勇者カイトはようやく反省する


 その晩、カイトは飲んだ。

 元来、酒はあまり強くない彼である。こうして酒場に入り浸る事自体が稀だった。


 グレックやエレーヌが、飲み過ぎだと窘めるのも聞かず、ひたすら杯を重ねた。


 結果、テーブルに突っ伏す彼を見て、他の三人は呆れつつも半ば諦めていた。やけ酒に走りたくなる気持ちも、わからなくはないからだ。


「ダークポーション?」


 訝しげに問い掛けるグレックに、エレーヌが応じる。


「そう呼ばれている違法な薬品の、原料となる実です」


 先日、カイトが口にしたものは、恐らくそれであろう。

 摂取すると、力や敏捷性、耐久力などのステイタスが大幅に上昇する。

 が、あくまで効果は一時的なもので、その後には副作用として様々な状態異常バッドステイタスに見舞われる。


 カイトの場合、全身に激痛をおぼえ、宿で三日間寝込む羽目に陥った。


 つまり、騙された訳だ。

 まあ、非合法な商人からものを買えば、ろくな目に遭わない。

 カイトにとっては良い勉強になったはずだ。


「それくらいで済んで、まだましだったと思うべきですよ」


 全ステイタス値が1となってしまう様な、恐ろしい副作用もあるらしい。

 カイトが口にしたのは、精製されていない実の状態だった。その為、効果はさほと強くはなく、副作用も比較的軽かったのだろう。


「ううぅ、あたしも食べちゃったにゃ」 


 不安で仕方なさそうな顔をするミイナを、エレーヌが諭す。


「一口だけでしたし、すぐに吐き出したから平気ですよ」

「けど心配にゃ。ぜんぶカイトのせいにゃあー」


 ミイナは、突っ伏すカイトの背中を拳でポカポカと叩く。

 カイトはむっくりと身を起こすと反論する。


「お前だって、あの実を探すのに乗り気だったじゃないか」

「おいしい実だと思ったからにゃ」

「だから、それはお前が勝手にそう思い込んでいただけだろう?」

「そもそも、あんな実に頼って強くなろうするのがいけないにゃ!」

「何だとお?」


 その時、ひとりでカウンターで飲んでいた中年男が、剣呑さを顕にカイトたちの方を振り向く。


「たく、うるせえなあ」


 風貌や醸し出す雰囲気から、年季の入った冒険者だと察せられた。


「あ?」

「ガキは早くうちへ帰って寝ろ」


 カイトは、席を立ちカウンターにいる男の元へ千鳥足で歩み寄る。


「てめえ、オレを誰だと思っているんだ?」

「よせ、カイト」


 引き留めるグレックの腕を、カイトは振り払いのけた。


「ハッ、ひよっこの冒険者だろ?」


 小バカにした様な男の態度に、カイトはキレた。


「口の聞き方に気をつけろ、オレはな『勇者様』だぞッ!」

「ば、バカ」


 咄嗟にグレックは、カイトの口を掌で塞ぐ。


 憤懣やるかたない感じのカイトは、もごもごと何かをまくし立て続けている。


 ミイナがそれをかき消そうと、わーわー、にゃーにゃー大声を発する。そんな事をすれば、余計に不審がられるだろう。


 とにかく、この場からは退散したほうが良さそうだ。

 グレックとエレーヌは、カイトの身体を担いで店の外へ連れ出した。


 そのまま、町の中央広場までやって来る。

 もう時間も遅い為、人気はほとんどない。


 しばらく夜風に長く当たっているうちに、カイトの酔いも、ようやく冷めてきたようだ。


 やがて、ぽつりと言う。


「そんな間違っているかな、オレの考えアイデア


 エレーヌは、ふうと溜息を漏らす。


「ひとつの策としては、ありなのかもせれません」

「だったら……」

「けど、わたしは反対です」

「なんで?」

「うまく言えませんけど、何でいうか……勇者らしくないからです」

「え?」


 いつになく寂し気な様子のエレーヌに、カイトは少し戸惑ってしまう。

 この際だからと、エレーヌは言うべき事をカイトに伝える事にした。


「【障壁】が、上級の冒険者たちに何とよばれているか、ご存知ですか?」

「さあ」

「勇者のゆりかご」

「……」

「障壁に護られている勇者は、一人前とは見なされていないんです」


 カイトは俯くと、押し黙る。


「お前がどうしてもって言うなら、オレたちは付き合うぜ」


 グレックが、そんなカイトの肩を軽く叩く。


「勇者の意志は尊重する。その実を本気で探す気なら、オレたちは従うまでだ。……な?」


 エレーヌとミイナは、頷く。


「いや、もういい」


 そう言って、カイトは顔を上げる。

 どこか吹っ切れた様な表情だった。


「明日から、やる事にするよ」

「何を?」

「決まってんだろ」


 カイトは軽く笑みを浮かべる。


「レベル上げ」

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