廃城のダンジョン

 本当に城なんてあるのだろうか?


 森はひたすら険しさを増す一方だ。

 普通、城の周辺といえば、街路が舗装され庭園などが広がっているイメージなのだけど。辺りにはまともな道すら見当たらない。

 というか、まるきりジャングルである。


「こっちで合っているのかい?」


 アネモネも、さすがに不安を覚え始めているらしい。


収納ストレージ


 僕は取り出した地図を改めて確認する。


 地図上では、確かにこの少し先に【フルボリ城】は存在する。

 自分たちの現在地についても、方位魔石マジックコンパスでまめに確認しているので間違いないはずだ。

 そもそも、地図の上においてもフルボリ城は深い森の中に記されている。

 この地図、あっているのかなあ……。


 ていうか、本当にこんな城は存在するのか?


 大前提を疑いたくなってしまう。

 けど、ヤプキプ鯨長もあると言っていた。

 もう信じて先へ進むしかない。


 鬱蒼とした森を、地を這うシダ植物に足元を邪魔されつつ歩き続けていると、不意に少し開けた場所に出た。


「なあ、あれ」


 アネモネが眼を見張りつつ前方を指差す。


 一見しただけでは、その存在に気付かなかったかもしれない。

 樹木群に覆い隠され、除き見える壁面もツタがびっしりと埋め尽くしているからだ。


 ただよく見ればそこにあるのが人工物なのは明白だった。

 石造りの城壁、そびえる尖塔。


「「おおおおおぉーッ!」」


 僕とアネモネは、思わず歓声を上げ手を取り合う。

 フルボリ城だッ。


 僕らが目にしているのは、城の裏手側らしい。

 城壁に沿ってぐるりと周回して歩き、正門側へとやって来る。


 門前からは一応、石畳の舗道が伸びている。

 が、敷石の隙間からは雑草が夥しく繁茂しており、途中で完全に消失してしまっていた。


 本来は閉ざされていたであろう鋼鉄の玄関扉は、錆だらけで半分が開け放たれていた。

 おかげで、僕らは難なく城内へ足を踏み入れる事が出来た。


 絢爛豪華なはずのエントランスホールも、今は見る影もない。

 床は所々に穴が穿たれ、階段の手すりは朽ち果てている。


 管理者マスターには何処へ行けば会えるのだろうか?


 ホールには無数のドアがある。

 とりあえず向かって左、一番手近にある扉を開けて奥へと進んだ。


 長い直線の廊下が続いている。

 硝子の無くなった窓は、樹木の幹や枝葉で塞がれてしまっていた。


 廊下の突き当りまで来ると、角からゆらりと何者かが姿を見せる。


 背丈は僕よりもやや大きいくらい。

 右手には錆びたロングソードを持ち、左手には円形の盾を装備している。

 ただ、身体には何も身に着けてはいない。

 というか、肉体そのものがなかった。

 骸骨の魔物、スケルトンである。


 全身の各箇所から硬質な音を発しながら、スケルトンは僕らへと歩み寄り立ち止まる。

 ダンジョンの魔物が、僕ら魔族に襲い掛かる事はあり得ない。

 空虚な眼窩が、こちらへ向けられている。その感情はまるで読み取れない。


「あの、管理者マスターにお会いしたいんですけど」


 言葉が通じるかどうかも不明だが、一応そう申し出てみる。

 スケルトンは踵を返すと、再び廊下の角を曲がりそのまま先へと歩き出す。

 為す術もなく見送るしかない僕とアネモネ。


 ただスケルトンはすぐに立ち止まり、こちらを振り返る。

 数秒の無言の間の後、再び歩き出す。


「ついて来いってことかな?」


 アネモネが眉根を寄せて首を傾げる。


「……そうかも」


 僕とアネモネはスケルトンの後に続いてみた。

 骸骨の魔物は廊下の途中で立ち止まる。

 傍ら壁には、大きくクモの巣状のひび割れが走っていた。

 スケルトンはひびの一つに、骨の手を深くまで差し込んだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 対面の壁の一部が、ゆっくりと動き出す。扉ほどの面積が、九十度回転して止まる。

 奥に空間があるのが見えた。

 隠し部屋だ。


 僕とアネモネは、スケルトンを見やる。相変わらずの沈黙と無表情。

 恐らく、「入れ」という事だよね?


 隠し部屋はさほど広くはない。室内は空っぽで、無機質な壁に四方を囲まれている。

 唯一、奥の床の一部がぼんやりと仄かな光を放っていた。魔法陣だ。

 その紋様と位置から、僕は察しがつく。


転移門ゲートだ」

「何だい、それ?」


 転移魔法の一つの形態である。

 この魔法陣の上に乗った者を、自動的に何処かへ転移させる。僕の【転移ワープ】とは異なり、同意は必要ない。


「の、乗るのかい?」


 アネモネが少し不安そうに僕を見る。


「ここまで来たら、そうするしかないよ」


 僕とアネモネは、「せーの」で同時に魔法陣の上に踏み出す。


 次の瞬間、気付くと僕らは先程までとは全く異なる雰囲気の空間にいた。


 大理石と思われる床は、顔が映り込む程に磨かれており、壁や柱も真新しい。


 正面には数段高くなった台座があり、背もたれの長い椅子が置かれている。

 玉座の間、と呼称するに相応しい部屋だ。

 が、台座の椅子に鎮座する者はない。

 主は不在なのだろうか?


「……ん?」


 僕は椅子の背もたれの背後から、何者が顔を覗かせこちらを窺い見ている事に気付く。


 けど、次の瞬間「ひッ」と小さく悲鳴の様な声を上げ、その何者かはまた椅子の陰に隠れてしまう。


 僕とアネモネは、互いの顔を見合わせる。

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