冒険者になんてなりたくない


 ようやく、僕らはヤクゥツードの町内へと足を踏み入れる事が出来た。

 やはり……でかい。


 メインストリートと思しき通りの幅は、タオラの目抜き通りの倍以上はある。往来する人々の数も桁違いに多かった。

 店も多様で豊富すぎて、目移りが止まらない。


 ただ一方でこうも感じた。

 何か……古くね?


 馬車こそ通過するものの、魔導車は一台も見掛けない。街灯もヨール島では見ない様な古い型だ。魔導開閉扉の店舗も見当たらない。

 魔導具については、人族は僕らに比べて遅れていると聞くけど、事実そのようである。


「で、これからどうするんだい?」


 歩きながら、アネモネが問い掛ける。


「勿論、お金を稼ぐよ」

「どうやってさ?」


 僕には、その術について一応のあてはある。

 街路図によると、目的の建物は町の入口付近にあるらしいので引き返す必要があった。


 あまり新しくはないが、頑丈そうな石造り、三階建ての施設へ僕らは入っていった。


 一階はひと続きの広々とした空間だ。

 人の数は、それ程多くはない。奥に並ぶカウンターも閑散としている。

 時間帯のせいかもしれない。


 一角には十くらい椅子やテーブルが並び、その半分くらいは埋まっており人々が歓談中だ。

 多くが鎧姿で、各々の傍らには鞘に収まった長剣や、槍、弓などが置かれている。


「ボクはイヤだ。冒険者になるのなんて、ごめんだよ」


 アネモネは、僕の提案を強く拒否する。


「どうして?」

「当然だろ、冒険者なんてクズみたいな存在さ」


 いや、その台詞は冒険者ギルドの施設内で口にしちゃ駄目なやつでしょ。しかも、大声でッ!


 僕らの方へ無数の視線が向けられているのを、ビシビシと感じる。

 ただ、怒りや非難の言葉を投げつけられる事はなかった。それ所か、笑いながらこんな事を口にする人たちもいた。


「お嬢ちゃんの言う通りだ」

「俺も、ならない方がいいと思うぜ」


 ……冒険者って、何なの?


 なぜ、アネモネがそれ程まで冒険者という存在をを嫌悪するのかも不明だ。けど、無理強いはできない。

 ただ、依頼クエストを受注して報酬を得るには、冒険者登録する必要がある事は、本などで読んで知っている。

 とりあえず、僕だけでも登録するか。


 受付のお姉さんに、新規の登録を希望する旨を伝えると、立て板に水の応対で説明してくれた。


 まず、用紙に氏名、年齢、種族、魔法の有無等を書き込む。僕の場合、本当の事は書けない欄が多いな。特に、種族。


「それが済みましたら、こちらで【鑑定】をさせていただきます」


 お姉さんは、カウンター内の隅に設置された機器を指し示す。台座の上に幾何学的な紋様の描かれた、半透明の板が設置されている。


「鑑定?」

「はい。ステイタスを確認させていただきます」


 たぶん、僕の顔には懸念の表情が露骨なくらい現れていたのだろう。

 お姉さんは、慌てて取り繕う様に説明を補足する。


「ご安心ください。魔法やスキルの詳細までは調べませんので」


 それも確かに重要な点ではある。

 ただ、僕が憂慮したのはもっと別の事だ。


 あの機器で僕の正体がバレはしないだろうか?


 ラキュアは、偽装は容易には見破れないはずと自信を見せてはいた。

 けど、これだけ大規模な町の冒険者ギルドである。極めて高性能な鑑定機器を導入している可能性も、なくはない。


 こんな冒険者だらけの場所で、もし魔族である事が露見すれば非常にまずい事になるだろう。


 登録は、今よりもっと人が少ないタイミングを狙ってした方が賢明かもしれない。

 それと、アネモネは同行させない方がよさそうだ。万一、正体が知られた場合、危険である。冒険者たちの身が。


 せっかくなので、どんな依頼があるのかくらい確認しておくか。


 入口から見て右手側の壁一面が、依頼掲示版クエストボードとなっている。

 今は十数枚程度の依頼書が張られているのみで、寂しい感じだ。恐らくそれらは、売れ残りなのだろう。


 どぶ掃除、引っ越しの手伝い、魔虫退治……。


 地味できつそうな依頼ばかりである。残っているという事は、報酬もあまり良くないのかも。


「君たち、新人ルーキーかい?」


 突然、声を掛けられる。振り向くと、一人の青年が佇んでいた。

 茶色い短髪で、中肉中背。歳は十代後半くらいに見える。


「どうして、そう思うんですか?」

「そりゃ見ない顔だし、こんな時間に掲示版なんて見ているからさ」

「はあ……」


 それってそんなに奇異な事なのだろうか。


「冒険者の経験はどれくらい?」

「いや、実は……」


 僕は、まだ冒険者の登録すらしていない事を打ち明ける。


「へえ、それはむしろ好都合かも」


 青年はつぶやく様にそう独りごちた。

 さらに、僕らを見て言う。


「君たち、俺の仕事を手伝わないか?」


 アネモネを見やると、訝しそうに眉根を寄せていた。


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