島鯨
島鯨(アイランドホエール)。
それが、僕らを大陸へ運んでくれる鯨の魔獣の名称らしい。
出港を前に、埠頭に山と積まれた樽や木箱やらズダ袋等を、
僕を送り届けるついでに、様々な物資も大陸へと運搬するようだ。
どうしよう……。
僕の【
あまり親しくない相手に、安易に自らの魔法を見せてはいけない。
パパからも、口酸っぱくそう教わってきた。
僕みたいに、比較的稀有な魔法の場合は特にそうだ。不特定多数の相手に知られれば、トラブルに巻き込まれる危険もある。
それに、子供が大人達の仕事に介入しようとすれば、生意気だと思われるかもしれない。黙って作業を見守る事にした。
やがて、すべての荷物の倉庫への運搬作業が終了すると、鯨の魔獣はゆっくりと離岸する。
だだ広い海洋へと、悠然と泳ぎ出した。
多少の揺れこそあるものの、鯨の背中は思いの外安定していた。
草地の辺縁には木製の柵も設けられている為、海へ落ちる心配もしなくて良さそうだ。
鯨の背中には、ヤプキプとゼインの他に三体の
彼らは定期的に海へと飛び込み、しばらくすると戻ってくる。もしかしたら海中で別の個体と入れ替わっているのかもしれないが、顔が同じなので判別が付かない。
ふと見ると、ゼインが傘をさしている。
ヤプキプも同様である。
「ほれ、お前も」
ゼインは僕にも傘を手渡してくる。
受け取りつつも、思わず首を傾げたくなる。
頭上には、雲一つない青空がどこまでも広がっている。
ぶしゅうッ!
何かが弾ける様な音がした。
見ると、鯨の背のとある箇所から勢いよく水が吹き出している。
天高くまで噴き上がった大量の水は、雨の様に僕らの上に降り注いだ。
「何で差さないんだよ?」
ゼインが呆れた様に言う。
おかげで僕は、ずぶ濡れになってしまった。
頬を伝い落ちる雫を舐めてみる。ほのかにもしょっぱくはない。真水のようだ。
真水となったその一部は、背中の孔から今の様に噴出され、おかげで背中に生えた木や草花が成長できる訳だ。
僕は建物の中へと入る。
「
取り出したタオルで、顔や腕を拭いた。
「あうぅ」
その声で、僕はベッドの下段で寝ているアネモネの存在を思い出す。
僕の【
まあ、アネモネにならば構わない気もするけど。
僕は二段ベッドへ近寄る。
「だいじょうぶ?」
「きぼちわるいよおぉ」
出港して早々、アネモネは酷い「鯨酔い」に見舞われたらしい。
「そんなんで、よく密航なんてしようと思ったね」
「仕方ないじゃないか。ボク、鯨乗るの初めてだし……おえ」
「まあ、僕もだけど」
入口の扉が開き、ゼインが入ってくる。
彼もアネモネの様子を窺い見に来たようだ。
「ほれ、こいつを噛んどけ。ちっとはマシになるぞ」
そう言いながらゼインは、青紫色の葉が付いた枝をベッドのアネモネに差し出す。
受け取ったものの、見慣れない色と形状の葉にアネモネは躊躇を隠さない。
僕も、あの葉を口に含むのはためらう。
「そう警戒すんな。オレも駆け出しの頃はそいつに助けられたクチだ」
「……はむ」
アネモネは恐る恐る葉を口に含み、もむもむ噛みだす。
ゼインに促され、僕はテーブルに着く。キッチンで沸かしたお湯でお茶も淹れてくれた。
対面の席で、自らもお茶を口にするゼインから問われる。
「目星くらい付けてあるのか?」
「え?」
「勇者のだよ。大陸へ行くのは初めてなんだろ」
「はい。なので、具体的にはないですけど……」
「ん?」
僕は言うべきか少し迷う。けど、ここは隠さずに告げようと思った。こうして、鯨にまで乗せて貰ったのだから。
「レベル1の勇者を倒すつもりです」
「ハハハ、そいつは無理だろう」
ゼインは冗談でも聞かされたみたいに笑う。
「僕は本気です」
「【障壁】は、どうするつもりだ?」
神が与えし勇者の【障壁】。
それこそが、レベルの低い勇者の討伐を困難にさせている最大の要因である。
「あのさ」
アネモネが会話に割り込んでくる。
葉の効果がてきめんなのか、起き上がってベッドの上であぐらをかいて、手にした枝の葉をお菓子みたいにもむもむ噛んでいた。
平然とした口ぶりでアネモネは訊く。
「『しょうへき』って、何?」
一瞬の間。
「「まじかッ?」」
僕とゼインの言葉が重なった。
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