障壁


 アネモネを追って、僕は森を駆けた。

 すると、またもや開けた空間に出る。


 そこには、四人の冒険者らしき者たちの姿があった。


 軽鎧姿の青年。

 濃紺のローブに身を包んだ、背の高い男性。

 白衣を着た、金髪の女性。

 そして、獣の耳と尻尾を持つ少女……。


 教えてもらった、カイトたちのパーティーと全く同じ構成である。


「あの鼠、魔族まで呼ぶのかッ?」


 軽鎧の青年が顔を青くさせて問うと、ローブの男性が首を振りながら応じる。


「あ、あり得ない。そもそも、この森に魔族なんているはずがないんだ」


 アネモネが、腰の鞘からナイフを抜いた。

 そのまま軽鎧の青年に向かっていく。


 止めても無駄である事を、僕は十分すぎるくらい理解していた。

 今、目の前にいる彼らは、アネモネにとって最も許し難い存在なのだから。


 軽鎧の青年は、眼を見張ったまま一歩も動けずにいる様だった。


 アネモネはナイフで彼を斬りつけようとする。


 が、その瞬間、青年の前に青白く輝く幾何学模様で構築された壁が出現して、ナイフを弾いた。


 続けてアネモネはナイフを突きだす。

 しかし、それも青白く輝く壁に阻まれる。


 ゆ、勇者の【障壁】?

 つまり、彼は紛れもなく……。


「逃げるぞ、カイトッ!」


 ローブの男性が叫ぶ。

 やはり、軽鎧の青年はカイトらしい。


 しかも、彼は勇者だ!


「急いでぐださいッ」


 白衣の女性に促され、カイトは走り出す。

 逃がす訳にはいかない。

 彼が、本当に勇者であるならば。


行動停止ドンムーヴ


 カイトは、駆けている途中の不格好な姿勢で固まる。

 僕は、彼の元へと急いだ。

 が、そこへたどり着く前に【行動停止ドンムーヴ】の効力は解けてしまい、カイトは転びそうになりつつも再び走り出した。


 ただでさえ、ヨール島から遠ざかったせいで僕の魔力は相当に弱まっていた。

 その上、勇者は【障壁】の効果により、あらゆる状態異常に対する一定の耐性を持っている。

 ごく短い時間しか、彼を行動停止の状態にする事が出来ないようだ。


 三人のいる方へ駆けてていくカイト。

 が、彼と仲間たちとを隔てる様に、アネモネがカイトの前に降り立つ。

 そのまま、カイトへ襲いかかった。


 ◇


 ダークエルフの少女が、今度は拳でカイトを殴りつけてきた。


「うおりゃあああッ!」


 ガキンッ。

 が、それも青白く輝く壁が防いでくれる。


 ……これが、【障壁】か。

 す、すげえ。

 カイトは、一度くらいそれが発現する様を見てみたいと思っていた。

 もちろん、魔族や強大な魔獣と遭遇するのはごめんではあったけど。


 【障壁】のチートぶりを目の当たりにしたカイトは、正直、感激していた。


 ……消滅させるのなんて、勿体ない。


 ふと、そんな事が頭を過ぎってもしまう。


 グレックとエレーヌ、ミイナが不安や恐怖を顔に浮かべてこちらを見ている。


「何しているんだ、早く逃げろッ!」


 カイトは、三人に向けて言い放つ。


「け、けど……」


 何か言いかけるエレーヌに、カイトは怖さを押し殺して余裕の笑みを作ってみせる。


「俺なら大丈夫だ、【障壁】が護ってくれるから」


 むしろ、何にも守られていない三人が、この場に留まり続ける方が危険だ。


「町に戻ったら、必ず助けを連れて戻ってくる」


 グレックがそう言うと、ミイナもカイトを勇気づける様に自らの両の拳を握り締める。


「それまで、頑張ってにゃ」


 カイトが親指を立てて応じると、三人は木々の向こうへと走り去った。


「勇者カイトッ!」


 呼び掛けられてカイトが振り向くと、少し離れた所に黒髪の魔族少年が佇んでいる。

 逃げた三人を追うつもりはないらしい。

 彼の標的はあくまで自分なのだと、カイトは理解する。


「僕の質問に答えてほしい」

「し、質問?」


 意外な事を言われ、カイトは眉を顰める。


「正直に答えてくれ。返答次第では、お前を見逃す」

「な、何だ?」

「レベルはいくつだ?」


 どうして、そんな事を訊くのか、カイトは理解に苦しんだ。

 自分はまだ【障壁】を保持しているのだから、ある程度の推察はつくはずである。


 ……て、何て答えるべきだ?


 すごく高い値を口にした所で、即座にウソだとバレるだけだ。

 逆に、低い数字を言ってみるべきか?

 わ、わからねえ。


 彼に言われた通り、正直に実際のレベルを答えるのが賢明か……。


「き、九だ」


 魔族の少年は得心した様に頷く。

 そして、まっすぐカイトを見据えて言い放った。


「勇者カイト、お前を殲滅するッ!」


 どう答えれば正解だったんだ?

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