討伐完了


 タイミングは、完璧なはず。


 カイトの身体は、僕が作り出した【暗黒門ゲート】の中へどんどん吸い込まれていく。

 もはや、右手のみを残して、ほぼ全身が穴の中に収まった。


 勇者を暗黒空間へ放逐したぞッ!

 ……そう思った瞬間である。


 ゲートは急速に縮まり、あっという間に消滅してしまう。

 まるで時間を巻き戻すみたいに、カイト身体は穴の外へ吐き出された。


 ……もう少しだったのにッ!


 ゲートは対象者が完全に通過しなければ、移動させる事ができない。

 途中で消失すると、こちら側へと強制的に戻されてしまうのだ。


 もはや、万策尽きたと言わざるを得ない。


 ライムを使うのは、本当に最後の手段のつもりだった。

 同じ手はもう通用しないだろう。今度は、ライムを多大な危険に晒す事になる。


 僕の負けだ。

 それを、認めるしかない。


 カイトは地面に尻餅をついたまま、呆然とした顔で固まっている。

 僕と目が合った彼は思い切り顔を強張らせ、上擦った声で予想外の言葉を口にする。


「お、オレの負けだ」

「……え?」


 それは、こちらの台詞のはずだ。

 戸惑う僕をよそにカイトは続けて懇願してくる。


「だから、もうやめてくれッ!」


 僕らへの強い恐怖心を窺わせる態度だ。


 考えてみたら、カイトはこちらが万策尽きている事をまだ知らない。

 恐れるのも、当然かもしれない。


 アネモネが、カイトへ歩み寄る。

 怯え切った小動物みたいに、彼は身をすくめる。


「許してくれ、もう魔獣を狩ったりしない」

「そんな言葉、信用出来ると思うかい?」


 アネモネは、地べたにへたり込んだカイトを見下ろす。


「ど、どうすればいいんだ?」

「……」


 意見を請う様に、アネモネは僕の方を振り向く。

 この状況に乗っからせてもらおう。


 そう決めた僕は、アネモネの隣に佇んでカイトを見下ろした。


収納ストレージ


 僕は、掌よりやや大きいサイズくらいの金属製のリングを取り出す。

 【隷属の首輪】である。

 盗賊団から拝借した、もう一つのアイテムだ。

 使用方法についても、彼らから一通り教えてもらっている。


「これが、何かわかる?」

「……あ、ああ」

「嵌めてもらう」


 さすがに、カイトの顔に緊張が走ったのがわかる。


「立てる誓約は、二つだけで良い。ひとつは、もう二度とレベル上げの為に魔獣は倒さない。それと、魔大陸への上陸は目指さない事だ」

「……わかった」


 あっさりと了承され、僕は戸惑う。


「え、いいの?」

「その二つだけで良いなら」


 どちらも、勇者にとっては受け入れ難い事のはずだ。

 前者については、勇者でなくともきついだろう。

 けど、カイトは唯々諾々、僕から指示されるがままに【隷属の首輪】を自らに嵌めた。


「ほ、本当に良かったの?」


 装着させておいて問うのもへんだけど、確認せずにはいられなかった。


「ああ。むしろ、ありがたいかな」


 カイトは笑みを浮かべて言う。

 そこに、強がりの色は窺えなかった。


「オレは、元から勇者なんてガラじゃなかったんだ。それに、これでもうレベル上げをしなくても、エレーヌにどやされずに済むよ」


 僕は、首を傾げたくなる。

 アネモネも、眉根を寄せていた。


 あの首輪は、僕でないと外せない。


 ともかく、これで勇者カイトは無害な存在となったはずだ。

 勇者の討伐、完了……と言えるのかな?

 まあ、それは僕が判断する事ではないけど。


 ともかく、用は済んだ。

 早くヨール島へ帰ろう。


 ライムが、僕の腕をぎゅっと掴んでくる。彼女はこの場に残しておくつもりだったけれど……。


「キミから離れる気はないみたいだね」

「まいったな……」


 アネモネの言う通り、ライムは僕からけして離れるつもりはないようだ。


「ライム、僕らと一緒にヨール島へ来るか?」

「ん」


 即答してくるけど、あの島でスライムが生きていけるだろうか?

 まあ、村から出なければ、安全は確保できるだろうけど。


「よし。じゃあ戻ろうか」


 僕は、アネモネとライムを連れて、【転移ワープ】を発動する。


 一度にそれ程長い距離は飛べないが、こまめに施してきた【刻印マーキング】をリレーして、どんどん北を目指した。


 気のせいかな。

 来る時よりも、【転移ワープ】出来る距離が伸びているような……。


「キミも、気付いたかい?」


 どうやら、アネモネも自らの力が高まっているのを感じているらしい。


 そういえば聞いた事がある。

 魔族は、島から離れた場所で戦闘や修行をすると、通常よりも早く強くなれると。


 その為、僕らの力がごく短期間で著しく高まったのだろうか。

 あっという間に、フルボリ城へたどり着けた。


「勇者を討伐されたのですか?」


 そう問いかけてくるラキュアに、僕は困惑を隠せなかった。


「微妙なんですけど……」


 そう前置きした上で、勇者に【隷属の首輪】を嵌めさせた事を告げる。


「す、すごいですぅ。どうしたら、そんな事ができるんですか?」


 ラキュアは本気で驚き、感激すらしている様子だった。


 【变化の腕輪メタモルリング】をラキュアに返却した僕らは、さらに【転移ワープ】を繰り返し、港までやって来た。

 そこにはヤプキプがおり、ラキュアと同様の質問をされる。

 僕が事情を話すと、その反応もラキュアのそれと似たようなもだった。


「島へ帰りたいんですけと」


 僕がそう頼むと、ヤプキプはやや渋い顔をしてみせる。


「今は、やめておいた方がよいかもな」

「え、どうして?」

「三年ぶりだ」


 即座には意味がわからずにいる僕に、ヤプキプは厳しい顔つきで告げる。


「勇者が上陸した」

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