廃城のひきこもり少女


 身を隠したという事は、こちらに危害を加えるつもりはないと考えるべきだろう。

 おびき寄せる為の演技という可能性も、ゼロではないけれど。


 僕とアネモネは、警戒心は怠らず台座の最上段へと上がり椅子の裏側を窺い見る。

 一人の女性が隠れる様に屈み込んでいた。


 純白の肌に、銀色の長い毛髪。

 壊れそうなくらい華奢な身体に、赤と黒を貴重とした貴族風のドレスを纏っている。

 肩をすくませ、膝を抱く様にして椅子の陰で縮こまっていた。

 顔の半分は髪で覆い隠され、くちびるは不健康そうな青紫色。

 赤みがかった瞳が、怯えた様に僕らを見ている。


「あの、どちら様ですか?」


 訪問者である僕から問うのも不自然だけど、そう訊いた。

 銀髪の女性は肩をびくっと震わせてから答える。


「わわ、わたくし。こ、このお城の管理者マスター、ラキュアと申します」


 彼女の口の中に、ちらりと小さな牙が見えた。

 恐らくバンプス族。

 ダンジョン管理者マスター、まじで?


「こんな所で何してるんだい?」


 アネモネが、平然と疑問を口にする。

 ……て、管理者マスターにタメ口?

 しかも、何か上から目線だし。

 ただ、ラキュアは気分を害した様子も見せず、質問に応じる。


「すす、すいません。わ、わたくし見られるのが苦手でして」


 ラキュアは手で自らの顔を覆い隠す。


「……はあ」

「で、できれば椅子の前から話し掛けて貰えますでしょうか」


 言われた通り、僕らは椅子の前面へと移動した。

 無人の椅子と対面して会話する様は、傍目にはシュールに映るだろう。

 椅子の裏側から、ラキュアが言う。


「あ、事情は概ねうかがっております」

「え?」

「鯨長さんからの使い魔がやってきましたので」


 ヤプキプには、お世話になってばかりかもしれない。或いはこれも、ゆうせん隊員証ライセンスの威力と見るべきか。


「あなた方は、勇者を討伐する魔戦士様なのですよね?」

「いや、そんな大それたものでは……」


 隊員証ライセンスもあくまで、(仮)であるし。

 こちらの謙遜など気にも留めない口振りで、ラキュアは続ける。


「勇者は一人残らずぶち殺すべき存在です」


 言い回しがやや物騒ではある。


「わたくしに出来る事であれば、何でもします」

「本当ですか?」

「それが魔族の努めですから。全身全霊でもって協力いたしますッ!」


 ……逆に、凄いプレッシャーかも。


「何か必要なものはおありですか?」


 そう問われても僕は答えあぐねる。

 今後、何が必要なのか、自分でもよくわかっていない。


「僕ら、『はじまりの町』まで行きたいんです」

「ここからですと、【モルタニア】が、最も近いですね」

「はい。そこを目指すつもりです」

「交通手段は?」

「徒歩です」


 当然の様に僕が即答すると、ラキュアは数秒間沈黙した。


「えと、港からここまでも歩いて?」

「はい」

「どれくらい掛かりましたか?」

「五日程です」

「そのペースですと、モルタニアまでは……二ヶ月くらい掛かると思います」

「そんなにッ?」

「あ、あくまで順調に行った場合ですぅ。実際はトラブルも生じるでしょうから、もっと掛かるかと」


 ……まずい。

 下手すると、目的地に着く前に十三歳の誕生日タイムリミットが来てしまう。

 しかも、僕らの最終目標は『はじまりの町』へたどり着く事ではない。

 勇者を見つけ出して、討伐しなければならないのだ。


 こちらの焦燥を察したかの様に、ラキュアはこんなアドバイスをくれる。


「馬車を用いれば、大幅に時間を短縮出来ます」

「ムリですよ、そんなの」

「うん。ボクら人族じゃないし」

「で、でしたら、良い物をお貸ししますッ」


 椅子の裏から、ラキュアの白くて長い腕がぬっと差し出される。

 かざした掌の真下に、半径十センチメートル程の小型の魔法陣が現れる。ぼんやり輝く中にリング状の物体がふたつ現出する。


 僕がそれに近寄ろうとすると、ラキュアがそれを制する。


「待ってください。今から、お二人の思念イメージを付与しますので」

思念イメージ?」


 ラキュアの掌がぼんやりと光り、ふたつのリングも共鳴する様に輝く。


「完了しました。どうぞです」


 僕とアネモネは、それぞれリング状の物体を一つずつ拾い上げる。

 まばゆい銀色で、硬質だが軽い。留め金らしきも見つけられた。大きさからして、腕輪だろう。


「嵌めれば良いんですか?」

「はい」


 僕は、留め金を外して銀色の腕輪を左手首に装着した。

 アネモネも、自らにそれを嵌める。


 腕輪が鈍く輝き、身体に微細な魔力が流れ込むのを感じた。全身にこそばゆい感覚がする。


 アネモネへと目を向けた僕は眼を見張る。


 彼女の肌の色がやや薄くなり、髪色は逆に少し濃くなっていた。

 何よりの変化は耳である。尖っていたはずの耳が、まるで人族のそれみたく平べったい。


「それは、【变化の腕輪メタモルリング】ですッ」


 嵌める事で、僕らが人族の姿に擬態できるように条件付けてくれたらしい。

 ただ、こちらを見るアネモネの反応は薄い。


「ぼ、僕も変身できてる?」

「うん。けど、あんま変わってないよ。ツノがなくなったくらい」


 ワノ族は、元から人族と外貌がそっくりだから仕方ない。


「見た目が変わるだけではないんですッ」


 ラキュアいわく、外貌と同時に内面、即ちステイタスも人族のそれに偽装できるらしい。

 よほど高度な【鑑定】魔法や機器を用いければ、見破る事は不可能だという。


「けど、嵌める事による代償もあります」

「代償?」

「装着している間は、魔族としての力を十全には発揮できません。つけたままでの戦闘は推奨できないです」


 つまり、戦闘バトルの際は、正体を晒す必要がある訳だ。


「よろしいんですか? こんな貴重な魔導具をいただいても」

「は、はい。勇者討伐後に、またこちらへ立ち寄って返却してもらえれば」


 くれる訳ではないんだ。

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