勇者カイトはレベルを上げたくない


 十五歳。

 人族にとって大きな意味を持つ年齢だ。

 誰もが、自らの【職業ジョブ】に目覚める歳である。

 神が与えし天職に。


 カイトは子供の頃から、特にやりたい事がなかった。言い換えれば何でも良かった。

 だから、どんな【職業ジョブ】を与えられようとも、受け入れるつもりだった。


 けど、まさか【勇者】が出るとは……。

 正直、思った。

 ガラじゃねー。


 因みにカイトの父親は、主に農機具を専門に扱う【鍛冶師】、母親は【園芸家】である。

 祖父母の代にまで遡っても、近親者に戦闘や冒険に向いた【職業ジョブ】の持ち主はは見当たらない。


 何で、俺が【勇者】なんだよ?


 それに就いてみて初めて気付かされたけど、【勇者】ってすげえ地味。

 はあ……、【転職ジョブチェンジ】したい。

 【勇者】には、叶わぬ願いなのだけれど。


「何してるんですか? こんな所で」


 本から目を上げると、エレーヌの顔があった。


 内心で勇者の身の上を愚痴っていると、必ず彼女が現れる気がするな。

 今日は、グレックとミイナも一緒だ。


 カイトは、おずおずと答える。


「ど、読書だけど」


 図書館へ来る目的は、他にはあまりないだろう。


「見ればわかります」

「じゃ、聞かないでくれる?」

「レベル上げもせず、どういうつもりかと聞いているんです」


 エレーヌの形の良い眉が吊り上がる。


「まあまあ、カイトにも気分転換くらい必要だろう」


 グレックが、宥める様に言う。

 ミイナは卓上の分厚い本を手に取る。


「カイトはすごいにゃ、こんなに文字いっぱいの本が読めてー」


 頁を開いたミイナは、めまいでも起こしたみたいに項垂れる。頭部の二つの耳も萎れさせた。


「べ、別に遊んでいた訳じゃない」

「え?」

「こいつの在り処を調べてたんだよ」

「何のですか?」


 カイトはある書物の開いた頁を、エレーヌ達が読める様に向ける。それは植物図鑑らしく、様々な果実が図入りで解説されている。


「この果物が、とうかしたのか?」


 グレックが訝しそうに、開かれた頁を覗き込んだ。


「『ステイタスアップ』の実だ」

「聞いた事はあるぜ」

「こいつを食せば、レベルを上げずとも強くなれるだろ?」

「また、その話ですか?」


 エレーヌが呆れた様に溜息をつく。


「確かにあなたの言う通りではあります」

「なら、探しに行こうよ」

「けど、それらの果実はいずれも稀有レアです。容易には手に入りません」

「やる前から諦めるのは良くないと思うな」

「更に言わせてもらえば、果実で上昇する値は微々たるものです。レベル上げもせず、それのみに頼って強くなるなんて現実的じゃありません」

「俺も厳しいと思うぜ」


 グレックも、エレーヌの意見に同意の様だ。


「あたしは探してみたいにゃ」


 ミイナは、図鑑の絵を見ながらつぶやく。


「おお、わかってくれるか?」

「この果物、とっても美味しそうにゃー」


 そんな理由かい。

 けど、賛同者がいてくれるのは頼もしい。


「よし、ミイナ。一緒に果物探しに行くぞッ」

「はいにゃ」


 カイトは本を書棚に戻すと、軽い足取りで閲覧室から出ていく。

 尻尾を振りながら、ミイナもその後を追い掛けていった。


「ちょっと」


 エレーヌが、ふたりを引き留めようとする。

 その彼女をグレックか制した。


「とりあえず、好きにさせてみようぜ」

「けど……」


 反駁しかけるエレーヌの言葉を、グレックは遮る。


「それが、俺達の役目だろう?」


 エレーヌは一つ溜息をつく。


「勇者の意思は尊重せよ、ですか?」

「うん。ま、まあ、そうなんだけど……」


 グレックは急に目を泳がし、明らかな動揺を露にする。


「何よ?」


 訝しそうな目を向けるエレーヌに、グレックは声を潜めて言う。


「人前で、大きな声で『勇者』とか口にするなよ」

「……あ」


 エレーヌは、恥ずかしそうに口許に手をやる。


 勇者は魔族の敵だ。当然、常に命を狙われる存在である。

 今は【障壁】に護られているものの、勇者である事が露見すれば、後の大きなリスクとなりかねない。


 しっかり者のようでいて、エレーヌにはちょっと天然な所がある。


 ふたりは、さっさと図書館を後にしようとした。

 閲覧室の出口付近で、白髪の老齢男性に声を掛けられる。


「なあ、あんたら」

「はい?」

「さっき、勇者の話をしてなかったか?」


 思い切り動揺しかけるふたり。

 グレックが、咄嗟に否定する。


「いえ、そんな話は全然」

「そうか。てっきり、リオンの話でもしているかと思ったのだが」

「リオン?」


 エレーヌは、眉根を寄せる。

 一時期、世間から大きな注目を集めた存在である。当時はその名を聞かぬ日がなかったくらいだ。


 三年前、勇者リオンは魔大陸へと攻め込んだ。

 ただ、無様に敗走して以来は、彼の名を人々が口にする事もなくなった。


「あの勇者がどうかしたのですか?」

「あくまで、うわさだけどな」


 老人はそう前置いてから、エレーヌの問いに答えた。


「近く、魔大陸への再上陸を試みるらしい」

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