勇者カイトの思い付き
勇者の仕事。
その八割は「レベル上げ」である。
昔は違ったらしい。
かつての勇者が最も頭を悩ませたのは、いかにして魔大陸へ上陸するかだった。
その事に四苦八苦し、膨大な手間と時間が費やされた。
今では、あらゆる上陸の手段は開拓され尽くしており、新規のルートはもはや存在しないだろうと言われている。
いずれのルートを選ぶにしても、共通して言える事がある。
めちゃ強くなきゃ、ムリ。
「はあぁ……」
カイトの口から大きな溜息が漏れた。
狭い安宿の見飽きた天井を眺めていると、余計に気が滅入ってくる。
時計を確認すると、もう午前八時過ぎだ。
とっくに起きているはずの間だが、カイトはベッドから身を起こす気にはなれない。
どうせ、やる事は決まっている。
食堂で朝飯食って、森に潜ってレベル上げ。
即ち、弱っちい魔獣をひたすら狩りまくる。
思うに、勇者って数多ある【
勇者を【
トントン。
部屋のドアがノックされる。
どうやら、その当人がやって来たらしい。
こちらの返事も待たずに、ドアが開けられる。なら、ノック要らなくね?
「いつまで寝ている気ですか?」
戸口で、腰に手を当てたエレーヌが形の良い眉を吊り上げている。
セミロングの金髪は整えられ、白衣に見を包んでいる。
もう準備万端のようだ。
「い、今、起きようと思った所だよ」
「どれだけ経つと思っているんですか?」
「へ?」
「あなたがレベル上げを開始してから」
「まだ十日くらいっしょ」
「明日で三週間です」
「へえ、そんな経つんだ」
「今、いくつですか?」
「十六」
「レベルの話です」
「……四」
「遅すぎますッ!」
エレーヌの眉が、さらに吊り上がる。
「俺、スロースターターだから」
「歴代の勇者の中でも、記録的といって良い遅さですよ」
「つーか、俺もうレベル上げはしない」
「は?」
思い切り眉根を寄せるエレーヌ。
カイトは勢いよく半身だけを起こす。
「神がくれた【障壁】を残したまま、魔大陸を目指す事にした」
「……」
「そうすりゃ、俺は一切ダメージを食わずに済むじゃん」
エレーヌは感激を示す様に両手を組み合わせ、満面の笑みを顔に貼り付かせる。
「すごぉーい。そんな事思い付くなんて、天才ですぅ!」
「だろ?」
「……とでも言うと思いましたか?」
「へ?」
真顔に戻ったエレーヌは、カイトに思い切りジト
目を向ける。
「それ、勇者となった人は、誰でも一度は考えるらしいです」
「まじ?」
「はい」
得意げだったカイトは、物凄く恥ずかった。
「けどアイデア自体は悪くなくね?」
「いいえ、愚策です」
「何で?」
「確かに、あなたはダメージを受けずに済むかもしれません。けど、あなたの攻撃も魔大陸に棲む魔獣や魔族には一切通用しませんよ」
「だから、攻撃は君らに任せるよ」
「は?」
「俺は皆の盾になる」
勇者がタンク役を担うというのは、情けない気もするが。
「それ、本気で言ってるんですか?」
「うん」
「ひっじょおーに危険です」
「どうして?」
「【障壁】が防げるのは、ダメージを伴う攻撃のみです。精神、状態異常系の攻撃は防げません」
「知ってるよ。けど……」
「はい。耐性が全くない訳ではありません。それらの攻撃を受けても、通常よりは早く回復出来るでしょう」
「なら、よくね?」
エレーヌは一つ息をついてから、神妙そうな顔をカイトに向ける。
「勇者ハインツはご存知ですか?」
「誰それ?」
「実はかつて、あなたのアイデアを実践した勇者が存在するんです」
「まじかよ?」
もう三十数年も前の話だ。
ハインツという名の勇者が、【障壁】を保有した状態での魔大陸への上陸に成功した。
「そ、そんなやつがいたんだ」
ひとえに、勇者以外のパーティーメンバーの努力と忍耐による所が大きかった。レベルは全員60超えだったが、勇者だけは17だった。
「上陸直後より、ハインツはあらゆる状態異常に見舞われました」
麻痺、混乱、魅惑、催眠、幻覚……。
魔大陸にいる間、ハインツは正気を保てている時間の方が短かったと言われている。
いくら【障壁】による耐性があろうとも、魔大陸の魔獣の超強力な状態異常攻撃からは、回復するのに相当の時間を要した。
彼らは、上陸して始めて気付いた。
魔大陸の魔獣が別格である事に。
最終的にハインツはある魔獣の極めて強力な石化攻撃の餌食になり、完全に行動不能に陥った。
「仲間達は、ほうほうのの体で魔大陸から撤退したそうです」
「ゆ、勇者は?」
「……その後の彼を知る者はいません」
「ま、まじ?」
「あなたも同じ運命を辿りたいんですか?」
「……」
「嫌なら真面目にレベルアップに努めるべきです」
エレーヌは剣幕で言い放つと、部屋から出て行った。
はあ……。
カイトは再び、ベッドに寝転がる。
エレーヌはああ言うが、実はカイトはまだ諦めきれずにいた。
少なくとも【障壁】を保有したまま、魔大陸へ辿り着けた者がかつて存在した。
その事実が、むしろカイトを勇気づけた。
そのハインツって勇者は、多分の準備が足りなかったのだ。
もっと周到かつ注意深く行動すれば、同じ轍は踏まずに済むはず。
【障壁】は概ね、レベル18から19、遅くとも20までには消失すると言われている。
それ以下のレベルで魔大陸へたどり着き、さらには魔王を討伐……。
そんな事が成し遂げられれば、カイトの名は未来永劫、歴史書に刻まれ続けるだろう。
史上最も低いレベルで魔王を討伐した勇者として。
何か、やる気出てきたぞ。
カイトはベッドから跳ねる様に起き上がると、意気揚々と部屋を後にした。
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