勇者カイトを殲滅する


 しばしの間、黙考していたらしいカイトは、ようやく口を開き僕の問いに答えた。


「き、九だ」


 よし、一桁。

 ギリギリではあるけれど、フリーダの出した条件を満たしているぞッ!


 僕は頷いてから、カイトを見据えて言い放つ。


「勇気カイト、お前を殲滅する!」


 訳のわからない様な顔で、カイトは呆然と立ち尽くしている。

 彼からすれば、質問の意図も理解不能だっただろう。けど、こちらの事情を説明している暇はない。


収納ストレージ


 僕は、亜空間から拳銃を取り出す。

 エリムの盗賊団からいただいておいた物だ。


 剣術も、格闘もまるで苦手な僕だが、これならば比較的容易に扱えると思った。


 カイトに銃口を向け、二度続けて引き金をひく。

 ダン、ダンッ!


 が、発射された弾丸は、カイトの前に出現した青白く輝く壁に二発とも弾かれた。

 ……駄目か。


 僕は、拳銃を亜空間にしまいこむ。


 アネモネに視線を向けると、彼女もこちらを見てこくりと頷く。

 ついに、僕の切り札を使う時が来たらしい。


 ナイフを構え、アネモネは真正面からカイトに斬りかかった。

 当然、それは彼を護る【障壁】によって防がれてしまう。


 アネモネはそれでも、ナイフによる攻撃をやめない。

 カイトの側面、あるいは背後からもナイフを突き出し続けた。

 すべて、【障壁】に弾かれる。


「無駄だよ。【障壁】は、けして壊れたりはしないから」


 そう告げるカイトの意識は、完全にアネモネのみに集中している様だ。

 僕は、そっとすぐそばの木に上り始めた。

 カイトには、僕の存在は眼中にないようだ。


 一方のアネモネは、さり気なくこちらを見やり、僕の位置を確認していた。


 木のてっぺんまで上り、僕はふたりを見下ろす。


 相変わらず、アネモネはカイトに無駄と思える攻撃を続けている。

 もはや、カイトは彼女を恐れる様子も見せず、ただそこに突っ立っていた。

 ナイフによる刺突に、慣れてしまったのだろう。


 アネモネは真上へと高く飛んだ。

 木の幹を強く蹴ってから、僕のすぐ目の前の枝にそっと降り立つ。


 カイトはアネモネの姿を見失っているらしく、焦った様な表情で周囲を見回している。

 さらに、僕がいなくなっている事にも気付いた様だ。

 忙しく、辺りへ視線を走らせた。


収納ストレージ


 僕は小声で詠唱して、取り出したものをアネモネに手渡す。


 それを受け取った彼女は、僕を見つめながら頷く。

 きっと、うまくいくよ。

 無言でそう言っている様だった。

 僕も、頷き返した。


「上だッ!」


 アネモネは、あえてカイトへ向けてそう叫んで、枝から飛び降りた。


 ◇


 突然、頭上から声が降ってくる。


 真上に視線を向けたカイトは、思い切り眼を見張らずにいられない。


 ダークエルフの少女が、自分へ向けて飛び降りてきている。

 しかも、その手には彼女の身長よりも大きな戦槌が握られていた。


 彼女は、それをやや緩慢と思える動作で振り下ろしてくる。


 や、やばい。

 いや、【障壁】が護ってくれるはず……。


 そう思いつつも、カイトは戦槌を避ける為、一歩退いてしまう。

 反射的な行動だった。

 いきなり、あんな巨大な槌が振り下ろされれば、誰でもそうするだろう。

 たとえ、【障壁】で護られているとしても。


 次の瞬間、カイトは違和感を覚えて、慌ててその場に留まろうとする。


 振り向いた彼は、少女の戦槌を目の当たりにした際よりも、さらに大きく眼を見張った。


 そこには、黒い塊が浮かんでいた。

 いや、穴だ。

 空間に、漆黒の穴が穿たれている。


 カイトの右腕の肘までが、その穴に飲み込まれていた。

 な、何だ。これは?


 退いた勢いで、カイトはそのまま穴に飛び込んでしまいそうになる。


「うわあああッ!」


 ただ、黒い穴は突如として収縮し始めて、あっという間に消失する。

 同時に、穴に飲み込まれかけていたカイトは、思い切り外へ弾き出された。

 身体を見るも、特に負傷などはしていない。


 ……な、何だったんだ。今のは?


 ガキンッ。


 ダークエルフの少女が振り下ろした戦槌は、【障壁】が防いでくれた。

 彼女は、悔しげに顔を歪めている。


 少し離れた場所には、黒髪の少年も佇んでいる。

 呆然とした顔で、カイトを見ていた。

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