スライムの少女


 開いた窓から出てきたのは、女の子だった。

 水色の長い髪。コバルトブルーの大きな瞳と、小さめの鼻と口。

 真っ白な肌、ほとんど平な胸……。

 て、裸?


収納ストレージ


 外套を取り出した僕は、少女に駆け寄りそれを羽織らせた。

 彼女は不思議そうな顔で、青い瞳をこちらへじっと向けてくる。


「き、君は一体……」


 その時、頭上から声が降ってきた。


「おい、気をつけろッ!」


 見上げると、ケルビンが二階の窓から身を乗り出している。


「そいつがスライムだ」

「……そいつ?」

「だから、その娘だよッ!」


 僕は少女へ視線を戻す。

 汚れひとつない様な瞳で、こちらを見ている。


 一体、何を言っているんだ?


 まるで、僕の心の声に答える様にケルビンが言い放つ。


「信じてくれ、俺の目の前で変身したんだッ」

「ま、まさか」


 ケルビンは苛立つ様に舌打ちすると、窓辺を離れた。


「どうかしたのかい?」


 アネモネが、こちらへやって来る。大声で、何やらやり取りしているのが聞こえたのだろう。

 少女の姿を見るなり、訝しそうな顔で僕に問う。


「何だい、この子は?」

「それが……スライムらしいんだ」

「はあ?」


 アネモネは思い切り眉根を寄せる。


 あり得ない話ではなかった。

 魔獣の亜人化は、あらゆる種で確認されている現象だ。

 けど、スライムの亜人は極めて稀だと思う。


 廃墟の角からケルビンが飛び出してくる。その右手には、剥き身の短刀が握られていた。


「そいつを、こちらへよこしてくれ」

「ちょっと待ってよ、この子をどうするつもり?」

「決まっているだろ。その娘は魔獣なんだ」


 水色の髪の少女は、僕の背中に隠れる様にしている。


 「けど、この子は人に危害を加えたりはしていないよ」

「そんな事は関係ない。魔獣であれば退治すべきだろう?」


 ケルビンは、それがごく当たり前である様に言い放つ。

 何だか、僕の方がすごく的外れな事を口にしている気分にさせられる。


「早く、そいつをこちらへ差し出してくれ」


 ケルビンは短刀を構えつつ、こちらへにじり寄ってくる。

 僕の背後にいる少女は、こちらの腕をぎゅっと掴んだ。その身体は小さく震えている。


 さらに、僕らの方へ接近するケルビン。


「アネモネ、ごめん」


 そう言うと、アネモネは訝しそうな顔をする。

 僕は、自らの右手首に嵌めた【变化の腕輪メタモルリング】を外す。


 劇的な変化が、僕の外見にあった訳ではないはずだ。

 一瞬、ケルビンは何が起きたのか理解出来ていない様な顔をしていた。


 が、すぐに僕が何者であるか理解したらしい。


「ま、まさか、お前は……」


 ケルビンは目を大きく見開き、周囲に轟く声で叫んだ。


「だ、誰か来てくれッ! ここにまぞ……」


 即座に僕は魔法を発動する。


行動停止ドンムーヴ


 駆け出そうとした姿勢で、ケルビンは固まる。


 僕は少し腰を屈めて、背後の少女と同じ視線になってから問い掛ける。


「僕と一緒に、この場から移動してくれるかい?」

「……ん」


 アネモネを見やり、僕は小さく頷く。彼女も僕のすぐ側までやって来る。


 ケルビンに施している、【行動停止ドンムーヴ】を解除する。


「ひいいいッ」


 顔面を蒼白にさせたケルビンは、転倒しそうになりながら走り去った。


転移ワープ


 僕らは森の奥深くまで転移してくる。


「ごめん、アネモネ」


 唐突ともいえる僕の謝罪に、アネモネは訝しそうな顔をする。


「え?」

「もう、あの町へは行けないかも」


 正体を知られた以上、そうならざるを得ない。


「別に構わないさ。それにキミが何もしなければ、ボクがナイフを抜いていたかな」


 アネモネは悪戯っぽく微笑むと、水色の髪の少女に向き直る。


「本当にキミはスライムなのかい?」

「ん」

「どうして、あの廃墟にいたんだ?」

「おうち」

「何でか訊いているんだよ」

「うぅ」


 アネモネが疑問を抱くのも当然だ。が、僕にはそれとは別に不可解に思う点があった。


「言葉は誰に教わったの?」


 魔獣が自然と人語を操れる様になるはずはない。


「あんな」

「……アンナ?」

「ん」

「ちなみにだけど、君に名前はあるの?」

「らいむ」

「誰につけてもらったの?」

「あんな」


 アネモネを見ると、訝しそうに首を傾げている。


 お腹も空いてきたので、この場で昼ご飯とする事にした。

 けど、スライムって何食べるんだ?

 とりあえず、ロールパンを与えてみた。ライムは掌に乗せたそれをじっと見つめている。


「どうした? 食べていいぞ」

「ん」


 頷くも、ライムはパンを口へ運ぼうとはしない。

 次の瞬間、パンが溶け出す様にライムの掌の中へ吸い込まれていった。


「……お、おいしい?」

「ん」


 一応、味はわかるのか。


 ともかく、結果的にこの日も全く収入は得られなかった。

 人族の世界でお金を得るのって大変だなあ……。


 で、この夜も、僕らはフルボリ城のお世話になる他なかった。


「どうぞです。毎晩でも歓迎いたしま……」


 椅子の陰からこちらを窺い見たラキュアは、驚きを露にする。


「ひ、ひとり増えてますぅ」

「まずかったですか?」

「このお城、お客様が泊まれる部屋はふたつしかないんです」

「そっか、じゃあライムはアネモネと同じ部屋だな」

「ん」

「ホクも構わないよ」


 平然と頷くアネモネを見て、少しだけ不安になる。

 翌朝まで、ライムは無事でいられるかな……。

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