勇者殲滅部隊(ゆうせん)


 フリーダの問いに即答するのを僕は躊躇う。


 勇者殲滅部隊。

 通称、『ゆうせん』。


 魔王軍傘下の一部隊ではあるが、他の部隊や組織とはその性質は大きく異なる。

 文字通り、勇者の殲滅を最優先目的とした部隊である。

 その隊員には、様々な特権が付与されていると聞く。


 正直な所、僕はそれ程『ゆうせん』に入りたい訳ではなかった。

 あくまで、僕の目標は、レベル1の勇者を倒す事である。


 ただ、それを実行する為には人族の領域へ行く必要がある。が、それは極めて難しく、そもそも往来は禁止されている。

 ただ、『ゆうせん』の隊員には、人族領へと自由に行く権限が与えられているらしい。


 それを知った僕は、かなり軽い気持ちで「勇者殲滅部隊に入りたい」とフリーダに伝えた。


 他ならぬ、『ゆうせん』の隊員である彼女への手紙で。


「うん。……けど、どうすれば入れるの?」

「『ゆうせん』は誰でも歓迎しているぞ。種族も経験も問わない」

「え?」

「無論、勇者を討伐する才覚があればだ」

「……」

「お前には、それがあると思うか?」

「自分ではわからないよ」

「ならば、私がこの場で審査しよう」

「い、今?」


 唐突すぎる申し出に、僕は一瞬たじろぐ。


 正直、かなり緊張する。

 フリーダの目の前で魔法を披露するのは、初めての事だ。


収納ストレージ


 僕は、室内に十脚程あるテーブルと椅子を、一瞬で全部、亜空間に収めてみせた。

 更にそれを、すぐさま元に戻す。


 フリーダの顔を窺い見る。その表情に、殊更の変化は見られなかった。


 次いで、【転移ワープ】の実演である。


 僕は村の裏山の頂上まで、一瞬で転移する。証拠の品として、そこに生える樹木にしか実らない真っ白な果実を枝から一つ採って持ち帰った。


 その実を手に取ったフリーダは、感激したような顔を僕へ向けると、再びむぎゅうーっと抱きしめてくる。


「すごいぞ、ルード」

「んぐぐぐぅ」

「よく頑張ったなッ!」


 フリーダは、僕の意識が飛びそうになるまで、抱きしめ続けた。


「お世辞ではなく、時空魔法をこれ程使いこなせる者は魔王軍にもそうはいないぞ」

「本当に? それなら……」

「けど、だからといって『ゆうせん』に入れるという訳ではない」


 フリーダ曰く、入隊するには単に魔法や戦闘能力に優れているだけでは駄目なのだという。


「勇者を討伐するには、強さとは別の才覚が必要だ」


 やはり『ゆうせん』になんて、そう容易く入れる訳もないよなあ。

 僕は内心で独りごちる。


「そういえば、ルード。まだ、レベル1の勇者を倒すつもりでいるのか?」

「う、うん」


 その事は、フリーダには何度も手紙に書いて伝えていた。


「本気で、そんな事が出来ると思うのか?」

「もちろん」


 勇者殲滅部隊に入りたいのもその為だ。


「ならば、実践してみろ」

「は?」

「実際に、レベル1の勇者を討伐してみせてくれ」

「ええぇッ?」


 あまりにもいきなりすぎる提案に、僕は焦り戸惑う。


「1とまでは言わない。そうだな、レベル一桁の勇者をひとり討伐してみせろ」

「き、急に言われても……」

「それが出来れば、お前を『ゆうせん』の隊員に推薦しよう」

「ほ、本当?」

「ああ、方法はお前に任せる。仲間を連れていくのも自由だ。けど、期限だけは設ける。お前が十三歳になるまでだ」


 つまり、あと一年弱。


「やってみる気はあるか?」


 『ゆうせん』に入る為に、勇者を討伐する。

 順序があべこべになってしまったような……。


「やってみたいけど、僕には無理だよ」

「どうして?」

「だって、大陸にすら行けないし」


 フリーダは、亜空間から一枚のカードを取り出して、僕に差し出す。


 掌に収まる程度の大きさ。

 軽くて頑丈な素材で出来ているが、金属ではなさそうだ。

 表面には、蜥蜴リザードを象った紋様が彫り込まれている。魔王軍のシンボルマークだ。


「これは……」

「『ゆうせん』の隊員証ライセンスだ」

「えッ?」

「勿論、(仮)のものだ。勇者を討伐しに行くつもりならば、お前にそれを貸そう」


 こ、これが『ゆうせん』の隊員証ライセンス

 改めて手元のカードに目を落とし、僕は思わずつばを飲み込んだ。

 これがあれば、大陸へも行ける。


「どうだ、やってみるか? ルード」


 これは、チャンスなのかもしれない。

 僕の思い付きが、正しいのかを試す。


「うん」


 僕が頷くと、フリーダは満足げに微笑む。


「健闘を祈るぞ」


 席を立ち、去ろうとするフリーダを、僕は咄嗟に呼び止めた。


「待って。何で、僕にこんなものまで?」


 あまりの厚遇ぶりに、少々不安も覚えてしまう。


「……レベル1の勇者を倒すというお前の考えを、あるお方が高く評価しておられるんだ」

「あるお方?」


 その言い回しが妙に気に掛かる。

 偉いひとなのだろうか。


「誰なの?」

「勇者を討伐出来たら教えてやるよ」


 フリーダは、意味ありげに微笑むと、その場を後にする。

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