帰郷


 ヨール島から取り寄せたという新聞には、こう記載されていた。


 勇者:氏名不詳

 パーティー人数:不明

 推定される平均レベル:不明

 脅威度:緑


 何だよ、これ?

 わからない事ばかりじゃないか。


 脅威度はやや低めに見積もられているけど、それが逆に不気味にも思えた。

 予測される進撃ルートには、僕の村付近も含まれている。


「今すぐ、島へ帰ります」


 僕がそう申し出ると、ヤプキプは魚人マーマンたちに命じて出港の準備を始めてくれた。

 ちなみに、ゼインは今、ニイベ側の港にいるらしい。


 僕らを乗せた島鯨アイランドホエールは、海へと泳ぎだした。


 アネモネは、またもや即座にダウン。例の葉っぱのお世話になっていた。


 一方のライムは全然平気な様子だ。鯨の背中を駆け回り、興味深そうにあちこちを見ていた。


 ……いけそうだ。

 海峡の中間点くらいまで航行してきた所で、僕はそう直感する。

 たぶん、ここからなら島まで飛べるぞ。

 アネモネとライムを、そばへ呼び寄せる。


「本当にお世話になりました」


 お礼を述べる僕に、ヤプキプは親指を立てる。


「また、いつでも大陸へ届けてやるよ」


 鯨の背から島の南端へと、僕らは無事【転移ワープ】してくる事ができた。

 やはり、僕の魔力は高まっているようだ。


 以前施した【刻印マーキング】の数々を経由して、どんどん島を北上していった。

 ついに、あと一回の【転移ワープ】で村へ戻れる地点までやって来る。


「どうかしたのかい?」


 【転移ワープ】を躊躇している僕に、アネモネが訝しそうに問う。

 正直、帰りづらい。

 パパもママもきっと、すごく怒っているんだろうなあ……。


 いつまでも、こうしてはいられない。

 意を決して、僕は【転移ワープ】を発動する。

 村の入口へ飛んできた。


 すっごく懐かしい気分である。


「る、ルード?」


 偶々、入口付近にいたキポが、僕の存在に気付いて目を丸くしている。


「ひ、ひさしぶり」

「すっごく心配していたよ」


 キポは大きな声で感激を露わにする。

 恐らくそれが聞こえたのだろう。


 村の奥から、誰かがこちらへ走ってくる。

 リルだ。

 僕の姿を認めると、さらに速度を上げて駆け寄り、がしっと抱きついてきた。


「まってたの、さびしかったの。うれしいのッ!」

「必ず戻るって、言っただろ」

「うわあああん、ルードおぉ」


 リルは、僕の胸の中で声を上げて泣き出す。

 僕は彼女の頭を優しく撫でた。


 続々と、村の人たちが、僕らのそばへ集まってきた。

 その中には、パパとママの姿もある。


 僕は気まずさから顔を伏せる。


「……た、ただいま」


 ちらりと二人を窺い見ると、ママが猛然とこちらへ駆け寄ってくる。

 ぶたれるかと思って思わず見をすくめた。

 けど、ママは何も言わず、僕をぎゅっと強く抱きしめた。


 パパもそばまでやって来て、真面目な顔で問いかけてきた。


「勇者は討伐できたのか?」

「……うん」

「そうか、よくやった」


 笑顔を浮かべ、パパは僕の頭を撫でてくれた。


 話したい事は、いっぱいある。

 謝らなければいけないことも。

 うっかり、涙が溢れ出てしまいそうにもなる。


 僕は、それをぐっと堪えて問いかけた。


「本当なの? 勇者がまた上陸したって」


 パパの顔から、笑顔が消えた。


「……ああ」

「今、どこに?」

「安心せい。ヤツの大まかな位置は、わしが把握しておる」


 僕らの会話に割り込んできたのはパル爺だった。


「近づいてはいるが、恐らくこの村には来んじゃろ」

「本当?」

「わしを信頼せい」


 パル爺の【索敵】は、探知できる範囲が無茶苦茶広範囲に及ぶ。また、かつて魔王軍にいただけあって、様々な情報も入手できるのだろう。

 僕は少しだけ安堵する。


「どんなヤツなの、何人くらいのパーティーなの、どれくらい強いの?」

「質問は一つずつにせい。人数は、たぶん単体ソロじゃ」

「そ、ソロぉ?」


 いくらなんでも、それは無謀すぎるのでは?


「恐らく、あいつじゃよ」

「あいつ?」

「三年前に上陸して逃げ帰った」

「り、リオン?」


 なぜ、今になって。

 しかも、たった一人きりで……。


 リオンと思われるその勇者は、今も北上を続けているらしい。

 魔王軍は、予測される進撃ルート上の村で彼を迎え撃つつもりで、ゆうせんの隊員や精鋭の戦士たちが結集しているという。


 その村ならば、【転移ワープ】でそばまで行く事ができる。


「僕、ちょっと行ってくるよ」

「よせ、危険だ」


 パパが驚いて引き留める。


「大丈夫、様子を見てくるだけだから」


 勿論、僕なんかが役に立てるとは思わない。けど、何かせずにはいられない気分だった。


「ボクも行くよ」


 アネモネがそう申し出る。ライムも腕を掴んでくるが、さすがに連れてはいけない。


「ルード、ゆうしゃとたたかうの?」


 心配そうに問いかけてくるリル。


「安心しろ、危なそうならすぐ戻ってくるよ。それより、この子を頼めるかな」


 僕は、ライムをリルに差し出す。


「うん」


 手を繋ぐ二人の頭を撫でてから、僕はアネモネに向き直る。


「行こうか」


 僕は、【転移ワープ】を発動する。


 ふたりで林の中へと飛んで来る。

 遠くに村が見えた。

 まだ戦闘などは発生していない様だが、近づき過ぎるのは危険だろう。


 ゆうせんの隊員も来ているらしいから、フリーダもあそこにいるのかもしれない。


「誰なんだい? リオンていうのは」


 アネモネが問いかけてくる。


「ああ、三年前に……」


 ドオオオオオオォン!


 それは、今まで聞いた事もないくらいの凄まじい轟音だった。

 空気が振動して、大地が少し揺れた。

 僕もアネモネも、思わず耳を塞いでいた。


 ……一体、今のは何だ?


「お、おい、あれ」


 目を見開いたアネモネが、村の方を指さす。

 僕は言葉をなくした。


 村の姿は、もはや確認すらできない。

 とてつもない大きさの灰色の噴煙が辺りを包み込んでおり、はるか上空まで舞い上がっている。


 な、何が起きているんだ?

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