてるんだ?」


 「......ほとんど消えかかっててわかりませんね」


 ボクと姉さんは顔を見合わせながら看板に近づいていく。


 「......これは悪魔か?」


 「......いいえ、天使ですよ」


 看板にはカオスな生き物がいた。


 頭には黒色の角があるが、その角を囲うように金色の輪っかがある。目は右目が赤で左目は青。耳の長さは左右で違うし、牙は口の左側にしかない。羽根は白と黒がぐちゃぐちゃに混ざっている。


 チグハグすぎだろ。混ざりすぎだ。

 

 「......まあ、何でもいっか」


 それよりもまどうぐだ。まどうぐだ。


 「そうですね。店の人に聞いてみましょう」


 姉さんは拘るんかい。


 ボクは正面のドアノブに手を伸ばし、ドアを開ける――開かない。


 「......今日は休みなのか?」


 「テオ様、こちらを見て下さい!」


 姉さんがドアの近くに貼ってあった紙を指差す。

 

 『魔道具屋エンジェル女神。年中無休いつでもお客様大歓迎!!!』


 「......女神?」


 冗談だろ。


 「あの絵は女神だったんですね......」


 姉さんも言葉を失ってる。


 「お客様大歓迎つってるからドア壊しても大丈夫だよな?」


 (大丈夫じゃないよ?) かっ、神様!?


 「はい。きっと大丈夫ですよ」


 (この2人もうヤダ)


 「んじゃ、遠慮なく」


 ボクは身体強化を使って足でドアノブ部分を破壊する。

 どうやら鍵はかかってなかったみたい。

 ん? てことはこのドアどれだけ使われてなかったんだよ!

 局地的な地震でもあったのか?


 ボクと姉さんは白昼堂々と店の中に入って行く。


 店の中は暗い。臭――くわない。蜘蛛の巣だらけ。どこか昨日の廃墟を想起させる。昨日の効果音を思い出すだけで体がブルっとする。でも幸い奴はいないっぽい。

 マジでよかった......。

 それにしても


 「ぼろっちぃ店だな」

 

 「はい、かなり古いようですね」


 ボクらは失礼極まりないことを言いながら店の中を見回す。


 「意外と魔道具はしっかりあるんだな」


 「はい、先程行った店では見なかった物がたくさんあります」


 店は外見によらないもんだな。人だけじゃなかった。

 

 しばらく店内を適当にブラついてると突然カウンターらしきところからドタドタと音が聞こえてきた。そして


 「お、お客様だぁー!!!」


 寝起きらしき女性があられのない姿で現れて、とても嬉しそうにボクと姉さんを交互に見った。


 ......おいおい、服は着てくれや。


 ボクはすぐさま姉さんに目を塞がれる。

 こう言うのも何だが......女性の裸体は見慣れてる。姉さんのせいで......。


 「す、すみませんでしたぁー! 今すぐ服を着て来ますぅー!」


 女性は恥ずかしそうにして、再びドタドタとカウンターの奥にある部屋に戻って行った。




+++




 「先程は大変穢らわしいものをお見せしてしまいすみませんでしたぁー」


 女性はペコペコと何度も頭を下げる。


 「問題ない。して、お前の名はなんだ?」


 「あ、はい。メイヤですぅー」


 ボクはほんの少し間を置いてから、改めてこの女性を見る。赤髪を肩まで伸ばし、年齢はまだ20代ちょっとぐらいに見える。けっこう若い。話し方がだるげで残念美人という感じ。


 「次からは気をつけて下さいね。テオ様の教育に良くありません」


 姉さんは腕を組みながら仁王立ちして告げる。


 (テオ君に教育する人の姉よ、まずは盗みをしないことから教えてあげなさい) か、神様!?


 これは届かない神様の願いみたいなやつだ。

 ......かわいそうに。


 「は、はい。もう二度と裸で寝ませんー!」


 「よろしいでしょう」


 姉さんがうんうんと偉そうに頷いている。


 「それはそうと、この店の看板には何の絵が描かれているのですか?」


 まだその話し引きずってたのかよ......。

 でもボクも気になる。ほんの少しだけ......。


 「あーーー、あの絵ですかぁー。あれはですね女神様ですぅー!」


 やっぱり女神なん。


 「女神のくせにいろいろ混ざってたよな。悪魔と天使が」


 「そうですねぇー、私もよく分からないんですけどぉー、私が小さい頃に聞いた話しではぁー、魔族は悪魔から生まれぇー、ヒト族は天使から生まれたみたいなんですぅー」


 「ふーーーん、そんな言い伝えがあるのか?姉さん聞いたことあるか?」


 「いいえ、聞いたことありません」


 姉さんは手と首を横に振る。


 「まあ、そうですよねぇー。私の祖母が歴史家だったので昔からいろいろな話しを聞いてたんですぅー」


 「ふーーーん、お前のばあちゃん、物知りだったんだな」


 「お前って、名前聞いたんだから名前で呼んでくださいよぉー。でも確かに祖母は何でも知ってるすごい人でしたぁー」


 赤髪の女性は誇らしそうに胸を張る。


 欠伸を噛み殺してたら聞こえんかった。

 ......別にボクは悪くないだろ。生理現象だ。


 「それで、悪魔と天使がどうしたんですか」


 話しがズレそうになったから姉さんが口を挟んでくる。姉さんが知りたいのはあくまで女神のことみたい。


 「そうですねぇー、その話しでしたねぇー。その悪魔と天使を生んだのが女神様なんですぅー。だから女神様は悪魔と天使が混ざったお姿をしていらっしゃるのですぅー」


 「そんな話しがホントにあるのか? それってこの店にしか伝わってないことじゃないのか?」


 「え? 他の家の方がどうか知りませんけどぉー......言われてみればこの話しをしたのはお二方が初めてですぅー」


 それはこの店に客が来なかっただけだろ。

 でもボクも姉さんも初めて聞く話しだし、社会全体に伝わってる話しではなさそうだな。


 ボクはそっと目を瞑り、もう一度あの絵を思い出す。


 耳も目も口も羽根も全てがぐちゃぐちゃに混ざっている。

 

 ああ、やっぱりボクには

 天使と悪魔がお互いに邪魔し合ってるようにしか見えない。

 

 それはまるで


 『魔族悪魔ヒト族天使は相容れない』


 ボクにはそのことを醜い女神が訴えてるように思えた。



―――――――――――――――――――――


*次話 明日18:43予約投稿済み

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