アネモネの実力
何か、身体が重い。
目覚めたそばから僕は違和感に気付く。
それにしても、重い。何かが、身体の上に乗っかっているとしか思えない。
手探りで、枕元の
頭だけ持ち上げて自らの身体を確認した僕は、眼を見張らずにいられなかった。
お腹の上に、二本の脚が乗っかっている。すらりとした小麦色の素足だ。
それが誰のものであるかは、問うまでもない。
「な、何しているの?」
アネモネは下半身を僕の上に乗せる形で、地面に仰向けで横たわっていた。
「ねえ、ちょっとッ!」
「……ふえ?」
強く呼びかけると、アネモネは頓狂な声を発して上半身を起こす。
半開きの目でこちらを見る。
……今、起きたの?
ぼんやりした顔で辺りを見回すと、アネモネはようやく状況を理解したらしく頭を掻く。
「ごめん。ボク、寝相がよくないんだ」
マントや毛布が、それぞれぶん投げたとしか思えない地点に落ちている。
よくない、というレベルではない。
ともかく、朝食にする事にした。
【
泣きこそしないものの、またもやアネモネは美味しさに感激していた。
歯ブラシは数本持参してきているので、うち一本をアネモネにあげた。
……て、僕と一緒じゃなかったら磨かないつもりだったのか?
シャワーでも浴びてさっぱりしたい所だけど、さすがに森の中でそれは無理だ。
僕は【
まず自らの身体へくまなく風を吹きかけてから、アネモネにも浴びせた。
身体は風呂に入った様に綺麗になり、服も洗濯を済ませたのと同様の状態になる。
「キミ、色んな物を持っているんだね」
「まあね」
「もしかして、家がお金持ちなのかい?」
「まさか。そんな訳ないだろ」
カチカチッ。
岩場に置いておいた頭骨が、歯を打ち鳴らす。
僕とアネモネは顔を見合わせた。
外へ出ると、周囲は濃い朝もやに包まれていた。
洞窟の中からは、歯を打ち鳴らす音が聞こえ続けている。
微かな物音が聞こえた。
僕らは、同時にそちらを向く。
木々の隙間を漂うもやの中に、やけに大きな影が浮かぶ。
現れたのは人族の男だった。
髪は短く刈られ、頬は無精髭に覆われている。軽鎧に包まれた肉体は、筋骨隆々である。
実体以上の巨体に見えたのは、肩に大きな獲物を担いでいるせいだ。
既に息のない猪の魔獣は、男が仕留めてきたばかりなのだろう。
「まさかとは思ったが、マゾ公どもかよ」
筋骨隆々の男はそう吐き捨てると、担いでいた猪をゴミみたいに背後に放り投げた。
「うせろ。ここはお前らのいて良い場所じゃねえ」
男は腰から抜いたサーベルを構える。
「さもなくば、殺す」
洞窟の奥から、頭骨がけたたましく歯を連打する音が漏れ聞こえてくる。
「アネモネ」
「待ってくれッ」
「え?」
「ボクにやらせてくれ」
「いや、だけど……」
「同意しないと、飛べないんだろ?」
アネモネは、鞘からナイフを抜いて構える。
「てめえ、俺様を誰だと思っている?」
男な見下す様な笑みを浮かべて問う。
「さあね」
「Bランク冒険者、『疾風の剛力』バーリ様だぞ」
「知らないよ、人族の世界の話なんて」
「あ?」
「それに、自分に様を付ける奴は大抵雑魚だ」
バーリはアネモネを上から下まで見やる。
「よく見りゃ、マゾ公にしちゃ上玉じゃねえか」
獲物を補足した野獣の様に、バーリは舌なめずりした。
僕も、冒険者の事はよくは知らない。Bランクというのがどの程度かも不明だ。
けど、あの猪の魔獣を単独で狩れるくらいだ。雑魚であるはずもなく、むしろ相当な実力者に違いない。
相変わらず頭骨は、洞窟の奥で僕らに危機を知らせ続けている。
「ルード、手出しは無用だよ」
アネモネは、バーリに視線を向けたまま言う。
相手の強さを理解すれば、アネモネも【
その前に、彼女がバーリから妙な真似をされない事を祈るばかりだ。
アネモネが僅かに身体を沈めた。
……と思った途端、彼女は真上に跳んだ。
その瞬間、僕は彼女の姿を見失ってしまう。
バーリも同様らしく、焦燥を露に周囲を忙しく見回している。
樹皮を強く叩いた音がして、枝葉の一部がざわめく。
バーリに視線を戻すと、その右肩にアネモネが立っていた。
既に、アネモネはナイフを持つ右手を頭上に振り上げている。
素早く彼女の右手が振り下ろされる。
バーリの首に、ナイフが柄の部分まで深く突き刺さった。
……は?
ようやくそこで、バーリはアネモネの存在に気付いたかの様な顔をする。
捕まえようとしたのか手を上へ伸ばす。
が、アネモネはいち早くナイフを引き抜き、地面に飛び降りた。
バーリの首から、夥しい鮮血が噴出する。
「あ……ぐ」
喘ぎながらバーリは地面に膝をつくと、そのまま倒れ伏した。
アネモネは何食わぬ顔で、ナイフに付着した血を振り払っうと、鞘に納める。
わ、
もしかして、昨日の三人組にも勝てた?
「アネモネ。君、そんなに強かったのか……」
ただ、彼女の顔から勝利の喜びは窺えない。
悲嘆を含んだ様な表情で、地面に放り置かれた猪の魔獣を見つめている。
「どうかしたの?」
「……ううん、何でもない。行こうか?」
そう言って、歩き出すアネモネ。
「ちょっと待ってよ」
僕は洞窟へ駆け込み、荷物を全て【
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