廃墟の中


 屋内へ入ると、少し驚かされた。


 家具や絨毯、照明器具などがそのまま残されている。本当に突然に、主が失われてしまった事が窺えた。


 一階はリビングやキッチン、バスルームなどで、床や棚に埃が積もっているものの、荒れ果てた印象はない。

 二階へ上がると、一目で子供が使用していたとわかる部屋があった。

 片隅に子供用のベッドがあり、枕元には可愛らしい少女の人形が置かれている。


 室内を見回した僕は、ふと違和感に襲われた。


「アネモネ、これ見てくれる」


 僕は部屋の隅に置かれた、二足の靴を指さす。

 アネモネは眉根を寄せる。


「靴がどうかしたのかい?」

「サイズ、違くない?」


 どちらも子供用だろうが、一方はもうひとつに比べて明らかに小さい。


 クロゼットを開けてみると、ブラウスやワンピース等が収まっている。が、それらもなぜか二通りのサイズがある。


「確かに、スライムは何処にもいないみたいだ」


 ケルビンは、家屋内を一通り探し終えたらしく、僕らの所へやって来る。


「このうちの娘って、姉妹だったの?」


 なぜそんな事を訊くのか、ケルビンは訝しそうな顔をする。


 「いや、ひとりっ子のはずだけど」


 その日は、仕方なく廃屋を後にした。


 スライムが不在だった以上、当然、報酬は受け取れない。そればかりか、依頼は未達成だから冒険者としての査定にも影響しかねない。

 受注する者がいないのも納得出来る。


 ケルビンが、僕らが冒険者でない方が都合がよいと言った理由もわかった気がした。


 依然、無一文の僕らは宿に泊まる事もできない。

 うーん、どうしよう……。


「すいません、もう一泊させて貰えませんか?」

「ど、どうぞですぅ」


 僕のお願いを、ラキュアは相変わらず椅子の後ろに隠れながら快諾してくれた。


 結局、【転移ワープ】を連続で用い、僕らはフルボリ城へと戻ってきた。

 町の宿屋よりもずっと豪奢な部屋に泊まれる。


 腕輪を嵌めた状態でも、【収納ストレージ】や【刻印マーキング】はあまり支障なく使用できた。

 が、【転移ワープ】は、移動可能な距離が大幅に短くなってしまう。特に他者を伴う場合は、腕輪を外さないと厳しい。


「ボクのアイデアを聞いてくれないかい?」


 僕の部屋で、【収納ストレージ】から取り出した肉料理とスープの夕食を取っていると、アネモネがそんな事を言い出す。


「アイデアって?」

「もちろん、レベル1の勇者を倒す方法のだよ」


 得意げに、アネモネはその大きな胸を張る。


「へえ、どんな?」

「まず、何処かにトラップを仕掛けるんだよ。それも即死系の」

「で?」

「その真上に、勇者をキミの【転移ワープ】で連れてくる」

「……前に言った事、忘れた?」

「へ?」

「【転移ワープ】させるには、相手の同意が必要なんだよ」

「……あ」


 あ、じゃないよ。

 勇者が、僕の【転移ワープ】に同意するはずがない。


「じゃ、じゃあこういうのはどう?」


 アネモネは諦めずに続ける。


「まず、キミが勇者と友達になるんだよ」

「勇者と?」

「うん。そうすれば、キミの【転移ワープ】にも同意するはずさッ」

「け、結構、非道なやり方だね」

「どお?」


 目をキラキラさせ、アネモネは僕を見てくる。


「うーん、勇者と友達になるって、難易度高すぎでしょ?」

「そ、そうかい?」

「ていうか、仲良くなれるなら討伐する必要もないような」

「う……」


 痛い所を突かれた様な顔をアネモネはする。


「けど、ありがとう」

「え?」

「僕の為にアイデアを出してくれて」


 そう言うと、アネモネは顔を赤く染める。


「べ、別にお礼なんていらないよ。ボクが好きで考えてただけだから」

「そ、そう? けど本気でありがたかったから」


 なぜかアネモネは、耳の先まで真っ赤に染める。


「ぼ、ボクはもう部屋に戻って寝るよ」

「うん、おやすみ」


 アネモネは、逃げる様に僕の部屋から出て行った。


 翌朝、僕らは冒険者ギルドでケルビンと合流する。

 受付で、再びスライム退治の依頼を受注し、廃墟へやってくる。


 昨日と同様に、僕は掌に頭骨を乗せたまま家屋へと歩み寄ってみた。


 カチッ。

 頭骨が、一度だけ歯を打ち鳴らす。

 廃墟の中に何か虚弱な生き物が存在する証だ。

 ちなみにこの頭骨、虫や小動物にまでは反応しないらしい。

 つまり、スライムである可能性が高い。


 それを告げると、ケルビンは少し緊張した面持ちになった。


 僕とアネモネは、それぞれ家屋の正面と裏手側に立って見張る。

 ケルビンが、玄関から中へ入っていく。


 しばらく、廃墟はしんと静まっていた。

 が、唐突にケルビンの驚きを孕んだ大声が轟く。


「ま、まじかよ?」


 何事かと思っていると、ケルビンは続けて叫ぶ。


「逃げたぞ、一階の裏手側だッ!」


 それは、僕が見張っている場所だ。

 一階の裏手全体を注視する。

 ふと、窓のすりガラスの奥で影が揺れた。さらに、その窓がゆっくりと開く。

 僕は、いつでも動き出せるよう身構えた。


 ……え?

 思わず、僕はその目を疑う。


 開いた窓から這い出てきたのは、小さな女の子だった。

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