勇者をレベル1のうちに殴るのは難しい


「それはすごくむずかしいと思うぞ、ルード」


 パル爺は、勇者をレベル1のうちに討伐するという僕の発案を言下に否定した。


 キポの祖父であるパル爺は、顔中に幾重にも刻まれた皺を除けば孫とそっくりの外貌をしている。


 かつては魔王軍に所属し、通信兵として任務にあたっていたらしい。

 引退した現在は、こうして村外れの切り株に腰掛け、ひねもすパイプをふかしている事が多い。

 軍に在籍していただけあり、勇者や人族についてパル爺は村の誰よりも詳しかった。


「どうして?」


 アイデアを即座に却下された僕は、少々ムキになり問い返す。


「誰でも、一度くらいはそんな事を思い付くものじゃよ」

「……そ、そうなんだ」


 自らの案にちょっと得意になっていた僕は、パル爺の言葉に仄かな羞恥心を覚える。

 確かに、それが可能であればとっくに誰かが実践しているはずだ。


「けど、なんでそんなに難しいの?」


 パル爺は、煙をふーっと吐き出してから答える。


「理由はいくつかある」

「たとえば?」

「まず、レベル1の勇者などというのは、人族の世界のごく深い場所に棲息しておる。大抵は、『はじまりの町』と呼ばれる所にいる」

「はじまりの町?」

「いくつか存在するが、何処も人族領のはるか深層じゃ。我ら魔族がそこへたどり着くのが、いかに困難で危険かはお前にもわかるだろう?」

「うーん」


 かといって、たどり着けない訳ではないはず。

 僕が納得していないと見たのか、パル爺はさらに言葉を継ぐ。


「仮にたどり着けたとして、どうやってその勇者を見つけ出すつもりじゃ?」

「難しいの?」

「レベル1の勇者なんて、一般の人族と何ら区別はつかないぞ」

「頑張れば、きっと見つけられるよ」

「ま、仮に発見できたとしても、お前にはレベル1の勇者にはかすり傷一つ付けられはせんよ」

「……」


 反駁できずにいる僕に、パル爺は更に駄目を押す様に付け足す。


「ルード、こんな言葉もあるぞ」

「え、何?」

「レベル1の勇者を倒すのは、レベル50の勇者を倒すよりも難しい」


 他の大人達も、押し並べてパル爺と同じ様な見解を持っている様だった。


「レベル1の勇者を倒す? 無理無理。バカな事考えてないで魔法の鍛錬をしなさい」


 パパもそう言って取り合ってくれない。

 やっぱり、諦めるべきなのかなあ……。


 その日、帰宅すると居間の卓上に一通の封書が置かれていた。

 僕に手紙が届いた場合、ママはいつもそうしてくれている。

 手に取ると、やはり僕宛だ。


 封蝋に目を留める。

 蜥蜴リザードを象った文様が、刻印されている。魔王軍のシンボルマークだ。差出人を確認すると……。

 やっぱり、フリーダからだッ!


 僕は封書を手に、喜び勇んで階段を駆け上がる。

 自室へ入ると、机の引き出しから取出したペーパーナイフで急いで開封する。

 ベッドに腰掛けて、中の手紙を読み始めた。


 フリーダが無事なのは、既に知らされていた。

 勇者の上陸時、フリーダは魔王城の警備に当たっていた為、勇者らと戦闘する機会はなくて済んだらしい。


 手紙には主に、フリーダの軍での生活の事や、僕への魔法の修行に関するアドバイスなどで占められていた。


 洞窟で勇者から追い詰められた際、僕とリルは気付くと洞窟の外にいた。

 あの地底湖は外部とは繋がっておらず、通常であれば考えられない現象らしい。

 多分、僕の魔法の萌芽だろうと大人達は口を揃えた。

 恐らくは転移系の魔法が発現しかけている。


 時空魔法の中でも高度な部類である転移魔法をいきなり発現させるのは、極めて稀らしい。

 あの状況が引き出した、火事場の馬鹿力というやつだったのかもしれない。


 丁寧に修行を続ければ、様々な時空系の魔法を習得出来るだろうと、フリーダも手紙の中で太鼓判を押してくれた。

 僕にとっては、何より嬉しい言葉だった。


 手紙を読み終えた僕は、ベッドに寝転がる。

 天井を見つめながら、ふと思った。


 勇者をレベル1のうちに倒したいという僕の考えに、フリーダはどんな反応を示すだろう?


 他の大人達の様に笑って否定するかなあ……。


 いや、きっとフリーダは違う。

 僕の想いを受け止めてくれるはずだ。


 僕はベッドから飛び起きる。

 早速、フリーダに返事を書こうと、机の抽斗からレター用紙を取り出す。

 ペンを手に取ると、紙の上に勢いよく走らせた。

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