ライム


 外套を羽織っただけのライムを見て、僕はラキュアに頼んでみる。


「あの、この子に服ってお借りできませんか?」


 泊めてもらう上、図々しいかもしれないけど。


「わ、わたくしのドレスで良ければ……」


 ラキュアは、椅子の後ろから顔半分だけ覗かせてこちらを窺い見る。


「けど、きっとサイズが合わないです」


 確かに両者では身長差がありすぎる。

 そこで、僕はハタと思い出す。


 あの廃屋のクロゼットに収まっていた数々の服、小さいサイズの方はライムにぴったりかも。


 僕はすぐに、廃墟の裏手に【転移ワープ】を用いやってきた。

 家屋の壁の隅に、念の為【刻印マーキング】を施しておいたのだ。


 辺りに人気はなさそうだが、一応、【变化の腕輪メタモルリング】を嵌めて人族の姿になっておく。


 家の中へ入り、階段を上がって子供部屋へ。

 クロゼットを開けて、小さいサイズのブラウスやスカート、ワンピースなどを取り出す。


 うーん、どれを持っていくべきかな。

 ファッションセンスなど皆無な僕には、判断がつかない。

 えーい、全部持っていこう。

 すべて、【収納ストレージ】へと入れ込んだ。


 家を出た所で、バッタリ人と出くわす。

 痩せた小柄なオバサンである。こちらを見て、顔を顰める。


 まずい、泥棒と思われたかも。まあ、やっている事はまさしくそうなんだけど。


「冒険者かい?」


 オバサンは、僕を品定めする様に見ながら問い掛けてくる。


「え……あ、はい」


 そういう事にした方が都合が良さそうだ。


「魔獣は退治できたの?」

「いいえ、まだ」

「まったく、何処から入りこむのかねえ」


 溜息とともに立ち去ろうとするオバサンを、僕は引き留める。


「あの、近所の方ですか?」

「そうだけど」

「ひとつ、お聞きしたい事がありまして」

「何だい?」

「この家に住んでいた、娘さんのお名前ってわかりますか?」


 オバサンは、なぜそんな事を訊くのか訝しそうな顔をしつつ答えた。


「アンナ、だけど」


 ……やっぱり。


 城に戻り、部屋でベッドに横になるも、僕はなかなか寝付けずにいた。


 ライムはあの家で暮らしていた?

 しかも、まるで家族のひとりのように。


 いくら亜人とはいえ、人族が魔獣と一緒に暮らすなんて僕には信じられなかった。

 けど、状況から判断すればそうとしか思えない。


 その時、ドアの下の僅かなすき間から何かが室内に入り込んできた。

 青くて半透明、水溜りの様なそれは、床を這い部屋の中央付近までやってくる。


 な、何だ? 一体……。


 水溜りの真ん中が盛り上がり、その形状が変化し始める。やがて、人の形になっていく。


「ライム?」


 初対面の時と同様、裸のライムがそこにいた。


 僕は、慌ててドアの外を窺い見る。

 部屋の前に、廃屋から持ってきて彼女に与えたブラウスやスカートが、脱ぎ散らかした様に落ちていた。

 それらを拾い上げ、ライムに着させた。


「どうしたの?」

「おうち、かえる」

「……おうちって、あの廃屋にか?」

「ん」

「あそこには、もう誰もいないよ」

「あんな、かえってくる」

「ライム……」


 僕は身を屈め、ライムと視線を合わせる。


「アンナは、もうあの家には帰っては来ないんだ」

「なんで?」

「すごく遠い所へ引っ越してしまったんだよ」

「ううぅ」


 ライムは泣きそうな顔をして俯く。


「けど、アンナはけしてお前の事が嫌いになった訳じゃないよ。どうしても、そうしないといけない事情があったんだ」

「……」

「だから、今晩はここで寝よう」

「ん」

「さ、アネモネの部屋に戻ろう」


 そう言うと、ライムは顔を顰めた。

 やっぱり、あの寝相の彼女と同じ部屋というのは酷か。


「じゃあ、ここで寝るか?」

「ん」


 僕は、マットレスや毛布を借りる為、ラキュアの元へ向かう。

 それらを持って部屋へ戻ると、ライムはベッドで横になりすやすや寝息を立てていた。


 はだけていた掛け布団を直してやると、ライムの小さな掌が、僕の右手をぎゅっと握りしめた。


「あんな……」


 そうつぶやくライムの目から、一筋の涙が流れ落ちる。

 僕はライムの頭を優しく撫でた。

 今夜は、僕がアンナの代わりだ。

 しばらく、ライムが手を離すまで、ずっと握らせつづけた。

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