第3話馬車での出来事

 「せめぇし、気持ち悪い......」


 両脇を大人に挟まれ、席はめちゃくちゃ狭い。おまけに馬車に乗った経験が少ないから酔ってしまった。


 「小童、顔色が悪いのぅ、大丈夫か?」


 正面に座る爺さんが髭をいじりながらボクのことを心配してくる。


 「問題ない。少し酔っただけだ」


 ボクは平然とした様子で答える。

 けどホントはかなりヤバい。もう既に何度か喉元まで来てる。


 「ほぅほぅ、我慢強い子だのぅ」


 爺さんは感心した声を出す。


 「頑張ってるからのぅ、特別に儂が少しだけ楽にしてやるわぃ」


 爺さんはボクの両手を取り、自分の大きな手で優しく包む。


 「ヒール」


 「!?」


 突如手元から光が発する。そして温かい魔力がボクの体中に巡り、気分を楽にしていった。


 「おお! めっちゃ楽になった。助かったぞ」


 ボクは爺さんの手をブンブンと振りながら礼を言う。爺さんも嬉しそうにニコニコしている。


「それで......爺さんは回復魔法使いだったのか!!!」


 「ヒョーヒョッヒョッ、そんな大層な者じゃないわい。ほんの少しだけ聖力があるだけじゃよ」


 爺さんは謙遜しながらも楽しそうに笑う。

 この世界には、聖力が体に通っている人はごく少数しかいない。これらの人はとても貴重な人材で回復魔法使いや対魔結界師としていろいろな国で重宝されている。

 

 ボクには聖力がないけど、たとえ使えなくても回復魔法について知りたい。純粋な好奇心が沸々と湧き上がってくる。


 「爺さん! ボクにーー」


 「すみません、俺にもヒールをかけて頂けないっすか?」


 「あのー......僕も少し酔ってしまって......」


 ボクの両隣の大人が口を挟んできた。


 おいおい、今はボクが爺さんと話してるんだぞ。横入りするなよ!


 控えめに言ってブチギレてる。

 普通に言うと血祭りにあげている。


 「ええい! 大人なら少しは我慢しろ!」


 「す、すみませんっす!」


 「ご、ごめんなさい!」


 ボクの気迫に気圧されて2人からは咄嗟に謝罪の言葉が出る。

 

 「ヒョーヒョッヒョッ、小童の気迫はすごいのぅ。じゃが、目の前に困っておる者がおったら助けるべきなのじゃぞ?」


 「そうなのか?」


 ボクは納得いかないという様子で腕を組みながら答える。


 「そうじゃそうじゃ。親切というものはいつか巡りに巡って自分の元へ帰ってくるのじゃよ」


 「......そうか。一応頭に入れておこう。ほれ、お前たち。爺さんにヒールかけてもらえ」


「「あ、ありがとございます!」」


 両隣の大人はなぜかボクに頭を下げる。


 おいおい、爺さんに頭下げろや。ボクは別に偉い人じゃない......。


 (お主無自覚なのか?)


 その後は爺さんから回復魔法や聖力のことを聞いた。そしてその話しを聞き終えると、ボクの両隣に座っている大人も交えて世間話しをした。


 そのかん、爺さんの隣に座っていた女性がジッとボクのことを見ていたが、ボクがその視線に気づくことはなかった。


 


+++




 「ふーーーやった着いた」


 人混みで空気は不味いはずなのになぜか森の中よりも美味しく感じる。


 もう馬車には乗りたくねぇ


 「ヒョーヒョッヒョッ、徒歩より良かろう。馬車に慣れておくのは大事じゃぞ」


 うーーーん、転移魔法があるから馬車はいいや。

 あっ、そういえば結界内で転移使えるのか?

 まあ、あとで試せばいいか......。


 「お爺さんの言う通りっすよ、少年」


 「そうですよ......かくいう私も慣れてませんけど......」


 「みぎに同じっす」


 ボクの両隣に座っていた2人がギャハハと笑い合っている。


 なんだかんだ乗車中に仲良くなった。


 「して、小童よ......」


 爺さんが突然真面目な口調になる。


 「......な、なんだ?」


 少しだけボクの言葉に緊張がにじむ。


 「お主、ずっと見られておったぞ」


 ......見られてた? 誰に?


 「そうっすよね! 綺麗な人が乗ってるなって思ったんすけど、ずっと少年のことを見てて」


 おいおい、お前は今日彼女の誕生日プレゼントを買いに来たんだろ? 彼女だけ見ててやれよ!


 「ですです......やっぱり女性怖いです......睨んでるの怖いです......」


 お前は一体過去に何があったん?


 「あれほど睨まれるとは......お主何かしでかしでもしたのかのぅ?」


 「......」


 盗みは働いたが、見られてないはず! だからこれは違う。

 でも......それ以外なくね? 


 ボクが沈黙するのを見て3人はため息を吐いた。


 「お主のぅ、一体何をしでかしたんじゃ?」


 「......少し、妖精を働いただけだ。妖精なんだからバレていない」


 「......お主は盗みを働いておったのか」


 爺さんは頭を抑える。


 「......なにゆえ、なにゆえ盗んだのじゃ?」


 盗んだ理由ね......。

 それはだな、ボクが前世持ちだからだ!!!


 だって、前世じゃあ純金を見たことなかったもん。そりゃ集めたくなるよな?


 (動機はやっぱりしょうもない)


 「きんが好きだからだ......」


 ボクがそう答えると3人共ポカンと口を開けてフリーズする。そして


 「ヒョーヒョッヒョッ」


 「ぶははははっ」


 「ぷぷぷっ」


 3人が一斉に笑い始めた。


 「なんじゃ、その理由は!」


 「少年、やっぱ最高っすね」


 「少年の行動原理......尊敬に値します」


 3人に褒められ(?)、ボクは少し照れくさそうにする。


 (悪いことしてるのに何照れてんの?)


 「と、とりあえずボクのことは心配いらない。神速で盗みを働くんだから、いざとなったら神速で逃げられる」


 「確かに心配は無用のようじゃのぅ」


 「そうっすね!」


 「少年なら何とかなる気がします」


 3人共この小僧(少年)なら大丈夫だろうと思う。


 「そういうことだ。だからボクはもう行く。3人共達者でな」


 ボクは唐突にくるっと3人に背を向けて歩き出す。


 ああ、早く魔法が使えるようになりたい。

 正確に言えば属性魔法が。

 ボクの心にあるのはこれだけだ。


 そんな少年の後ろ姿を大人3人は温かく見守った。3人の心にあることは同じ。


 もう盗みはやめてくれ。


 少年が妖精のままでいられることを切に願った。



―――――――――――――――――――――


*次話 明日18:42予約投稿済み

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