勇者をレベル1のうちに殴れない理由
恐ろしく頑丈で、目の粗い鎖帷子。
勇者を護る【障壁】は、そんな風に例えられる。
言い得て妙だ。
基本、【障壁】はどんな強力な攻撃も防ぐとされている。
が、それは僕ら魔族や、ある程度強力な魔獣からの攻撃に限定される。
つまり弱小な魔獣の攻撃には反応しない。
また、【障壁】は永続する訳ではなく、勇者がある程度のレベルまで達すれば消滅する。
なぜ、その様な仕組みなのか?
理由はいくつか推察出来る。
全ての攻撃を防いでしまうと、勇者の成長に悪影響を及ぼすと神は考えたのかもしれない。
痛みや恐怖を知る事も、強くなる上では必要なはずだから。
ただ、最大の理由は【制約】だろう。
あらゆる攻撃に有効で、かつ永続する。
そんなチート過ぎる【障壁】は、いかに神といえど作り出す事は不可能なはず。
いくつかの条件を設ける事により、極めて強力な【障壁】を勇者に与えられたのだろう。
恐らく【障壁】は、勇者が成長する前に偶発的に強力な魔獣と遭遇してしまった時や、魔族が意図的に未熟な段階の勇者を始末しようと試みた場合への防衛策。
僕の「子供の思い付き」に対しては、相手側はとっくに対策を取っていた訳だ。
「本当に知らなかったの?」
僕が驚きを含んで問い掛けると、アネモネは不服そうな顔をする。
「ボクは勇者にはあまり興味がなかったんだよ」
「つっても、魔族にとっては常識だろう?」
呆れ返るゼインに、アネモネはむくれて頬を膨らます。
「ならば、どうやってレベル1の勇者を倒すつもりだい?」
「それは、オレも知りたい所だ」
「いくつか、考えはあるんですけど」
「教えておくれよ」
アネモネは興味津々な風に、僕の方へ身を乗り出してくる。
「うまくいくかどうかは、わからないよ」
「それでも構わないからさッ」
目を輝かせるアネモネに、僕は困惑してしまう。
「奥の手ってやつか?」
ゼインが助け舟を出すかの様に僕に訊く。
「まあ、そんな所です」
「なら、無理に聞き出すのは野暮ってもんだ」
ゼインやアネモネは、それなりに信用を置ける相手だとは思う。【
けど、勇者を仕留める際に用いるつもりの魔法は、いわば僕の切り札である。
さすがに、つい先程知り合ったばかりの相手には容易く明かせない。
入口の扉が開き、ヤプキプが顔を覗かせる。
「もうすぐ到着だぞ」
鯨の背に出ると、遠方に陸地が見える。
あれがエイム大陸。人族の世界……。
思わず身震いした。
そこでふと、素朴な疑問が浮かぶ。
この鯨、一体何処へ接岸するつもりなんだ?
まさか、人族の管理する港を借りる訳にもいかないよな。
こんな鯨の魔獣が入港して来たら、その場にいる人族は攻撃してくる……いや、逃げ出すか。
陸地はどんどんとこちらに迫ってくる。
ヤプキプに確かめようかとも思ったが、彼はゼインと何やら話し込んでいる最中だ。まあ、訊かなくても間もなく答えは判明する。
鯨は、切り立った岸壁の続く海岸線を泳ぎ続けた。
どう見ても、着岸出来そうな地形ではない。
鯨は進行方向を僅かにずらすと、崖へ向けて泳ぎ始める。
前方の崖の下部に、ぽっかりと大きな穴が口を開けている。
鯨は速度を緩めず、その中へ入って行った。
入口から奥まで差し込む陽光が、狭い洞内を照らす。
海面は、息を呑むくらいの青さだ。
狭い岩場に囲まれた水路を、鯨は器用に泳ぎ進んでいく。
やがて湾の様な広い空間にたどり着く。砂浜があり、そこから桟橋が伸びていた。
鯨は、桟橋の横にゆったりと停泊する。
ゼインと
洞窟の奥から、トロル族の男性が出てくる。ゼインよりは背が高く少し痩せていた。
そのトロル族の男性が、ゼインに抗議の眼差しをむける。
「聞いてねえぞ、んな朝っぱらから」
「急に決まったんだよ」
ぽかんとする僕の傍らに来て、ヤプキプがこう言った。
「安心しろ、ここはダンジョンだ」
「え?」
「魔族の管理下にある」
そういえば、聞いた事がある。
大陸にも僅かながら魔族が居住しており、その多くはこうしたダンジョンを住処としていると。
人族の領域におけるダンジョンは、いわば魔族領の飛び地と呼べる存在である。
とはいえ、ダンジョン内に港があるのは驚きだ。
こうした場所のおかげで、島と大陸との航行が可能なのか。
ゼインや
手伝おうかと思っていると、ヤプキプから大声で呼び掛けられた。
「何している、早く来い」
僕とアネモネは、洞窟の奥へ続く通路の前に立つヤプキプの元へ急いだ。
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