最後の町、初めての仲間


 僕とアネモネは、ヤプキプの背中をひたすら追いかけた。


 さほど規模は大きくはなく、あまり入り組んでもいないダンジョンらしい。

 十分くらい歩けば、外へ出られた。


 勿論、これは魔物と全く遭遇エンカウントせず、トラップの類も一切作動しなかった為でもある。

 人族が探索する場合は、こうはいかないのだろうけど。


 洞窟の外は見渡す限りの草原が広がっていた。


 ここが、人族領……。


 一見した所、僕の故郷と何ら変わらない景色ではある。

 けど、この地に住むのは人族ばかりのはず。


「聞いたぞ、レベル1の勇者を討伐しにいくんだってな?」


 傍らのヤプキプが、僕に問い掛ける。


「……はい」

「そいつは良い考えだ」

「え?」


 てっきり、また否定的な事を言われると思っていた僕は、意外に感じてしまう。


「という事は『はじまりの町』を目指すのか?」

「そのつもりです」

「ならば、まずは【フルボリ城】へ向かえ」


 ヤプキプは、遠くに見える森を指差しながら告げる。


「かつては人族の王の城だったが、とうの昔に廃城となり、現在はダンジョン化している」

「城のダンジョン?」

管理者マスターは魔族だ。きっと、お前さんの力になってくれる」

「行ってみます」

「がんばれよ。期待しているぞ」

「あ、ありがとございます」

「……と、それから」


 ヤプキプは大切な事を思い出した様に、今度は向かって右の方角を指し示す。


「こっちのずっと先にあるのが、『最後の町』だ」

「最後の町?」

「正式な名称は忘れたが、人族はみんなそう呼んでいる」


 人族領内にあって、ヨール島に最も近接している町。つまり、魔族領への侵入を目指す者達が、最後に立ち寄る所だからそんな二つ名がつけられた。


 あくまで、それは人族側から見た話で、僕らからすればむしろ最初の町なのだが。


「けして、近寄るなよ。あの町には恐ろしく強い傭兵や冒険者がゴロゴロいる」


 彼らの一部は、虎視眈々とヨール島への上陸を狙っているという。


「……勇者もいるんですか?」

「かもな」


 僕は思わ身ぶるいする。

 仮にいたとしても、最後の町に逗留する様な勇者に僕は用はないけれど。


 ぽつねんと佇むアネモネに、僕は声を掛ける。


「アネモネ、君もがんばってね」

「え、ああ……うん」


 名残惜しくもあったけど、僕はふたりに別れを告げると、森へと向けて草原を歩き始めた。


 やや大きな樹木を見つけたので、念の為にその根本付近に【刻印マーキング】を施しておく。


 この場所から、島への【転移ワープ】は可能だろうか?

 駄目もとで試してみたが、やはり無理だった。


 僕の【転移ワープ】は、飛べる距離に現界がある。いくつもの【刻印マーキング】を経由すればより遠くへの転移も可能ではある。けど、さすがに海上に【刻印マーキング】は出来ない。

 島へ帰る際は、また鯨に乗せて貰う必要がありそうだ。


収納ストレージ


 僕は取り出した大陸の地図を広げた。

 ヨール島では、あまり正確な大陸の地図は手に入らなかった。とりあえず、これを頼りに【フルボリ城】を目指すとするか。

 他に行くあてもないし。


 ……ん?

 今、声が聞こえた様な。


 まさか、人族?

 僕はとっさに身構え、辺りを見回す。特に人影は見当たらなかった。

 地図によれば近くに町や村は存在しないから、そうそう人が徘徊しているとも思えないけど。

 気のせいかな。

 僕は、森へと向けて再び歩き出す。


「……おーい」


 やっぱり声だ。気のせいではない。


 声のした方を見る。草原の彼方、僕が歩いて来た方から誰かがこちらへ駆けてくる。


 ……アネモネ?


「待ってくれよー」


 彼女は僕のすぐ側までやって来ると、前屈みで両手を膝について、弾んだ息を整えた。


「ど、どうしたの?」


 アネモネは顔を上げて、真っ直ぐにこちらを見据える。


「ボクも連れていってくれないか?」

「え?」

「キミと一緒に、レベル1の勇者を倒しに行かせてくれッ」


 突然の申し出に、僕は戸惑う。


「けど、何か目的があってここへ来たんでしょ?」

「そうだけど……ボクの目的は、キミのそれと重なる部分があるんだよ」

「え?」

「それに、ボクはどうしても見てみたいんだッ」

「な、何を?」

「キミがどうやってレベル1の勇者を倒すのか」

「け、けど……」

「お願い、手伝わせてッ!」


 両手を合わせ、懇願してくるアネモネ。


「わ、わかったよ」

「いいのかい?」

「君が、そうしたいと言うなら」

「やった。サンキュッ」


 アネモネは両手を握りしめ、笑顔を弾けさせる。


 だいじょうぶかな?

 安請け合いしてしまったけど。


 ただ、仲間が出来た事が僕は素直に嬉しかった。

 フリーダも、仲間を連れて行くのは自由だと言っていたし。

 それに、ひとりよりも二人の方が、勇者を倒せる可能性はきっと高まる。


「僕は、ノワ族のルード」


 改めて互いの自己紹介をする。


「ボクはダークエルフのアネモネ」


 僕らは固い握手をかわす。


 こうして僕らの人族の大陸での旅が始まった。

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