暗黒門


 この世界と、暗黒空間とを繋げる門。


 【暗黒門ダークネスゲート】。


 僕が魔法でそれを作り出したと知った時、パパとママはめちゃくちゃ驚いた様子だった。

 ていうか、むしろ引いていた。


「あまり、知られない方がよいじゃろう」


 パル爺に相談すると、そう忠告された。


 うかつに周囲に知られれば、僕は変な目を向けられかねないという。

 それくらい、【暗黒門ダークネスゲート】は、稀有で危険な魔法らしい。


 だから、村内でも一部の人にしか教えてはいない。

 フリーダにさえ、この魔法の事は伏せていた。


 一方で、僕はこんな風にも思った。

 これを用いれば、レベル1の勇気を討伐できるかもしれない。


 【暗黒門ダークネスゲート】は、あくまで移動魔法に分類される。勇者の【障壁】は、恐らく反応しない。

 また、ゲートは【転移ワープ】とは異なり同意がなくとも、潜った者を転移先へ飛ばせる。


 暗黒空間がどんな場所なのか?


 それは、よくわかっていない。

 ただ、記録にある限り、そこから帰還できた者はいないらしい。

 勇者を暗黒空間へと放逐できれば、それは討伐と同義といえるはずだ。


 問題は、いかにして勇者にゲートを通過させるかである。


 突き飛ばすなどして、無理矢理に放り込む事は出来ない。

 それは勇者への攻撃と見なされ、【障壁】に防がれてしまうだろう。

 あくまで、勇者に自らゲートへ飛び込んでもらう必要があるのだ。


 どうすれば、そんな事が可能なのか?


 僕はさんざん頭を悩ませた。アネモネとも、何度も話し合った。

 その末に捻り出した方法……。

 けど、失敗した。


 島では、もっと大きなゲートを長く出現させ続ける事ができたのに。

 この場では、小さなゲートをごく短い時間しか維持できない。

 それが、失敗の最も大きな要因だ。


 カイトは、畏怖と驚嘆の混ざった様な顔で立ち尽くしている。


 アネモネが、こちらを振り向く。どうするのか目顔で問いかけてくる。


 カイトに、【暗黒門ダークネスゲート】を見られてしまった。

 恐らく、彼はまだあれが何であるかまでは、理解できていないだろう。けど、強い警戒心を抱かせてしまったはず。

 きっと、もう同じ手は通用しない。


「な、何なんだよ、今のは?」


 カイトは問いかけてくるが、勿論、僕らがそれに答えるはずはなかった。

 徐ろにカイトはかがみ込むと、指先で地面に自らをぐるりと囲む円を描く。


「オレはもう動かないぞ。この円から、一歩も出ないッ!」


 力強くそう言い放つと、カイトはさらに僕らに告げる。


「お前たちこそ、早くこの場を離れた方が良いんじゃないのか?」

「え?」

「もうすぐ、オレの仲間たちがここへ戻ってくるぞ。町の冒険者たちを大勢連れてな」


 確かに、彼の言う通りかもしれない。

 今の僕らの力で、多数の冒険者を相手にするのは危険だ。

 【転移ワープ】で逃げる事すら、ままならないかもしれない。


 追い詰められたのは、僕らの方か。

 アネモネが、厳しい顔つきでカイトに問う。


「今までどれくらい狩った?」

「え?」

「レベル上げの為に、どれだけの魔獣を倒してきたんだ?」

「さ、さあ。そんなの、数えている訳ないだろ」


 大きな戦槌を、アネモネはカイトに向けて振り下ろす。

 勿論、それは【障壁】に弾かれた。

 それでも、アネモネは何度も繰り返し、怒りの感情に任せる様に戦槌を振るい続ける。

 青白く輝く【障壁】の中で、カイトは呆然と佇んでいる。


 いい加減に疲れたのか、アネモネは息を弾ませ、戦槌を地面につく。


 しばらく、沈黙の時間が続いた。


「スライムも倒したの?」


 僕は、カイトに問いかけた。


「スライム? まあ、最初の頃はな」

「どれくらい?」

「だから、覚えていない。結構、たくさん狩っただろうけど」

「その時どう思った?」

「どう?」

「痛そうだとか、かわいそうとは思わなかったの?」

「まさか。……ていうか、スライムに感情なんてあるのか?」

「あるよ」

「え?」


 カイトは、思い切り目を見開く。

 彼のすぐ目の前に、小さな女の子が佇んでいたからだ。

 ライムである。


 恐らくカイトは、僕との会話とアネモネの存在に気を取られていたのだろう。

 そこまで接近されるまで、ライムにはまるで気付いていない様だった。


 どんッ。


 両手で、ライムはカイトを突き飛ばす。

 彼女はごく虚弱な魔獣である。【障壁】は、反応しなかった。


 ライムに大した力なんてない。

 けど、不意打ちで身体を押されたカイトは、背後に転倒してしまう。


 今だッ!


暗黒門ダークネスゲート


 カイトのすぐ真後ろに、暗黒空間への入口がぽっかりと開く。


「うわああああああー!」


 叫びながら、勇者は漆黒の穴へと吸い込まれていった。

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