森の中


 街道沿いは、ぜひとも避けるべきだろう。

 もちろん、人族に遭遇してしまう可能性が高いからである。


 中でも殊更に危険なのが、間違いなく『冒険者』と呼ばれる存在だ。

 彼らは魔族と見れば、問答無用で襲いかかってくるらしい。


 だから、僕らは森の中を歩き続けた。

 まあ、森の中でも冒険者が出没する可能性は多いにあるから油断は出来ないけど。


「お腹、空いたよお」


 アネモネの今日三度目になる同様の嘆きである。


 彼女を見て、僕は今更ながらごく基本的な疑問を抱く。

 アネモネはリュックサックなどは背負っておらず、持ち物といえば腰のベルトから提げた短剣くらいである。


「食料、持ってきてないの?」

「うん」

「どうするつもりなの?」

「そのへんで適当に調達すれば良いかなって」

「む、無計画すぎでしょ」


 何せ、ここは人族領である。事がそう上手く運ぶ保証など何処にもない。

 場当たり的にも、程があるよ。


「そういうキミだって、手ぶらじゃないか」


 アネモネが僕に反論してくる。


「そんな事、ないよ」

「へ?」

「ちょっと、休憩にしようか」


 適当に開けた場所を見つけたので、大きな樹木の根元に腰を下ろす。


収納ストレージ


 僕の掌に、ロールパンが一つ現れる。表面にはこんがりと焼け目が付き、香ばしい匂いがあたりに漂う。

 それを差し出すと、アネモネがつばを飲み込んだのがわかった。


「す、すごい。くれるのかい?」

「うん」


 アネモネはロールパンに齧り付いた。


「う、うま。やわらかッ」


 感動を露に目を見張りつつ、アネモネはロールパンをもむもむ食べる。


 僕も、もう一つロールパンを取り出して食べ始める。


 【収納ストレージ】で保管された物は、時間が停止した状態となる。おかげで、こんな森の奥深くでも焼き立てのパンが味わえるのだ。


 水分補給も終えた。

 僕は、樹木の根本に【刻印マーキング】を施しておく事にした。この場所は休憩するのに適していそうだ。


 その様子をアネモネが興味深げに眺めていた。


「何をしているんだい?」


 共に旅をするのだから、彼女には僕の【転移ワープ】については知っておいて貰う必要があるだろう。


「き、キミ、転移魔法も使えるのかい?」

「まあね」

「す、すごッ。それ、ボクも一緒に飛べるの?」


 アネモネは、目を輝かせて問い掛けてくる。


「うん。けどその場合、一つ条件があるんだ」

「条件?」

「共に転移するには、相手の同意が必要なんだよ」

「どうすれば良いんだい?」

「心の中で、オーケーしてくれれば良い」

「なーんだ、それだけ?」


 まるで拍子抜けしたみたいに、アネモネは眉根を寄せる。


 確かに、それだけである。

 けど裏を返すと、例え心の中でも相手から拒否されてしまうと転移は不発に終わる。それは転移系の魔法に共通した特徴でもある。

 強制的に他者を転移させる様な、極めて強力な転移魔法の使い手はそういない。


 再び歩き始める。

 不意に、手前を歩いていたアネモネが立ち止まり、掌で僕の動きも制した。


「どうしたの?」

「何か、いる」


 こちらを振り向いて忠告してくる彼女は、いつになく険しい表情を浮かべていた。


 僕には何も聞こえないし、感じもしない。

 けど、アネモネの長い耳はぴくぴくと何かに反応する様に動いている。

 彼女は、僕よりもずっと鋭敏な感覚の持ち主なのかもしれない。


収納ストレージ


 僕は、掌に小さな魔獣の頭骨を出現させる。


「な、何だい、それは?」


 アネモネはその物体に訝しそうな目を向ける。


 ドライバの古今東西屋で見つけた、例の探知装置である。この旅で役に立つかもと思い、購入しておいたのだ。


 カチッ。


「ひえッ」


 突然、骨が生きているみたいに動いたからか、アネモネが僕の腕に縋り付く。


 カチカチカチッ。

 頭骨は、小刻みに歯を打ち鳴らす。


「確かに、近くに何かいるみたいだね」


 しかも、こちらへ接近してきている。

 僕は周囲の森に目を凝らす。


 ……魔獣?

 その可能性は恐らく低い。

 基本的に魔獣は、僕ら魔族を襲わない。勿論、こちらから手を出せば別である。

 ただ、魔獣の側からあえて僕らに近づいてくる事は、通常であれば取らない行動だ。


 魔獣でないとすれば……。


 カチカチカチカチカチッ。


 頭骨は、まるで吹きすさぶ寒風に耐えるみたいに小刻みに歯を打ち鳴らす。 

 ドライバの説明では、相手がより強力である程、こいつは頻繁に口を開閉するとの事だった。


 ……て、やばくない? これ。


収納ストレージ


 うるさいので、一旦頭骨は亜空間にしまう。


 その時、木々の向こうから、人の話し声らしきが聞こえてきた。

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