勇者カイトはやる気を出す


 グレックが鞄から大きめの紙を取り出した。卓上に広げられたそれは、この大陸の地図だ。


 朝食を終えたタイミングである。

 宿一階の食堂は、まだそれ程、混雑してはいなかった。

 普段よりも早い時間帯に来られたおかげだ。

 いつもは、なかなかベッドから出て来ないカイトが、今朝はやけに早起きだった。


「気が早いかもしれないけど、ちょっとは考えておこうぜ。今後のルートについて」


 というか、これまで一度もそれについて、皆で検討した事すらない方が問題かもしれない。


「ここが、現在、俺たちのいる【モルタニア】だ」


 グレックが、地図上の大陸中央、やや南よりの地点を指さす。

 通称、はじまりの町。

 そう呼ばれている場所がいくつかある中、カイトたちがモルタニアを選んだのは、単に自分たちの生まれ故郷に最も近ったからにすぎない。


 ちなみに、モルタニアは魔大陸から一番近い「はじまりの町」でもある。

 とはいえ相当な距離があるし、この町からまっすぐ魔大陸を目指す者はまずいない。


「ここを渡れば良さそうじゃね?」


 カイトが、大陸の北端を指し示す。

 そこから狭い海峡に隔てられただけの対岸は、魔大陸である。

 確かに、地図で見る限り近そうだ。

 が、グレックが首を横に振る。


「そこを渡るのは、自殺と同義語と言われている」


 ワイラル海峡と呼ばれるその領域には、極めて強力かつ凶悪な海の魔獣が、数多く棲息しているらしい。

 大陸近海では最も危険な場所であり、過去に横断できた者も数えるほどしかいないという。


「特にヤバいのが、島鯨アイランドホエールって魔獣だ」

「なんにゃ、それ?」


 ミイナが、恐ろしそうに肩を竦める。


「文字通り、島みたいな鯨さ」

「想像できる様な、できにゃいような」

「とにかく、遭遇エンカウントしたら終わりと言われている魔獣さ」

「……そこは、避けた方が良さそうにゃ」


 いずれにせよ、カイトたちが魔大陸への上陸を試みるのはずっと先の話である。


「とにかく、今はレベルを上げましょう。可能な限り、迅速に」


 エレーヌの提言に、他の三人は頷く。


 全員のレベルを、20まで上げる。

 それを、当面の目標とした。恐らくカイトの【障壁】が、消失するはずのレベルだ。

 到達できたらここを発ち、次の町へ向かう。


「効率的にレベルを上げられる方法はないのか?」


 いつになくやる気を見せるカイトに、グレックが問い返す。


「本気で、目標のレベルまで短期間で上げる気はあるのか?」

「もちろん」


 真面目な顔で答えるカイト。

 グレックが、頷いてから言う。


「ならば、良い場所がある」


 カイトたちは、町の北側に広がる森の、比較的深い場所までやって来た。


 この辺りに棲息するのはさほど強くはないが、素材としての価値がほとんどない様な魔獣ばかりである。その為、わざわさ訪れる冒険者はあまりいない。

 つまり、この場へ来る目的は、ほぼレベル上げに限られる。


 しばらく歩き回っていると、不意に茂みがざわめいた。

 次いで、そこから無数の小さな影が飛び出してくる。


「さっそく、遭遇エンカウントしたみたいだ」


 グレックが、得意げな笑みを浮かべる。

 出現したのは、黄色っぽい毛並みの、子犬くらいの大きさがある鼠の魔獣の群れ。

 黄色鼠イエローラットだ。


 先陣を切って飛び掛かかってきた黄色鼠イエローラットを、カイトは素早く長剣を抜いて斬り捨てる。


「んにゃー」


 ミイナか群れの中に飛び込んだ。四散する鼠たちに、拳と蹴りをお見舞いしていく。


氷弾アイスショット


 グレックが魔法で氷の礫を作り出して射出する。

 それが鼠たちを、次々と撃ち抜いた。


 一歩退いた場所で、エレーヌはいつでも回復魔法が発動出来る様に身構える。

 が、黄色鼠イエローラットは攻撃力が低いらしく、誰も回復が必要な程のダメージを受けずに済んだ。


 いつの間にか、十数匹いた鼠の魔獣は残り一匹となっていた。


「待て、倒すなッ!」


 最後の一匹を片付けるべく、剣を振り上げたカイトを、グレックが留める。

 訝しそうな顔をするカイト。


 黄色鼠イエローラットは、頭を上に向けて吠える様な仕草を繰り返す。


「何をしているんだ?」

「助けを呼んでいるのさ。俺たちには、聴こえない鳴き声で」


 グレックの言う通り、しばらくすると茂み中から先程と同規模の鼠の群れが現れる。


 黄色鼠イエローラットには、敵に襲われ少数になると仲間を呼ぶ習性がある。

 それを利用すれば、効率的にレベルが上げられる訳だ。

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