人族の常識は僕らの非常識


 朝、僕らは早くに城を発った。


 昨晩は、城内で一泊させてもらった。

 ベッド付きの豪奢な部屋を、ひとり一つずつあてがわれた。

 恐らくアネモネは、朝までベッドの上にはいなかったのだろうけど。


 ラキュアのおかげで、人族の外見を手に入れる事が出来たから、馬車の利用も可能なはず。けど、何処へ行けば乗れるのだろう?


 出発前、一応ラキュアにも訊いてみた。


「わからないですぅ。わたくし、お城からほとんど

出た事がないので」


 ダンジョン管理者マスターって、ひきこもり気質でないと務まらないのかも。


 ともかく、まずは森を抜けなければ。


 城の門前から何処かへ続く舗道の痕跡が、繁茂し放題の雑草の中に僅かながら確認出来た。

 これを辿れば、きっと森から出られるはず。


 歩きながら、もう一つ解決しなければならない問題がある事に気付く。


「アネモネ、お金持ってる?」

「ない」

「……だよね」


 聞いた僕が、バカだったかも。

 馬車を利用する際は、当然運賃が必要になる。けど、人族の貨幣なんて僕も持ってはいない。

 うーん、どうしよう。


収納ストレージ


 取り出した地図を広げてみる。


 森を抜けた少し先に、【ヤクゥツード】という町が存在している。地図上で見る限り、それなりに大きな町の様だ。

 都会であれば、乗合馬車も運行しているだろうし、お金を得る術も見つかるかもしれない。


 次は、この【ヤクゥツード】を目指そう。

 アネモネにも特に異論はないようだ。


 程なく、森を抜け草原へと出た。さらにそこから少し進むと、街道らしきにぶつかる。


 僕らはそこで、さっそく【变化の腕輪メタモルリング】を装着した。

 これでもう、人族の目も気にせず街道沿いを歩ける。

 実際、一台の馬車が僕らの横を通過したが、御者も客の誰一人も、こちらを気に留める様子すらなかった。


 昼頃、前方にようやく町が見えてきた。

 僕は呆気に取られてしまう。

 せいぜい、タオラより少し大きいくらいを想像していた。が、規模が全く異なる。この町に比べたら、タオラなんて田舎に思えた。


 ……人族の世界をなめていたかも。

 ヤクゥツードは、まさしく大都市と呼ぶに相応しい町だった。


 高さ十メートル以上はある頑強そうな石壁に、町全体が囲まれていた。

 入口の巨大な門は開け放たれているが、五名程の武装した門兵らが警備している。


「え、入るのにお金がいるんですか?」


 門兵に、町へ入りたい旨を告げると、身分証の提示を求められた。ないと答えると、入場税を支払えと言われる。

 無一文では、町にすら入れないなんて……。そんな話、ヨール島では聞いた事がない。


「これくらい、ボクは余裕で飛び越えられるよ」


 アネモネはそびえ立つ壁を見上げながら言う。


「僕には無理だよ」


 それにそんな方法で侵入すれば、恐らく衛兵たちが殺到してくるに違いない。壁の上部には、監視等らしきも見受けられる。


「あの、僕たちお金を持っていないんですけど」


 門兵の元で、正直にそう告げる。

 侮蔑とも哀れみとも取れる目を向けながら、門兵は一枚の紙を差し出してきた。慣れた対応なので、そういう人が結構いるのかもしれない。


 どうやら、入場税は物での支払いもオーケーらしい。紙は納税可能な物品のリストだった。


 衣類や時計、煙草、宝飾類、差し歯などが並ぶ中、胡椒や砂糖といった品目もある。

 そういえば、人族の世界では胡椒は高級品だと聞いた事がある。


収納ストレージ


 僕は掌に、砂糖の入った小瓶を取り出す。調味料にと、少しだけ持ってきておいたのだ。


 小瓶を差し出すと、門兵は手に取り一瞥した後で、門内に設えられた円形の台座に小瓶を置く。台座が一瞬青白く発光すると、門兵は言う。


「うむ、本物だ」


 恐らくあの台座は、物品を【鑑定】できる魔導具のようだ。


「では、こちらへ来たまえ」


 別の門兵にいざなわれ、僕とアネモネは門の中へと進まされる。

 机上に置かれた白い球体の前に立たされ、それに手を乗せるよう命じられた。


「な、何ですか。これ?」


 門兵は、そんな事も知らないのかと、訝しむ様な目を向けてくる。


「過去の犯歴を調べる。でなければ、入場は許可できない」


 ……だ、大丈夫かな。

 まさか、これで正体を見破られたりしないだろうか?

 緊張しつつ、僕は球の上に手を乗せる。すぐに、球全体が青く染まる。


「よし、次ッ」


 ホッと安堵の息が漏れる。


 次いで、アネモネが球体に手を乗せる。よもや、前科とかないよね?

 僕の懸念をよそに、球は僕の時と同様に青くなってくれた。


 ようやく町へ入れそうだ。

 門を抜けようと歩き出すと、初めに小瓶を渡した門兵に呼び止められる。


「ちょっと、待て」


 まだ何か問題でもあるのかと、僕は再び緊張感に包まれる。


「こんなにたくさんは要らない」


 門兵は、小瓶の砂糖を半分ほど卓上の小皿に移すと、残りは瓶ごと僕に返却してくれた。

 ちなみに、入場税はひとり銀貨一枚らしい。

 つまり、たったあれだけの量で銀貨二枚ぶん!


 うちの台所にある砂糖だけでも、恐らく銀貨何十枚ぶんにもなるだろう。

 ……砂糖、もっとたくさん持ってくれば良かった。

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