第3話 カニ同盟

ある朝目覚めると、私の頭からカニが生えていた。

ちょうどてっぺんから、カニの上半分がにょきっと。どこからどう見ても私の頭皮とカニの甲羅は滑らかに繋がっている。

近年は哺乳類と甲殻類の異種配合による事故が絶えないらしい。私の父はじつはカニであったのだろうか。

それにしても困るものだ。労働の義務を果たさなければならない私にとってこのカニは邪魔すぎる。職場である学校に向かわなければならない。欠勤は許されない。

私はやむを得なく赤いニット帽を被って出勤した。ニット帽のなかでカニの手がうごめいて鬱陶しい。帽子を脱ぎたいのは山々だが、教師の頭にカニが生えてるなんて知られてはいけない。うごくニット帽を怪しむ生徒をたしなめながらやっと一日の勤務を終え、家に帰った。

蛇口をひねり、ぬるい水で手を洗った。ニット帽を脱ぐと変わらずカニが生えていた。

カニは私が働いて得た金で買った栄養を吸い取ってうごめいているのだ。そのせいかとても腹がすいていた。

私は腹が立っていたし、そもそも腹が減って仕方なかった。

カニの手をちぎって食ってしまった。

新鮮だった。とても美味かった。本当に美味かった。

すべて食べてしまうのはもったいなかったが、手が止まらなかった。カニの手は4本しか出ていなかったので、あっというまに私の頭に生えているカニは無惨なだるまに成り果てた。手の付け根の関節が回り続けていた。

カニをもっと食べたかったが、自分の頭皮と繋がっている胴体の部分を食べる気にはなれず、そのまま生やしておいた。


カニの手がなくなってから2日が経った。異常なほど気力が湧かず仕事も手につかなかった。ニット帽をかぶる気も失せ、だるま状態のカニを世間に晒していた。

脳裏には常に、港市場の水槽の中でじっとしているカニがちらついていた。腕が一本、欠けている。

それから一週間が経った。仕事だけでなく、食事をするにも、歩くにも、電気の紐をひっぱるのにも気力が湧かない。息をすることさえもとても面倒だった。


私は自殺を決意した。

一週間ぶりの外の空気はひどく淀んでいるようだった。私はこんなにもつまらない世界に生きていたのかと思った。

コイン精米所の前を通り過ぎ、田園が続く道を歩いた。

やがて私が努めている学校がぽつんと現れた。いつものように下駄箱に革靴を入れ、スニーカーを履き、関係者以外立入禁止と赤字で書かれた扉を開けた。

遠くで喧騒が聞こえる。よく聞いたことのある声だ。声は遠ざかり、風切り音がうるさく鳴った。

私の目には巨大なカニが映った。

腕が一本、欠けていた。カニの目がぐるぐるしている。私の方にはちっとも興味がないらしい。カニは立ち去った。

あとにはただ、あぶくが浮いているだけであった。






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