スライム退治


「自己紹介がまだだったね、俺はケルビン」


 空いていたテーブルに、対面して腰を下ろすと青年はそう告げた。

 こちらも名乗るのが礼儀だとは思う。けど、本名を明かすのはさすがに憚られる。


「ぼ、僕はドール。彼女は……ネモネア」


 何の捻りもない偽名になってしまった。しかも、ネモネアって何か言い難いし。

 隣に座るアネモネが、こちらへジト目を向けているのがわかる。


 ケルビンは特に気に留める様子もなく、僕らに手伝ってほしいという依頼クエストの話を始めた。


「スライム退治?」

「うん、それもこの町の中で」

「町の中に魔獣がいるの?」


 驚く僕をよそに、ケルビンは説明を続ける。


 この町の外れに一軒の廃墟がある。

 かつてそこには、若い夫妻とその娘が暮らしていた。が、馬車の事故で亡くなってしまった。


「三人とも?」

「ああ、悲しい話だ」


 主を失ったその家には、直後よりあるうわさが囁かれるようになった。


「幽霊が出るんだよ。小さな女の子の」

「そういううわさって、人族にもあるんだ」


 独りごちた僕に、ケルビンが眉根を寄せる。


「人族にも?」

「……あ、いや、何でもない」


 僕は慌てて手を振ってごまかす。


 うわさのせいもあってか、新たな買い手は中々現れなかった。

 不動産業者が値引きをした結果、霊など気にしないという購入希望者が現れる。

 その人物が、業者の案内で見学へ訪れた時である。


「家の中に、スライムがいたんだ」


 魔獣の棲みつく家になど、誰も住みたくはない。

 いわば、二重の事故物件になってしまった訳だ。


 ともかくスライムだけでも退治しなければと、不動産業者は冒険者ギルドに討伐依頼を出した。


 簡単な仕事である。すぐに、一組の冒険者が受注して廃墟へと赴いた。

 が、スライムはいなかった。家の隅々まで探したのに見つからなかったらしい。


 恐らく、いずこかへ去ったのだろう。

 そう考えた不動産業者は、新たな客をその家に案内した。

 すると、またスライムが現れた。

 再度、冒険者ギルドへ討伐依頼を出す。が、退治へ向かうとなぜかスライムはいない。


 そんな事が、いくどか繰り返されたらしい。 

 やがて、誰もその依頼を受けなくなった。


「つまり、退治するのはそのスライム?」

「ああ」


 僕の問いに、ケルビンは力強く頷く。


「けど、またいない可能性が高いような……」

「安心してくれ、俺には作戦があるんだ」


 彼の言う作戦とは、いたってシンプルだった。


「スライムが現れるまで、毎日その家に通う」


 つまり、日々、同じ依頼を受注し続けるつもりらしい。


 その作戦の最大の弱点は言うまでもない。

 スライムがいなかった場合、依頼は達成できないのだから報酬は得られない。魔獣が現れてくれるまで、収入ゼロが続いてしまうのだ。


「だいじょうぶ、貯蓄があるから」


 十日くらいは暮らせるように、予め蓄えておいたらしい。


「どうしてそこまでして、その依頼を受けるの?」


 僕は当然の疑問を口にする。


「そ、それは……」


 ケルビンは一度、口ごもり俯く。言い難い理由なのだろうか。

 彼は顔をあげると、真顔でこう言った。


「一度でいいから、この手で魔獣を退治してみたいんだッ!」


 ……そんな理由?


 ただ、戦闘力に乏しいケルビンにとって、その依頼は念願を叶えるまたとない機会といえた。

 討伐対象は虚弱なスライムで、しかも町の中にいる。危険な森や洞窟へ行く必要もない。


 ケルビンの話を聞いている間、アネモネはずっと黙っていた。けど、ずっと彼へ睨む様な目を向けていた様な気がする。


 早速、その場で件の依頼を受注して、僕らは現場へ向かった。


 町の一番外れに、その廃墟は建っていた。二階家で、それ程大きくはないが親子三人で住むには十分だろう。

 まだ新しく、外見からでは廃墟と思えない程だ。


「僕らは、何をすればいいの?」

「外から見張っていて欲しいんだ。魔獣が逃げ出さないように」


 ケルビンはギルドから預かった鍵で、玄関を解錠する。

 そこで僕は、入る前にスライムが家屋内にいるか確認しておくべきだと思った。

 コートのポケットに右手を入れて、小さな声で唱える。


収納ストレージ


 さもポケットに入っていたかの様に、僕は頭骨を取り出す。

 ケルビンとアネモネに廃墟から離れてもらい、僕も家屋から一旦遠ざかる。

 頭骨を掌に乗せた状態で、家へと歩み寄った。


 外壁のすぐ手前、つまり頭骨が探知できる範囲内に家屋全体が含まれる場所まで近づく。

 が、頭骨は一度も反応を示さなかった。


「今、家の中にスライムはいないよ」

「わ、わかるのか?」


 ケルビンは半信半疑みたいな顔で、玄関のドアを開けた。

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