訪問者


「これ、何に使うの?」


 それは掌に乗る程度の小さな頭骨だった。

 口の先が長く、鋭い歯が生え揃っている。小犬か猫を思わせた。


 タオラは、僕の村と比べればずっと大きな町である。

 住民の数もはるかに多く、初めて訪れた時はあまりの人の多さにめまいを起こしそうになった。


 目抜き通りには、実に数多くの店舗が立ち並んでいる。

 中でも「古今東西屋」は異彩を放っていた。

 何の店かと問われても、返答に困る。「なんでも屋」と称する以外ないだろう。


 武器や玩具、魔導具までさして広くもない店内に所狭しと並べられている。積み重ねられていると言う方が正しい。

 一見、用途が不明な品も多く、一日じゅういても飽きない。


「そいつはな、探知装置だ」


 店主であるドライバは、頭骨の口を大きく開いた状態で自らの掌に乗せる。

 一つ目族の彼は、大きく頑強そうな図体に似合わずとてつもなく器用な手先の持ち主だ。


 カチッ。

 突然、頭骨が口を閉じたので僕は少し驚く。

 更にカチカチと幾度も歯を打ち鳴らす。


「すごく臆病な魔獣の骨を利用した魔道具さ」

「ほ、本物の骨?」

「半径十メートル以内に他者が侵入してくると、こうして教えてくれるんだ」


 恐らく、店の前を行き来する通行人に、この頭骨は反応しているのだろう。

 侵入者が強い力の持ち主である程、頭骨は激しく歯を打ち鳴らして知らせてくれるらしい。


「泥棒が入って来ても、すぐわかるぞ」

「うちの村では必要ないかな」

「つうか、たまには何か買っていけよな」

「欲しい物があればね。じゃッ」


 帰ろうとする僕をドライバが引き留める。


「ちょい待て、お前に頼み事があるんだった」


 僕は店の裏手に連れて来られる。

 そこには、一台の荷車が置かれていた。魔力で自走する魔導車だ。村では主に農作物の運搬に用いられている。


「お前ん所の村長さんに、修理を頼まれていたんだ」


 魔導具技術者でもあるドライバにとって、この手の機器の修理はお手の物だ。


「届けてもらえるか?」

「うん、いいよ。……収納ストレージ


 魔導荷車は、溶かされる様にあっという間に亜空間へと収納された。


「相変わらず、すげえなあ」


 ドライバは感嘆の溜息を漏らす。


「それじゃ。転移ワープ


 次の瞬間、僕は村の入口の大樹の側に佇んでいた。

 タオラから村までは、歩けば五時間は掛かる距離だが、僕ならば一瞬だ。


 勇者上陸から、はや三年近くが経つ。

 あれ以後、新たな勇者の上陸はない。


 リオンの再上陸も懸念される所ではある。

 ただ、前回の上陸時に、彼は仲間の半数以上を失った。再度、この島へ攻め込むにしても、恐らく当分は無理だろうと言われている。けど、予断は禁物らしい。


 僕は真っ直ぐ村長さんの自宅へ向かった。


 何度か呼び掛けてみたが反応がない。どうやら留守らしい。

 どうしようかな……。

 玄関横にちょうど良い広さのスペースがあるので、そこに魔道車を【収納ストレージ】から搬出する。

 ここに置いておけば、大丈夫だろう。


 立ち去ろうとすると、ちょうど村長さんが向こうから歩いて来た所だった。

 僕を見て、村長さんは軽く目を見張る。


「お、ここにいたのか」

「あれを届けに来たんだよ」


 僕は魔導車を指差す。


「そいつはありがとう。お前にお客さんだ」

「え、誰?」

「行けば、わかるさ」


 村長さんは意味ありげに微笑んでみせた。


 僕は促されるまま、村の中央に建つ集会所へと向かった。

 建物内へ入った僕は、窓辺に佇む人物を見て思わず声を上げそうになる。


 身にまとう銀色の軽鎧から、すらりと伸びる白い腕と長い脚。華奢な身体にはやや不釣り合いな豊満な胸。

 腰までの黒髪は艷やかかで、その頭頂からは僕と同じ短い角が生えている。

 ほのかに青みがかった瞳が、僕を見つめてくる。


「久しぶりだな、ルード」

「フリーダッ」


 思わず彼女のそばへ駆け寄った。

 途端に、僕はフリーダからむぎゅうーっと抱きしめられる。

 彼女の一番柔らかい部分に僕の顔が埋もれる。


「……うぅしい」

「ん?」

「ぐるしいぃ」

「おお、すまない」


 ようやく僕はフリーダから解放される。

 ……窒息するかと思った。


「久々だったんで、ついな」

「いつ帰ってきたの?」

「つい先程だ。用が済めばすぐに発つ」

「用って?」


 促され、僕はテーブルを挟んでフリーダと対面して座る。

 彼女は一通の封書を卓上に置く。僕が彼女へ宛て送ったものだ。フリーダと僕は、ずっと手紙のやり取りを続けていた。

 今、卓状にあるのは、封筒の色や形から直近に僕が彼女へ送った手紙だとわかる。


「本気なのか、ルード?」


 出し抜けに、フリーダは問い掛けてくる。


「え?」

「『ゆうせん』に入りたいというのは」

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