勇者カイトは魔族と遭遇する


 僕らは、森の中の小径を歩いていた。


 カイトたちを知る冒険者の男性によれば、彼らはモルタニアに来てまだ日が浅く、冒険者としても駆け出しの部類だという。

 現在のレベルも、せいぜい一桁だろうとの事。


 つまり、恐れるに足る相手ではない。


 一方で、僕らの力もだいぶ弱体化している。【变化の腕輪メタモルリング】を嵌めてしまうと、僕の【収納ストレージ】はもはやパンパンな状態なのがわかる。島では、いくらでも入れられたのに。


 この森で見かける魔獣たちも、脆弱そうな個体ばかりである。


 だからこそ、モルタニアが「はじまりの町」となりえたのだろうけれど。


 アネモネが、不意に立ち止まる。

 何かを察知した様なその顔は、これまでいく度も目にしてきた。


 徐ろに、アネモネは勢いよく走り出す。

 僕は急いで彼女の後を追う。ライムも、必死に僕らについて来ていた。

 この先に、カイトたちがいるのだろうか?


 木々の間を駆け、やぶを抜けると、少し開けた場所へと出た。


 眼の前の光景に、僕はゼッ句させられる。


 夥しい数の魔獣の死骸が横たわっていた。

 黄色い毛並みの鼠の魔獣が、無惨な姿で地面のあちらこちらに散らばっている。

 恐らくは百体……いや、それ以上だろう。


 鼠の魔獣たちには解体された形跡は見られず、殺戮の目的は素材収集ではないらしい。

 もちろん、食料とした訳でもない。

 考えられる理由は、一つだろう。


 アネモネは拳を握りしめ、その肩を小刻みに震わせていた。

 僕からでは、彼女の表情はわからない。

 アネモネが、顔を上へ向けて叫んだ。


「うわあああああーッ!」


 悲鳴にも似たアネモネの雄叫びが、森の中に轟いた。


 獲物の存在を察知した獣の様に、猛然と森の奥へと駆け出すアネモネ。


 僕は、ただ後を追いかけるしかなかった。


 ◇


「今、何か聴こえたにゃ」


 ミイナが、頭頂部の耳をぴくぴくと動かす。


 黄色鼠イエローラットは弱くて、カイトたちでも難なく倒す事が出来る。

 一方で獲得できるEXエキスは微少であるため、数をこなす必要があった。


 ただ、ひたすらにレベル上げのみを続けていれば、他の冒険者からその目的を勘ぐられる。

 もしや勇者では、といううわさも立ちかねない。


 なるべく早く目標のレベルに達して、次の町へ移動する方が望ましい。


 カイトたちは、朝からずっと黄色鼠イエローラットを狩り続けていたが、さすがに疲れたので休憩していた所だ。


「何かって?」


 エレーヌが問うと、ミイナは立ち上がって森の奥を覗き込む。


「声みたいにゃ」

「人のですか?」

「……うーん。そうかもしれにゃいし、魔獣の様な気もするにゃー」

「なあ、黄色鼠イエローラットって、別の魔獣を呼ぶ事もあるのか?」


 カイトの疑問に、グレックが即座に応じる。


「基本、同種しか呼ばない。けど、ごく稀に他の強めの魔獣が助けに来る場合もある」

「まじか?」

「強いといっても、この森にいるくらいだから、たかが知れているけどな」


 ふとミイナが姿勢を屈めて、緊迫感を露にした顔と口ぶりで言う。


「何か、来るにゃッ!」


 他の三人もその言葉に反応して、ミイナと同じ方向へ視線を向けた。


 森の奥から、何か強い力の持ち主が迫りくる気配を、全員が察知していた。


 それぞれが、これまで体験した事がない様な強烈な圧迫感がある。

 ミイナの耳や尾の毛が逆立つ。

 エレーヌは、思わず身ぶるいせずにはいられなかった。

 カイトは、長剣の柄を握りしめる。


 木々の隙間から、何者かが勢いよくカイトたちの目の前に飛び出してきた。


 一人の少女だった。

 小麦色の肌、しなやかに伸びた長い手足。幼気な顔と不釣り合いに豊満な胸。

 銀色のショートヘア、長くぴんと伸びた耳……。

 人ではない。

 ダークエルフッ!


 ついで、もうひとり木々の奥から現れた。

 少女と同じ年頃の、黒髪の少年。

 頭部から、短い角が二本生えている。

 こちらも人ではなく、魔族だ。


「ど、どうなってるんだよ」


 唖然とした顔で、カイトが問い質す。


「あの鼠、魔族まで呼ぶのかッ?」


 グレックが、呆然とした顔で激しく首を振る。


「あ、あり得ない。そもそも、この森に魔族なんているはずがないんだ」


 ダークエルフの少女は、腰に提げた鞘から鋭利そうなナイフを抜く。

 そのまま、カイト目がけて飛び掛かってきた。

 ま、まじかよ?

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