冒険者は逃げ出した


 白いもふもふの魔鳥は、羽ばたき飛ぼうとする。

 が、すぐにその場で落下してしまう。


 僕らは、地面でバタバタとのたまう魔鳥に駆け寄る。飛べない理由は、すぐにわかった。

 羽の付け根付近に、一本の矢が突き刺さっているせいだ。

 赤い血が滲んで、純白の羽を汚している。


 アネモネは、その矢を引き抜く。

 本来は出血が激しくなる危険があるから避けるべき行為だけど、咄嗟だったのだろう。

 傷口からわずかな鮮血が吹き出す。


収納ストレージ


 僕は、回復薬ポーションの小瓶を掌に取り出す。薬液を鳥の羽の傷に振りかけると、瞬く間に癒えていく。


 アネモネは顔を酷く歪めると、手にしている矢をへし折った。


 一体、誰がこんなマネを?

 それ程深く考えなくても察しのつく事だ。

 この鳥は魔獣であり、今、僕らがいるのは人族領の森なのだから。


「おい、急げ。そう遠くへは行けていないはずだ」


 男の声が、そう遠くない場所から聞こえてきた。

 アネモネが一も二もなく駆け出す。


「待ってよ」


 止まる訳はないと思いつつ、そう呼び掛ける。

 当然、聞く耳など持たないアネモネを、僕は追いかけた。


 この場では、人族との戦闘は出来る限り避けるべきだ。

 いくらアネモネでも、力を十全に発揮できないのだから、苦戦する可能性だってある。


「たぶん、向こうだッ」


 再び、同じく男の声が轟く。

 アネモネが、そちらへと急激に方向転換。

 僕もそれに続くが、直後に彼女が立ち止まった為、勢い余りぶつかりそうになる。


 アネモネは、立ち並ぶ木々の向こう側を見つめている。

 僕もそちらへ視線を向けた。


 森の小径を、二人の人族の若い男が歩いている。どちらも軽鎧を身につけ、一人は矢を番えた弓を携えていた。

 間違いなく、あの魔鳥を撃ったのは彼らだ。

 恐らくは冒険者である。


 こちらの姿を晒すのは避けたい。とはいえ、アネモネは戦う気満々に見える。何か、良い方法はないものかなあ……。


 僕が考えているそばから、アネモネは二人のいる方へ飛び出していった。

 て、まじかよ?

 僕も、仕方なく彼女に追随する。


 ふたりの男たちは、即座にこちらの存在に気づいた。

 一瞬、彼らは硬直した。すぐに二人とも顔を青ざめさせ、思い切りその眼を見張った。


「ま、まぞくぅ?」

「ひやあああええッ!」


 人族の男たちは、僕らに背を向けて大急ぎで森の奥へと逃げ去った。


 僕はポカンとしてしまう。


 アネモネも、肩透かしをくらった様な顔で立ち尽くしていた。


 どうやら、この辺りで活動する冒険者のレベルはあまり高くはないらしい。

 魔族と遭遇すれば、一目散で逃げ出してしまうくらい。


 僕らは、元いた場所まで戻ってくる。

 白い鳥の魔獣はまだそこにおり、ライムにもふもふされていた。


 ここにいれば、また冒険者に襲われてしまうかもしれない。

 その鳥を、森のごく深い領域にまで連れて行く事にした。

 獣道すらろくに見られない場所で、魔鳥を放す。ここならば、人族がそう容易く踏み入る事もないだらう。


「もう、冒険者に見つかったりするなよ」


 名残惜しそうなライムの手を引き、僕らはその場を後にした。


「冒険者が憎いの?」


 歩きながら、僕はアネモネに問い掛ける。


 これまでの、アネモネの冒険者らに対する態度や言動を考えれば、それは明白だろう。

 理由についても、僕には大体の察しがつく。


「彼らが、魔獣を狩るから?」

「……うん」


 恐らく、アネモネは魔獣への愛情が他の者よりも強い。だから、冒険者が許せないのだろう。

 けど……。


「僕ら魔族も、魔獣を狩るよ」


 それに、もっと言えば、魔獣自身も他の魔獣を狩る。


「わかってるよ。けど、ボクたちと人族とでは、魔獣を狩る理由が異なるだろう?」


 僕らや魔獣は、あくまで糧とする為だ。対して、人族は様々な理由で魔獣を狩る。

 各種の素材を得る目的や、単に趣味としての魔獣狩りをする者もいるらしい。


「ボクが一番許せないのはレベル上げさ」


 人族らは時に、自らのレベルを上げる為に大量の魔獣を倒しまくるらしい。


「キミの考えを聞いた時、とても良いと思った。だからボクは、キミについていく事にしたんだよ」


 僕の考え……と、いうか思い付き。

 勇者をレベル1のうちに倒す。

 確かにそうすれば、無駄に魔獣が狩られる事を防げるだろう。


 もうすぐ、僕らはたどり着く。

 そのレベル1の勇者がいるかもしれない、はじまりの町へ。

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