魔族が人族領に来たくないワケ


 木々が、すごい速さで眼前を流れていく。


 資金に余裕があるので、最も速く、かつ豪華な馬車に乗る事が出来た。


 客車にいる僕ら以外の三人の乗客は、いずれも身なりの良い年配の男女で、裕福な身分であるのが窺える。

 明らかに場違いな僕らは、乗り込んだ直後は彼らから物凄く訝しげな視線を向けられた。


 おかげで、思ったよりもずっと早く目的地へ到着できそうだ。

 はじまりの町、【モルタニア】へ。


 ライムが外の景色を不思議そうに眺めている。

 きっと、こんなスピードで移動する乗り物は初めてなのだろう。


 興味が高じたのか、幌の外へ身を乗り出す。


「んわあああああ」


 強風を受けたライムの顔が、歪に変形した。


 僕は、慌ててライムの身体を幌の中へ引き戻す。

 魔獣である事がバレてしまうだろ。


 さいわい、他の乗客たちは会話や新聞に夢中で、こちらを見てはいなかった。


 馬車は街道を、土埃を舞い上げながらひたすら走行し続けた。

 いくつかの休憩ポイントを経て、やがて中継地である町へたどり着いた。


 エマーヒルというその町は、ヤクゥツードとエリムの間くらいの規模である。


 入場税は支払う必要がなくて済んだ。

 冒険者ギルドのカードが、身分証の役割を果たしてくれたからだ。


 ちなみに僕の冒険者ランクは、最低のFからDにアップしていた。盗賊団討伐の功績により、一気にふたつも昇格したのだ。

 受付のお姉さんからは、「ぜひともこの町に残って、活動を続けて下さい」と、懇願されてしまった。

 まあ、盗賊をぶちのめしたのは、ほとんどアネモネなんだけど。


 例により、まず僕ひとりで町に入り、アネモネとライムは【転移ワープ】で町の中へと連れてきた。


 既に夕食の時間だ。

 島から【収納ストレージ】に入れて持ってきた食料は、もうほとんど残っていない。

 本来、僕一人の予定だった分量を三人で食べたのだから、思ったより早く尽きてしまった。


 ただ、現在はお金が十分にある。

 人族の貨幣の価値が、今ひとつ把握できていないので、手元の金額がいかほどなのかよくわからない。

 けど、食費や宿代に困る事はなさそうである。


 町の大通りを歩き、とりあえず目についた食堂へ入ってみる。

 おすすめメニューを三人前、注文した。


 ハンバーグに付け合せのポテトとサラダ、それとパンのセット。

 何の肉かはよくわからないけど、ハンバーグは甘みのある濃厚なソースが最高に美味だった。


 ライムが掌にパンをのせている。

 多くの人々が見ている前で、アレをさせるのはまずい。


「こうするんだよ」


 僕はパンをちぎって食べて見せる。


 ライムは、パンをまるごと口の中へ入れた。彼女の頬が風船みたいに膨らんだ。

 ついで、萎れるみたいに元に戻る。


 ……へんな食べ方するなよ。

 まあ、掌から吸収するよりましだけど。


 その晩、僕は初めて人族の宿に泊まった。

 ベッドと小さな机と棚があるだけのそっけない部屋だ。

 フルボリ城でのふかふかのベッドに慣れた僕には少し固めなベッドだけど、寝心地はそんなに悪くなかった。


 翌朝、馬車の乗り場へ向かうと、出発は昼すぎだと係員から言われる。


 時間を持て余した僕らは、近くの森へとやって来た。


 アネモネは、【变化の腕輪メタモルリング】を外した状態で、飛んだり跳ねたりする。さらに、ナイフを振るってもみせた。


「どんな感じ?」


 僕が聞くと、アネモネは険しい顔をする。


「せいぜい、いつもの半分くらいって所だね」


 彼女の動きは、僕の目から見ても精彩を欠くのが明らかだった。


 レベル1の勇者を倒すのが難しいのには、もう一つ理由がある。


 僕ら魔族の体内には、「核」と呼ばれる器官がある。

 それはヨール島において、最も活発に機能する。

 特に魔王城の近辺で、持てる潜在力ポテンシャルを最大限に発揮できる。

 逆に島から遠ざかると、僕らの力は弱体化する。


 これまでは、比較的大陸の島寄りの地域を移動していたので、さほど能力の低下を意識せずに済んできた。

 が、こうも島から遠く離れた場所まで来ると、影響もさすがに無視できなくなってくる。

 僕の魔力も明らかに弱まっていた。


 【転移ワープ】出来る距離は大幅に縮まっており、【变化の腕輪メタモルリング】を嵌めた状態では、ごく短い距離しか飛ぶ事が出来ない。


 魔族の多くは、人族の領域での戦いは出来れば避けたいと考えている。


 アネモネがふと動きを止めた。木々の奥へ視線を向けて、ぽつりと言う。


「何か、来るよ」


 僕もそちらを見るが、特に何も感じない。


「まさか、冒険者?」

「いや、違うと思う」


 次の瞬間、木々の隙間から白い塊が僕らの元へ飛び込んでくる。

 もふもふの真っ白な羽に全身を覆われた、鳥の魔獣だ。

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