冒険者が現れた
その時、木々の向こうから、人々の話し声らしきが聞こえてきた。
「何かの間違いじゃないのか?」
「いや、反応は確かにある」
アネモネがやや態勢を低くする。
僕も身構えつつ、木々の奥を注視した。
枝葉を踏みしだく音がして、直後に姿を見せたのは人族の三人組だった。
男二名、女が一人。
男の一人は鉄製の鎧に全身を包み、もう一人は黒の祭服らしきを纏っている。女は軽装で濃い緑のマントを羽織り、弓を携えていた。
もしかして……、冒険者?
人族を目にするのはリオン達以来だ。
「ま、まじでいやがった」
鎧姿の男が、僕らを見て驚きと警戒心が合わさった顔でをする。
「わたし、魔族なんて見るの初めて」
弓を持つ女の表情には、警戒心の中に好奇も入り混じっている様に見えた。
真っ先に行動したのはアネモネだった。ベルトの鞘から素早くナイフを抜いて構える。
……て、まじかよ。
人族たちもその動きに呼応する様に、一斉に臨戦態勢を取った。
鎧の男は、腰から長剣を抜く。
女は弓に番えた矢の先端をこちらへ向けた。
祭服の男は数歩退き、ふたりの背後に控える。
両者の間の空気が、一瞬で急速に張り詰める。
「アネモネ」
僕は目顔で武器を収める様に訴える。
すぐに【
「え、けど……」
「いいから」
アネモネは不服そうに唇を尖らせつつ、ナイフを鞘へ収める。
僕は湧き立つ畏怖や動揺の一切を押し殺して、表面上は平静を装う。
恐れをなして逃げ出す様な印象を、相手に持たれたくはない。
こちらに応戦出来る力がないと見られれば、追撃してくる可能性もある。
あくまで理由があって、今回は戦闘の回避を選択しただけ。
そんな表情を自分なりに意識してみる。
「
唐突に僕が詠唱したからか、人族の三人は顕著な警戒心を顔に浮かべ、半歩だけ退く。
僕とアネモネは、先程【
緊張感から解き放たれた僕は、脱力してその場に座り込んだ。
「何だよ、戦わせてくれよ」
アネモネが腰に手を当てて文句を言う。
「きっと、僕らが敵う相手ではないよ」
あの三人組が、「最後の町」を本拠地とする冒険者かはわからない。
けど、魔族領からも近いこの地域で活動している時点で、かなりの実力の持ち主である事に疑いの余地はない。
頭骨の反応も、それを如実に証明していた。
『ま、まじでいやがった』
鎧姿の男が放った言葉を、反芻する。
つまり、彼らは予め僕らの存在を認識していたと考えりる。あの広い森で偶然に出くわすとも考えにくい。
前後の会話から、索敵系の魔法か魔道具で僕らの位置を捕捉した上で接敵を試みたのだろう。
そうであるならば、彼らが追跡してくる可能性は排除できない。
あの三人と会敵した地点は、迂回して移動する方が賢明なようだ。
徐々に日が沈み、辺りは段々と暗くなる。
ただでさえ薄暗い森の中は、夜には完全な闇に包まれてしまう。
そろそろ、今夜の野営地を決めなければ。
「あそこ、良さそうじゃないかい?」
その洞窟を目ざとく見つけたのはアネモネだ。
苔や雑草の繁茂する岩場に空いた穴へ、足を踏み入れてみる。あまり広くはなく、十メートルも進めば行き止まりだ。
魔獣や大型の動物が棲み着いている様子もなく、雨風を防ぐのにはうってつけの場所に思えた。
ここを、今晩の寝床としよう。
僕は地面に【
こうしておけば明日以降も、この洞窟を利用する事が可能だ。
夕食に、僕は【
「ううぅ……」
アネモネがスプーンをくわえたまま固まっている。
「ど、どうしたの?」
「ボク、こんな美味しいスープ初めて食べた」
いや、何も泣かなくても……。
けど、気持ちはわかる。
タオラの町でも、屈指の人気を誇る料理店のスープ。具のオーク肉は、とろける程に柔らかである。
しかし彼女は、今までどんな食生活をしてきたんだろう。
「いいのかい?」
「うん。僕はこれで寝るから」
念の為に持参してきた、マントと毛布を【
地面にマントを敷き、毛布を掛ければ十分に暖は取れる。
「ボク、そっちでいいよ」
アネモネは、僕が手にするマントと毛布を指差す。
「別に、遠慮なんてしなくていいよ」
「いや……ボク、寝袋って苦手なんだ」
「そうなの?」
本人がそう言うのならば。僕はマントと毛布をアネモネに手渡す。
寝袋にくるまるのは、勇者が上陸した避難壕での夜以来だな。
村は現在、どんな感じだろう?
パパとママは、心配しているのかな。もしくは、滅茶苦茶怒っているかも。
リルは元気にしているかなあ……。
そんな事を思っているうちに、僕は深い眠りに落ちていた。
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